【第43話 アルフィード編:アンダーグラウンド・キューピッド(後編)】《43-1挿入文:(マクベス・イルゼ編)幻なんていりません》
行っても行っても、壁壁壁……イルゼはうんざりしていた。
「あんまりこの手は使いたかないけどね」
だが、仕方ない。
右の壁にノックする。返って来た手ごたえは、向こうに空洞がないことを教えた。
ここは迷路の一つ目の果てだと、小物入れに入れて持ち歩いている石灰石で壁をこすり、目印をつけた。
左に道がある。だが、もう曲がるのに飽きていた。
正面の壁を叩いて、ここが角ではないのをチェックし、ガントレットを通常装備のカヴキテスタ鋼のものから、火薬を仕込んだ別のものに変更する。
「高いのよね、これ」
しかし永久に、迷路から出られないよりはましだ。
掛け声とともに拳を叩きつけると、イルゼの体は後ろに吹っ飛ばされた。
「……ったー」
痛む後頭部をさする。背中や腰もぶつけたようで痛い。
どうも吹っ飛ばされた原因は、ガントレットに仕込んだ爆薬だけではないらしいかった。
顔を上げると白いズボンを纏った細い脚が見えたので、顔を上げて身構えた。
(今度はマクベスね)
前に構えられた手からは、彼も何かしらの魔法、おそらくエクスプロージョンあたりで、壁を壊したのだろうと予想できる。
「あ、イルゼさんですか」
イルゼの顔を見た彼の第一声は、これだ。
こういう場合、セレフィナなどであれば「あっ、大丈夫でしたか!?」と、手を差し伸べるだろうに。
「あのさあ、他に言うことないの?」
砂埃を払い、声に不満を乗せる。
「失敬、イルゼさんですから、大丈夫だろうなと安心してしまいました。一応訊いておきます。大丈夫ですか?」
本物のマクベスだと確信が持てたが、喜んでいいのかは考えものだ。
「あー、痛い痛い。怪我でもしてたら、どしてくれようかねえ?」
「よかった、ここで泣かれたら、どうしようかと思いました」
この男は、人をなんだと思っているのだと、イルゼは毒づいた。
「『本当は泣きそうなのを堪えてる』……って言ったらどうする?」
「本当に泣かれたら、偽物認定して、炎ぶち込むところでしたよ」
「たった数日の付き合いでも、やっぱりマクベスだって判るよ、アンタは」
マクベスの「偽物認定」という言葉から、彼のところにも「あの女の声」は現れたようだと、イルゼは確信した。
「謁見の間に、仕込まれていたみたいですね。別の場所に飛ばされてしまう魔法陣が。カーペットの幻か何かで、見えないように隠して油断させていたみたいですけど」
通常瞬間移動は不可能だと、マクベス自身が言っていたのを、イルゼは覚えていた。
「できるの? そんなの」
「魔族か……あるいは天界人が手を貸していたら、不可能ではないと思います」
なるほど。不可能なのはあくまで「人間」。
レオパルテ王国は、魔族がいるどころか、魔王が宰相をしている国だ。更にそのバックには、天界がついている。
(この世界にまともな国は、もう残ってないのかしらね)
安住の地を求めていたのに、行く先々は、帝国軍に、魔王……と、イルゼは溜息を禁じ得ない。
「一応禁忌の魔法ですからね。とはいっても、昔は人間でも、何らかの方法で普通に使っていた記録はあったようなんですが、その知恵はもはや失われ、使える者は確認できていないそうです」
マクベスの解説を聴いて、ふとイルゼは思う。
禁忌、とは、いったい誰が、どのようなきっかけで決めることになったのだろう。
「禁忌だって知らずに使い倒して、神々の怒りを買って滅ぼされた、なんてのが真相だったりしてね」
単純に、必要とする魔力量が大きすぎて、使い過ぎる内に術者が体が持たなくなってしまった、と言った所だろう。
しかしイルゼはこの数日間に、ゴーフルの口から神々の話を聴いている。
それらの内容は、今までの神に対する「偉大で神聖な、尊敬すべき存在」という常識を、見事に吹き飛ばした。
そういえば、とイルゼは切り出す。
「さっき『偽物』がどうたら、言ってたね。やっぱり誰か、知り合いに会ったの?」
「遭いましたよ。幻を見せて相手を挑発したり、懐柔したりする手口のようです」
答えながらマクベスは、目の前の壁をエクスプロージョンで爆破した。
「マクベスは何が見えたのさ?」
「そーですねえ。金塊が目の前に大量に積まれました」
「は? なんで?」
てっきり、自分の時のように、知り合いや身内などが出てくると思っていたのに。
それに「会った」と言うからには、「金塊が積まれた」はおかしいだろう。
「僕は子供の頃、すごく貧乏でした。『お金さえあれば……』と涙を呑む機会も多かった。だから人よりも少し、お金に執着する所があるんです。でもあれだけの量持ってくのは大変ですからね。金塊を通り過ぎると、妹が出てきました。その次には母が」
母に、妹。
誰にでも家族はいる(あるいはイルゼのように『いた』)のは当然だろう。
しかし彼の口から、そんな所帯じみた言葉が出てくるのは、似合わないというより、新鮮だった。
「マクベス、妹いたんだ。マクベスに似てたら可愛いんだろうね」
イルゼのこの言葉は、お世辞で出たわけではない。
彼に似ていれば、すらりとした清楚な美人だろうと、想像がつく。
「ええ。すぐにニセモノと分かったので消し飛ばしました。妹は子供の頃、病気で。母は一年ほど前に、死にましたからね」
「じゃあ、お金に執着って言ってたのも!?」
イルゼが意味を察すると、マクベスは壁を破壊するのをやめて、角を曲がった。
「疲れた? 悪いね、マクベスばっかにやらせて。今度はあたしやるよ」
再びイルゼが爆薬付きのガントレットを装着し、空洞の存在を確かめようとすると、マクベスが止めるように手を添えた。
「よかったら少しだけ、つき合いませんか? この迷路を考えた輩の悪趣味に」
「……ぁあ、いいよ」
壁に背を向け、幾通りにも分かれる道を眺めて、マクベスは話した。
「お金があれば、ルナミス、あ、妹の名前ですが。彼女は助かったのに、って。……まだ、六歳だったんですよ」
イルゼは黙って耳を傾け、隣を歩く。
また行き止まりに遭遇したが、マクベスはなにもない壁を見ているだけで、壊そうとはしない。
何回も見る行き止まりも、彼にはなんてことないように踵を返した。迷路から脱出するというよりは、まるで散歩でもしているみたいに。
「母は僕が一四歳の時に、過労のせいでしょうか、倒れました。医者からは、不治の病と告げられました。だからせめて、余生を快適にしてあげようと、僕は研究していた魔法学で、お金を稼ぐことにしたんです」
「へえ、立派じゃないかい」
「そうでもないですよ。弟が盗みをして捕まった事がありましてね。まあ、当時は子供でしたからすぐに釈放されました。ですが、それがきっかけで、僕の中に『犯罪』という選択肢ができてしまったんですよ」
犯罪という単語を聞いても、イルゼは不思議と、軽蔑も怖さも感じなかった。
「魔法を使ったつまらない犯罪で、僕は小金を稼ぎました。できる限り母の生活の設備を揃えました。『日雇い労働で稼いだ金だ』と偽っていたので、家族は何も知らなかった。騙すのは心が痛みましたが、死の間際に、母が『幸せだった、ありがとう』と言ってくれたのだけが、救いでしたね」
いつもと変わらぬ彼の微笑が、こんな話題のせいか、イルゼの目には、いつもよりもやや弱々しく見えた。
尋ねたいことはたくさんあったが、言われるまで訊かない方がいいのか、イルゼは迷ってしまった。
「その後すぐに、弟が出て来ました。弟は軍人だったんですが、殉職してます。これも、母が亡くなった後だから、不幸中の幸いといえば、いいんでしょうか。最後に出てきたのは父でした。彼も、亡くなっています」
マクベスの弱々しさは、気のせいではなく、精神的に追い込まれているからだ。
そう思うと、相手の攻撃がいかに卑劣かイルゼはありありと感じ取り、憤りの気持ちが、舌打ちとなって出る。
「つくづくヤな奴だねえ。こんな罠仕掛けやがって」
「仕方ありませんよ。それが彼女の『武器』なんですからね。僕が魔法を、あなたがガントレットを使うのと同じですよ」
「そうかい。大人だね、アタシと違って」
次の行き止まりで、マクベスは立ち止まる。
「まあ久々に母から『ノルン』と呼ばれた時には、ちょっとウルッと来ちゃいましたね」
「『マクベス』って、本名じゃないの?」
ちょっと、というか、イルゼはかなり驚いてしまった。
「はい。僕の本名は『ノルン=ウィスティリア』って言います。今までの自分と決別したいのもあって、『マクベス=フィンドラ』と、てきとうな名前に変えたんです」
ここまで聴いて、イルゼにふと、違和感が湧いた。
「あれ、待って。『ノルン』って、女の子の名前じゃない?」
とはいっても、露骨に女の子っぽい響きではないから、ある程度中性的な外見にはしっくりはくる。
マクベスの口から、本名があった以上に、驚くべき事実が告げられた。
「そうです。僕、もとは女でしたから」
「ハ?」
短く訊き返し、そのまま思考が止まってしまった。
「なんといいますか。生まれてきたときは未成熟だったのかなんなのか、性別が不明だったんですよ。見た目が女の子っぽかったから、そのまま女だということにしたんでしょうが。途中から『出てきちゃった』んですよ」
何が「出て来ちゃった」のか、イルゼはあえて突っ込まない。
「……よく、切り替えができたね」
「貧乏だったから、母の手伝いをする必要があったのと、その頃から父の暴力が激化しまして。戸惑うどころではなかったですからね。びっくり、させちゃったようですね」
切り替えたというよりも……と、イルゼは思う。
母親や弟妹を守らなければいけない立場にあったから、自分で無意識に男性でいることを選択したのに近いのかもしれない。
「イルゼさんが男だって聞いても、僕は別に驚きませんよ」
「ナヨナヨした男が多すぎるせいよ。どうする? やっぱり壁、ぶち抜こうか?」
イルゼが言うと、マクベスが止める。
「いいえ、僕がやります。……背中、痛かったでしょう?」
「別にあれは」
急に優しい態度を取られるものだから、どうしていいか、イルゼは戸惑った。
「それに、防具をつけているとはいえ、手が傷みますよ。壁はあといくつあるか分からないんですから。僕のせいで、余分に歩かせてしまったし」
マクベスによって壁がぶち抜かれ、再び一直線に歩く。
「あの女『遺品を渡してくれれば……』なんて言いかけてました。ものに宿ってる記憶でも宿して、コピーを作ってくれるとかみたいなことを、言ってましたよ」
「アタシも言われた」
やっぱりあたしもやる、と、次の三つはイルゼがぶち抜く。
「でも、所詮はスライムの化物。ルナミスも母も父も、弟の……イグベルグも、一人しかいません。今も昔も」
空洞のない壁を発見した。その壁に対して直角についている壁の向こうにも、空洞はない。
角に到達したのだと、空洞のない壁に、イルゼは印をつけた。
横の壁を叩いてから、空洞を確認して破壊すると、マクベスは、懐から取り出した手帳を捲ってみせる。
挟まっていたボロボロの写真には、幼い顔のマクベスと、活発そうな少年と幼い少女。母親らしき女に、ひげをたくわえた軍服の男。
幸せそうな、一家の写真だ。
不思議とイルゼは、この写真に懐かしさを覚える。
「可愛い。やっぱり似てるね」
中央に写っている幼い少女は、マクベスに似ている。
「でもこの写真、どっかで見た気がするのよねえ」
それがどこで見たのか、イルゼには思い出せない。
しかし次のマクベスの語りで、思い出すことになる。
「負傷して家に戻った父は、酒浸りのろくでもない暴力オヤジでしたね。最終的には痛み止めに使われたオピニウムの中毒になったので、海の向こうの中毒患者専門の施療院に押し込みました」
中毒と施療院。
この単語で、イルゼの思考回路のつかえは、きれいに溶解した。
イルゼは確かに、この写真を見た事があったし、写っている人物にも、会った事がある。
「やっぱりこの写真。あたし知ってる。子供の頃、うちで介抱した軍人が、この写真持ってた」
イルゼの祖母が、庭の木になったイチジクを盗み食いしていた男を、家に招き入れた事があった。
「なんですって!?」
「施療院から出て来た。そう言ってた。『戦争が終わったから、家に帰るんだって』」
男の出身地が、ルルディだと聞いたイルゼの家族は『ルルディはその頃、戦争などは起きていなかったはずだ』と、首を傾げていた。
イルゼは記憶を引っ張り出すも、男のいうことは要領を得なかった、という記憶が蘇る。
母からは「あまり男に近付かないように」と、かなり強く言い含められていたのも、このためだ。
「あの軍人……夜中に、名前を呼びながら泣き叫んでたっけ。確かその中に『ノルン』って名前も」
ここまで記憶を引っ張り出したイルゼの耳に「あ、マクベス兄ちゃん!」と、明るい声が飛び込んだ。
声のした通路の向こうからは、ゴーフルが駆け寄ってくるのが見えた。




