《43-3ドヤ街への逃走》
今までのような白い壁とはうって変わって、今度は濃い灰色の石で造られた通路を、俺とセレフィナは追手の兵士から逃げる体で走る。
「隠し扉っぽい感じだったけど、この通路はなんなの?」
彼らが出て来なかったら、俺はこの通路の存在も知らず、階段で上に行っていただろう。
「あのルベオルスって、兄ちゃんが言うには」
そう前置きしてユングは話した。
「いわゆる死体回収用の隠し通路だそうで。ここ、処刑用の地下施設らしくてな。いろんなとこの壁に、死体を回収する為の隠し扉があるんじゃて。もちろん、アルが出てきた迷宮にもな。で、あの一見正規ルートっぽい階段上って扉開けた先で、国王さんの兵隊が、待ち構えとるんじゃて」
やっぱり脱出しても、ただでは帰してしてはくれないか。
「……よ、よかった」
「ホントね」
セレフィナからも、小さな声の相槌と、ため息が漏れるのが聞こえた。
本当に、彼らの姿を見るまでは、階段を通ればいいと疑っていなかった。
「お前らホント、運がよかったの。映像の技術をもっと進化させたら、ここでの処刑映像を寛ぎながら即時で眺められるようになるらしいで。そうなったら、お姫さんの治療風景も、ルベちゃんがお前らを逃がしてるとこも、丸見えだもんな」
「ヒエッ!」
背中から氷水をぶっかけられたような気分だ。
レオパルテには科学でも魔法でも、優秀な人がたくさん集まっているだろうから、本当にそんな技術も発明しかねない。
「あ、もうすぐ出口じゃぞ」
ユングが言った直後に、木の扉が見えた。
逃げている体裁なのだから剣で斬るべきかとも思ったが、普通に開けた。
鬱蒼とした森の中に出る。人目を避けるような細い道を通り、正面か右側かに分かれた道の右の方へ曲がる。
一度振り返ると正面の道の向こうにある方角には、異様に大きな煙突があった。
「……もう少し遅ければ私、あそこで焼かれてたかもしれないわね」
セレフィナが呟くき俺が「なんで?」と尋ねると、ユングが答えた。
「処刑した奴の死体は、あそこで処理されるんじゃて。そうなると俺も、今頃あそこにいたかもしれんな」
「それこそどうして? あと、さっきから訊きたかったんだよ。どうしてユングは、まだ城にいたんだ?
てっきり謁見を終えて、もう帰ってるかと思ってたのに……なんで今日兵士の鎧着て、あの施設に現れたんだ?」
「あん時言いそびれたけど、謁見と、それから日を跨いだ宴会に招かれるって体だったんよ。
で、昨日『ここの兵士にならんか?』って、勧誘んされたんじゃ。『悪の限りを尽くす帝国を、一緒に滅ぼそう』ってな。
俺らの村を焼いたトリフィラートの大火事を起こしたのも、たぶん帝国がやった、みたいなこと言ってた。
でも俺、ここの国好きになれんで。波風立てんように『この件は一度持ち帰ります』って、帰ろうとしたん。そしたら牢屋行きにされちまってな」
「ユング、レオパルテは帝国を滅ぼした後、全世界に戦争を仕掛ける予定だって。もちろん、トリフィラートにも」
「それで俺、牢屋にぶち込まれ……って、なんじゃとぉ!?」
驚くユングにセレフィナは、もうひとつ追撃の情報を教える。
「それだけじゃないわ。トリフィラートの大火事も、レオパルテの差し金だという疑いすらあるの!」
そしてレオパルテとトリフィラート間で行われた交渉の決裂と、トリフィラート城から出る際に宰相ギャラクス(天界の事情を知っている人以外には、奴はあくまで『レオパルテ宰相ギャラクス』なのだ)の言い放った脅しのような台詞についても伝える。
「ぅそん!? あのオッサン共、俺を騙したん!? 許せん!!」
森を抜けると、街中に出た。都外れのドヤ街に入ると、ユングは俺の横に並び、捕まえるそぶりを見せる。
「次の路地で左行きな。そんで逃げ切った体でゆっくり歩け」
彼にそう早口で指示され、俺は頷くかわりに彼の手を振り払う演技をすると、セレフィナの手を引いて加速し、左に曲がった。
「……はあ、疲れたな」
息をつきながらゆっくり歩いていると、正面の路地から着替えたユングが手を振ってきた。
「うまくいったな。じゃ、待ち合わせ場所まで行くか」
待ち合わせ場所の汚らしいボロイ宿屋は、部屋も狭かった。
「……もうちょっと、他の場所なかったのか?」
「ルベちゃんが言うには、こういう場所なら切羽詰まった様子で部屋を取ろうとする輩がいても、余計な詮索はされんって。都はガザ入れ入る可能性もあるだろってな」
なるほど。
宿屋で不審がられたら、身分証明書を提示させられる場合もあるし、通報もされるらしい。
けど、この怪しい人ばっかりのドヤ街というか、スラムのような街は、誰がどこにいようとも、誰も気にしないと。
「それにしてもよく、兵士の鎧なんて手に入ったね。どうやったの?」
「ん? あのな、王様とか偉い人の悪口って、重罪じゃろ?」
ユングの言葉にセレフィナが返す。
「国によるわね。この国は帝国と並んで厳しいわね。長年の禁錮はもちろん、最悪死刑もあるわ」
「まさか兵士を挑発する為に、王様の悪口言ったのか?」
「それはねーわ。牢屋から出た後人生詰むじゃろがい。俺をしょっ引いた兵士の名前……ジャンカルロって言うんだけど。そいつが見回りに来たんよ」
唐突に兵士の名前が出てくるので、思わず「ん?」と口に出る。
「『兵士のジャンカルロは王様と宰相の悪口言ってる』って、壁に書いてあるって、本人に言ったんじゃ。最初は疑っとったけど何が書いてあるか、具体的に言ったら血相変えて入って来よった」
「なんて言ったのさ?」
「えーとな『ルートヴィグ王はヒステリックなクソおやじ。最近ますます腹出てきた。宰相より影薄い。宰相はナルシストだが、本人が言うほど美しくない。国王も宰相もあいつら絶対ヅラだ』って」
「そのジャンカルロって奴……そんな悪口言ったのを聴かれてたのか。不運だな」
しかも壁に内容が残されていたとなっては、慌てて消しにも来るだろう。
「それで兵士が鍵を開けてくれた、と」
「うん。まー悪口は、俺がその場で、でっち上げたんだけんな」
「……おい」
それって、ユングが思っていた悪口を、そのまま言ったのでは。
「……名前は、本人が教えてくれたわけじゃないだろ? どうやって知ったんだ?」
「俺しょっ引いてる時にそいつ、他の兵士とくっちゃべってたんだわ。その相手の兵士が『ジャンカルロ』って呼んでたの、なんとなく覚えてたんよ」
仕事中の私語でこんな失態を犯す羽目になった兵士を、無様だと思う反面、同情した。
「思ったんだけどルートヴィグ王は、ユングさんのご家族には、どう説明するつもりだったのかしら? 『兵士になるのを断ったから』なんて理由で投獄したなんて言われても、納得するわけはないだろうし」
セレフィナの言うことはもっともだが。
「もしかして、あのジェル人形が、ユングになりすまして先生達の所に」
引きずるようだが、俺には忘れがたい体験だし、今最も起こって欲しくない事だ。
ユングの顔から血の気が引く。
「こ……怖いこと言うんじゃない! いやー、でもあるかも。アル達が地下迷宮から出てきたところで、俺の首ちょん切って見せつけてやるって話だったっぽいしなあ。首だけになったら俺は帰れんし、親父達には、偽物送りつけるんだろうなあ」
ドアの開く音が遮った。
「国王達は最初から、ロックハートを帰すつもりなんてなかった。『断られたから』なんて、ただのこじつけだ」
ルベオルスだった。
「ほらー、やっぱオイラの推理当たったじゃん」
その後ろから、ゴーフルの声がした。
マクベスもイルゼもいる。
「……よかった、無事だったんだ」
「ビックリしたよ、まさかこいつが助けてくれるなんて、思わなかったもん。信じられなさ過ぎて、マクベスなんて喧嘩吹っ掛けちゃうし」
とイルゼ。
「危うく消し炭にされるところだった」
苦々しい顔をするルベオルスに対して、マクベスは笑いながら言った。
「よく言いますよ、僕が出した炎も冷気も、斬ってしまうんですもん。ちょっとショックですね」
今のを聞いて「マジか」と、ユングと俺が言ったのは同時だった。
「ありがとう。これ、返すよ」
ルベオルスにネックレスを返し、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「なんで、助けてくれた? この事が発覚したら、君だってただじゃ済まないはずだろ?」
「今度あいつ……ミスティと、両親の墓参りに行くことになった。トリフィラートにある母親の墓と、レガリアにある神殿に」
彼のこの言葉でミスティと和解したことと、それから神殿にいたゾンビ「シルバ」と、彼らの父親が同一人物で間違いなかったと悟る。
「あいつには、墓の場所まで案内してもらわねばならん。お前らが死にでもしたら、その時気まずくて仕方ないだろ」
ネックレスをつけるとルベオルスはドアを閉めた。
閉めた直後に「人違いか」「見失った」と、演技の声と走る足音が遠ざかっていった。




