《43-2(本文に戻る) 隠し通路から》
迷路のような場所をやっとのことで抜けると、ひときわ広い通路に出た。
奥の方には階段がある。
振り向くと、俺が歩いてきた通路の他にも、七つの道があった。
「セレフィナや、マクベス達も迷路を通ったのかな?」
ここで待っていれば、誰かに会えるだろうか。
しかし階段を上って、ここを出ている可能性もある。
待つべきか進むべきか。それとも全部の通路を通って、皆の無事を確認する?
考えていると、すぐそばで扉の開く音がした。
「!」
開いているのは扉ではなく、階段側面にある壁だった。
「え、まさかそこから!?」
しかし出てきたのは、マクベスでもゴーフルでも、セレフィナでもなければイルゼでもない。
「ルベオルス!?」
生きて階段を上がれる確率が、一気に減ってしまった。
右腕を斬られた時の血しぶきの光景が、瞼の裏で再現される。覚悟を決めながら剣を抜くと、奴は「構えるな」と制した。
「別に戦いに来たわけじゃないさ」
彼が後ろに目配せをすると、兵士が入ってきた。
兵士が背中に担いでいるのは……
「セレフィナ!? 貴様ら……」
彼女の服は血だらけだった。再び剣を構えつつ、ルベオルスの「戦いにきたわけじゃない」を鵜呑みにしてしまったことを悔いる。
「違うわ! このお姫さんは生きとる」
言いながら兵士が、片手でヘルムをずらす。
「アル、俺じゃ俺! ユング=ロックハートじゃて!」
「ユング!? どうして……」
訊きたいことがありすぎて、思考回路が渋滞してしまう。
どれを先に口から先に出すべきか悩んでいると、ルベオルスが大地神王のメビウスを差し出してくる。
「悪いが、使わせてもらったぞ」
傷ついたセレフィナを、奴が治癒してくれたということなのか。
ユングの肩から垂れる手が、ピクリと動く。
「……あれ? 私」
「お、目覚ましたか。大丈夫け?」
セレフィナが目を覚まして、ゆっくりユングの背中から降ろされる。
が、俺の顔を見るなり、彼女の白い顔から、更に色素が消えた。
「い、いやああッ!」
「セレフィナ、落ち着いて!」
戸惑いつつもこの反応を見るに、彼女の身に何が起きたか想像できた。
「お姫さん、落ち着いて。コイツはアルで間違いない……たぶん!」
「ユングさん、騙されないで! スライムが化けているの! スライムを操る女の命令で……誰の姿にでも、そっくりに化けることができるのよ!!」
(あの女、セレフィナの所にも)
だったらいくら「俺が本物だ」と主張したところで、信じてなどもらえないだろう。
「スライム?」
何が何だかわからないであろうユングに、俺の身にも起こった事を伝える。
「あらゆる人に化けられるスライムに、俺も襲われたんだ」
するとルベオルスが、もっと詳しく言い足した。
「スライムというか、どんな人物の形にも変身できるジェル人形を使う奴が、王廷騎士にいる。相手の髪の毛や爪などの組織片や、持ち物からも、記憶を移植したりもできるんだ。
そいつ自身も情報収集を得意として、そのジェル人形に学習させたりもする。そうやって人間関係を取り持ったり、壊したりするのがそいつのやり口だ」
「はーん、恐ろしい奴っちゃねえ。信じてもらうの、ほぼ無理なんじゃないの?」
俺とセレフィナを見比べ、ユングは困惑の表情を浮かべる。
「ちょっと痛いけど」
証明方法を思いついた俺は、剣の切っ先に指を当てて傷をつけ、セレフィナに見せる。
「セレフィナ、この血が見える? あの女の操るスライムは、斬られたら正体を現すだろ?」
この後ルベオルスに渡されたメビウスで傷を治し、偽物ではないという検証もするつもりだ。
しかし疑いは、全く晴れていなかった。
「偽物のあなたは……血を流していたわ」
ダメか。
傷にメビウスを翳して、傷を治す。
途方に暮れていると、ここで思わぬ助け舟がルベオルスから出される。
「この芋……アルフィードは本物、少なくとも生命体ではある。あのジェル人形は、出血の有無も、血液の『硬さ』も調節できるが『治癒魔法でh傷を修復できない』という弱点があるんだ。傷を修復するにはいったんジェルに戻してやらなきゃならん」
あんなにリアルな出来に対して、持っている弱点の安っぽさに、呆気に取られたようなホッとしたような。
「弱点の一つもなければ理不尽もいいところだ」
「あいつが言うには『安物の愛玩具』だそうだからな」
セレフィナも、俺が本物と認識したみたいで、その場に泣き崩れる。
「……うっ…………ぅう、怖かった。あの時のアルは私を刺して『死ね』と言い放ったの。とても……とても冷たい声で」
セレフィナのこの証言で背筋が寒くなった。それにしても。
「あれ、安いのか」
あのクオリティで。とはいっても、いくらだろう。
恋の願いを「叶える」わけではなく、どちらかと言うと「諦める」とか「妥協する」に近いのだから、代償は多く取らないという考えだろうか。
セレフィナから、鋭い視線が向けられているのに気付く。
「アル、まさか『欲しい』なんて言わないわよね!?」
声に含まれた、ものすごく鋭い棘に、つい委縮した口調で弁解してしまう。
「い、いや。でも正しく使えばすごく便利だろうなって。で、でもどうしてセレフィナが倒れているのに、あの女は神器を奪わなかったんだろう? ジェル人形を操って、回収させればいいのに」
どこにいてもああやってこちら側の様子を伺うことができるのなら、彼女が倒れたタイミングで、ジェル人形を差し向けるなり自分が来るなり、できたはずだ。
……と、考察めいた言い方をもするも、話を逸らしたいのが本音だ。
別にやましいことはないが、あんな責めるように言われたら当然だろう。
「俺と、兵士の格好をしたロックハートが、先に回収したからだろうな」
「そうか。メビウスで、セレフィナの怪我を治してくれたんだね。言うの遅くなったけど、ありがとう」
お礼を言うとルベオルスはユングに視線をやった。
「メビウスで治癒したのも、運んできたのもこいつだ。礼ならこいつに言ってやれ」
「ありがとう、ユング」
「ええって。俺はこの兄ちゃんに言われた通りにしただけだし。海より深い、感謝なんてしてくれんでええよ。まあ、峡谷くらいの深さの感謝くらいでええで」
しかし彼らがなぜ一緒に?
そのことについて尋ねようとしたところで、ルベオルスは彼らの入ってきた隠し通路を指した。
「ロックハート、お前はそいつらとそこから先に出ろ。残りの三人は俺が連れて行く。くれぐれも『逃げた敵を追いかける兵士』の体裁を忘れるな」
「おうよ、サンキュ」
とはいえ、ルベオルスも王廷騎士なんだよなと、警戒心が頭をもたげた。
助けてもらっておいて失礼なのは承知している。
だが、仮にも彼は魔王アンジェの下で働く存在だ。
そしてアンジェは、卑劣なことを平気でしてくる。
ルベオルスに命じるなりして罠を張ってくることだって、充分にあり得るのだ。
よしんば彼が嘘をついていないにしたって、わざと逃がしたなんて知られたら、彼だってただじゃ済まない。
……もっと恐ろしいのが、目の前のルベオルスもユングもセレフィナも、あの女のジェル人形だったり。
「疑うか? まあ当然だ」
ルベオルスは輝封石と夜血石のついたネックレスを外して手渡す。
「……これ」
改めて「いいのか?」と尋ねようとしたところで、ルベオルスは心底苛立ったように言った。
「いちいちうるさい。さっさと行け!」




