【第44話 ミスティ編:カメラとグラファイト・ペンシル】《44-1消える女性達》
「ミスティ、最近荒れてない?」
ローラが閉店作業のモップ掛けの手を止め、心配そうに言ってきた。
「何言ってんの。今だって血の一滴も流さずに、解決したじゃない」
店で起こった酔っ払いの喧嘩を「仲裁」したのだが、怪我をさせないように気を配りながらさっさと彼らをボコして丘陵の政兵に突き出しただけである。
そもそも昼間から酒を飲んで暴れ、他のお客に迷惑をかけて店員の仕事を増やす輩なんて、頭を酒瓶でカチ割られたって文句は言えないはずなのだ。
向こうが先に手を出そうものなら、ローラもおぼんで客を殴るし皿も投げる。オリヴィエは紐をつけたスリコギをブン投げる(最近ヌンチャクの類にしか見えなくなってきた)し、店主やおかみさんだって、いざとなれば銃を撃つ。
それがいけないとは言わない。以前の私だって同じだった。
だってそうでもしないと自分の身が危ないのだし、殺してはいない。
「なんか目が怖い」
「そう?」
私は最近、客が酒瓶を振り回しそうだったり、ものを投げる前に……というか怒鳴り合いがヒートアップすると見るや、氷の魔法でそいつらの足を固めたり、周囲の温度を下げて動けなくするというスタンスを取っている。
カウンターに肘をついたオリヴィエが、話に割って入る。
「そーそー『仕事を増やすな、雑巾にするぞ』って目になってる」
「だって血で店が汚れたり皿が割れたりしたら、余計な仕事が増えるじゃない。ましてや死人が出したりしたら、こっちまで事情聴取で拘束されちゃうもの。若い時の時間は貴重なんだから、無駄なことには使ってられないっての。『命短しなんちゃら』とか『光陰弾丸の如し』とか言うじゃない?」
「『弾丸』じゃなくて、『矢』だろ」
「矢の速さで済んでないから、弾丸って言ったの」
テーブルに上げていた椅子を、床に下ろす音が語尾と重なった。
チンピラ時々盗賊(とそれを見に来る野次馬)ばっかりのこのお店は、多少の酒瓶や食器の犠牲は致し方ないというスタンスでやっている。
余分な仕事や怪我が減るのはいいことじゃないか。
「それにさ……」
閉店の看板はしてあるからお客さんがいる心配はないのだが、念のためにカウンターから誰もいないのを伺う。
「『黒い貴婦人』の方が、私よりよっぽど怖いと思うんだけど」
テーブルを拭きながら、最近毎日店に現れる常連の女性について言及すると、二人とも「あー」と同意した。
チンピラ、ごろつきが暴れる中、彼女は動じることもなく、余裕の笑みでお茶を飲んでいる。
チンピラ達も彼女にちょっかいをかけるどころか、避けているような雰囲気がある。
彼女は必ず黒いワンピースとベールを着て現れるので「黒い貴婦人」というあだ名がついてしまった。
「あとこれ、今日の賞金。おかみさんがミスティに渡しといてってさ」
帰り際にオリヴィエが、私の取り分の賞金が入った袋を渡してきた。
「ありがと」
バッグに入れて店を出ると、ローラが呼び止めた。
「それで今日も、クラブ行くの? 体壊すわよ」
「俺はまた、盗賊狩りにでも行くのかと思ってたよ」
「どっちにしろ最近、行方不明者が出てるって騒がれてるじゃない。しかもほとんどが、女の人でしょ」
被害の大半が、深夜帯に起きていると言おうとしたが、これ以上二人に心配させるわけにもいかない。
「そうね、今日はまっすぐ帰るわ」
大人しくしている意思を表明し、お店を後にした。
「ランジェロ=ミローティの取材に行くんだけど、一緒に来ない? この日確か、お店休業日だよね」
そうフェデリコから誘われたのは、トワイライトクラブのバーカウンターで飲んでいた時の事。
確かにお店を出る時は、まっすぐ帰る気だった。その気持ちに嘘は微塵もなかった。
しかし寝るまでの時間、何もせずに過ごすのが、あまりにも辛かった。
結果的に嘘をついた形になってしまったが、別にクラブ通いの為に借金をしたり、お酒で病気になったり変な薬に手を付けているわけじゃないので、さほど罪悪感もない。
ダンスフロアで踊り、カウンターで何杯目か飲んでいたところで声をかけられた。
そしてつい(名前は伏せて)ベリオットに「顔も見たくない」ほど嫌われてしまった愚痴を聴いてもらい、慰めてもらう運びとなった。
彼曰く、私の様子は普通じゃなかったそう。
知っている顔を見かけて声を掛けようとしたら「……親父ィ、バーボンストレートもう一杯!」と、低くドスの効いた声で私が注文していたそうで、何事かと思った……と。
誰にもこの話ができなかった私は、訊かれるがままに答えてしまった。
出所であるルベオルスはこれ以上触れるのは気まずそうだし、ローラやオリヴィエはもっとダメだ。彼らの前で、そんな暗い話はできない。
ちょっぴり進展が見られた彼らの前で「親父ィ、バーボンストレート!」なんてやるものではない。
この煮え切らない言い方は何かというと、ローラはずっと「自分はオリヴィエに嫌われているのでは」と思っていて、その誤解が解けたという段階にすぎない。
彼に悪気はなく、むしろ嫌われたくないからこそのよそよそしい態度や、私への良くも悪くも遠慮ない接し方と比べて、距離を感じていたんだとか。
本当にちょっとの進展なのだが、彼女も彼とは仲良くなりたいと思っていたとも判明したのだった。
これは三人でこのクラブに来た日、私が離脱した後にローラがオリヴィエに打ち明けた内容である。
「そういうわけで、常に何かやったり別のこと考えてないと辛すぎて」
私がこう言うと、彼はしばらく何か考えてランジェロ=ミローティの取材への同行という提案をしてくれた。
ランジェロ=ミローティは宮廷にも仕える天才芸術家だが、最近もマリエラ王女の誕生祭のポスターを描き、更に人気は上昇し続けている。
だけどベリオットは「嫌な悪趣味男」と激しく嫌っていた。
「いいの? 大事な仕事の場に素人を紛れ込ませて」
「助手ってことで、いいんじゃないかな。実際に単発バイトを雇うこともあるし」
正直言って、かなり魅力的な提案だと思う。
ランジェロの絵も彫刻も私は好きだし、何より暇な時間を作りたくない。
ベリオットは「モデルはやるな。やっても裸にはなるな。裸になったとしても、服や毛布などの身に着けるものを近くに置いて出入り口に陣取り、何かあったらすぐに逃げられるようにしろ」と忠告していた。
別にモデルをする話ではないし、今回はフェデリコも一緒だし大丈夫だろう。そう思い、「行く」と返事をしたいところだが。
「……でもいいや。次の休みはゆっくりする」
考えている最中に、どうしてもベリオットを思い出してしまい、かえって辛くなってしまった。
その日は輸入市場でも覗いて暇を潰すか。
割れにくい材質の食器なんかが見つかれば、いくらか見繕って、店主夫妻に提案してみるのもいいかもしれない。
「行方不明事件の話、聴きたくない?」
唐突にフェデリコは、行方不明の話について切り出す。私の興味を読み取ったらしい彼が、来い来いと手招きして、口元に手を当て「耳を貸せ」の動作をした。




