《42-3挿入文:本物の天使には、偽物など効かぬ(ゴーフル編)》
神々が厳しい表情で円卓を囲んでいる様子を、ゴーフルは大きな柱に隠れて伺った。
(なんでこんなとこに、神がいんだよ?)
その柱も、今までの殺風景な迷路には場違いの、あの見慣れた会議室のものだ。
「あのゴーフルとかいう下級天使は人間どもに、神の威信を損ねるような余計な事を告げました。あの子の処分をどういたしましょう?」
こう言うのは慈悲の女神。
「人間『ども』だってよ」
どんなに柔らかな物腰で、優しそうな口調で、目元に慈愛の色を湛えようとも、人間をはじめとした地上の生物が、自分達よりも下位の存在であることが、常識なのだ。
「それだけじゃない! あの悪ガキめ、俺の部屋に入り込んで道具を盗んでいきやがった。地獄ヘ叩き込んでやったらいい!」
円卓を叩いて勢いよく立ち上がる統率の神を、ゴーフルはいつになく心配してしまった。
「おいおい、大丈夫か? 『何を盗まれたんですか!?』って、つっこまれたらマズイだろうよ」
単なる子供のイタズラで地獄行きなら、罰とはいえ精霊を監禁して奴隷にしてしまう統率の神なんて、どんな罪になるんだ。
彼のもとには、そんな生けるアーティファクトがごまんとある。
ゴーフルはその一つをかっぱらったにすぎない。
「さすがこんな悪シュミな部屋で、会議するだけあるぜ」
柱のそばに配置される、彼らにそっくりな神像達を眺める。
天界の出身であるゴーフルには、人間で言う「神秘性」は感じず、むしろ自分たちの像、しかも丸裸のものまであるのを配置する彼らの神経を疑う。
(特にあの、水がめ持ってる腹の出たヒゲ面のオヤジの裸の像なんて、本人以外誰が喜ぶんだ?)
しかし、こんな力のない下級天使ふぜいのちょっとしたイタズラごときに、ここまでの会議を開かねば対処できんのかいと、ゴーフルは毒づいた。
「しっかりしてくれよ、神さんたちよ。あまりの情けなさに、ため息が出ちゃうぜ」
連中は会議こと愚痴大会に夢中で、こちらには気付いていない。
天使の輪を頭上から取り出し、空中で投げるというより指でそっと押すようにしてやる。
リングは空中を移動しながら、姿を消した。
「ゴーフル、そこにいるんだろう? 出てきなさい!」
神達が彼に気付いて、一斉に立ち上がる。
ゴーフルはバツが悪そうに目を伏せ、そろそろと彼らの前に出た。
今にも怒鳴ろうとする統率の神を制して、穏やかな、しかし厳格な口調で女神は告げる。
「あなたに、重大な話があります」
「……はい。存じております」
しおらしく俯くゴーフルだが、もう限界だ。
腹の底から込みあがる笑いを堪え切れず、吹き出してしまった。
「だってぜーんぶ聴いてたもんよお」
俯いた顔を上げると、口の端を引っ張って舌を高速で動かして見せた。
「なんですか、その態度は! 厳しく処罰を」
「あぁん? やってみろよ!」
中指を上に向ける動作をして、これみよがしに挑発する。
神々は「仮にも天界の者が! 信じられない!?」とばかりに顔を歪めてざわついた。
「貴様! 自分が誰に向かって何をしているのか、解っていないのか!?」
もちろん知っている。
ゴーフルはありのままの彼らについて答える。
「クソババアに、無差別種つけ野郎、脂肪太りのデブに、殺し好き野郎」
憎々しげに見下げてくる神々に、ゴーフルはひるむどころかますますヒートアップし、尻を叩いて振ってみせた。
とどめとして、親指を下に向けて振り下ろす。
「子供だからといって、許せる範囲ではない!」
各々の武器を取り、神々はゴーフルの処刑を早めたが、すぐに、神たちの目線は、ゴーフルより下になってしまった。
さきほどゴーフルがこっそり投げたリングは、巨大化した状態で姿を現した。
ちょうど囚人を捕らえる縄のように、彼らを内側に治めた状態で。
「さーてと、どうしてくれるんだっけ?」
動けない彼らに対してゴーフルは、ある者にはビンタし、ある者には両鼻の穴を小さなリボンで飾った。
持っていた目印用のペンシルで無抵抗な彼らの額に「淫」「hysteric」「虐殺最高」「健康体重」などと、屈辱的な印を容赦なく施す。
「入れ墨よりはマシだろ?」
そう言い捨てて去ろうとすると、どこからか、若い女の声と舌打ちが聞こえた。
「お前……本当に天使かい!?」
重くて水気のある音が、地面で弾けた。
神達の姿はジェル状の液体に変化し、スライムになってどこかへ行ってしまった。
もとに戻ったアウレオラを頭上に装着すると、ジェル状のものの一体が、落した鍵を拾う。
「かける術と相手を選ばなかったのは怠慢だったね。それにしてもネエちゃん、気が利いてるなぁ。ストレス解消には最高だよ。サンキュー」
種族を識別できるゴーフルの目は、最初から見えていた。
こいつらは種族もなにもない、ただの「物」だと。
だから遠慮なく、悪態もつくし攻撃もする。
「とはいっても、本物だったらここまでやんねえよ。ホント」
鍵を開けて部屋を出た。
廊下と思われる通路は暗く、等間隔で明かりが煌々と灯っている。
燃料でもエネルギーではなく魔法の明かり……いわゆる魔光灯のようだ。
目の前の角を曲がると、双手に分かれている。
角を曲がると、さきほども見たような通路に出る。
幾重にも分かれた道の奥から、闇が手招きしていた。
「……うっへー、カンベンしてよお…………」
口ではそう言いつつも、足元に落ちている銀貨に気付き「ラッキー」とポケットに入れる余裕はある。
「まいったなあ。つうか、こんな所に無駄な金使ってんじゃねえよ!」
迷路になっている上に、そもそも城の敷地そのものが非常に広いのだ。
ゴーフルはさっきから、同じところを何回回ったか、考えるのも嫌になっている。
そこに爆発音とともに、壁が崩れるような音がした。
敵か、とも思ったが、少し離れた所に見覚えのある人影を見つけた時、ゴーフルの足は反射的に速度が増した。
「マクベス兄ちゃん!」
「ゴーフル君、無事だったんですね?」
手を振りながら駆け寄ると、懐かしい顔がそこにいた。
懐かしい、とはいっても少しの間しか離れてなかったけど。
こんな闇の中を一人さ迷うことになったら、うさんくさい魔導師でもインチキ占い師でも、そばにいてくれれば心強い。
ゴーフルに気付いたマクベスが彼の視点の高さまでしゃがむと、後ろにもう一人いるのに気付いた。イルゼだった。
「と、イル姉」
二人の背後をふと目を泳がせると、壁が壊れている。
「これ、なに?」
壁という壁に、一直線に開く大きな穴について、ゴーフルは説明を求める。
「ああ。もう埒が明かないので、壁壊してまっすぐ進んでるんですよ」
「きったねえ」
ゴーフルは露骨なジト目で、穴とマクベスを見比べる。
「いいんじゃない。それで合流できたわけだし」
イルゼがマクベスを弁護しているそばで、当の本人はにこにこしながら続けた。
「向こうも汚い手使ってるんですから」
マクベスは悪びれもせずに、すたすた歩いた。
「さすが、だてに汚れた世間を渡って、歳とったわけじゃないんだね」
「その通り。綺麗事じゃ解決しない時もある。それを学んでいくことを、大人になるというんですよ」
皮肉は通じているのだけど、彼は笑い飛ばしながら進んでいく。
顔を上げると、マクベスが手に何か持っていた。
それが写真だと悟ると、翼を出して彼の手の位置まで飛び、素早く覗き込んだ。
家族写真のようだった。そこには今より幼いマクベスも、写っていた。
「時の流れって、残酷だよな。まだうさん臭くない」
「マクベスにも、こんな可愛い頃あったのに。それが今じゃあ」
イルゼはさっきはフォローしていたくせに、彼に破壊された壁の穴にチラと目をやる。
「失礼な、僕だって生まれた時から汚れてたわけじゃないんですし」
ふと、写真の中に、見覚えのある少女の姿があることに、ゴーフルは気付く。
「あいつ、兄ちゃんの妹だったのか」
今のひとり言が聞こえていたらしい。
マクベスらしからぬ、本当に驚いた声で振り向かれた。
「珍しい反応だね。こいつ、だいぶ前に転生の門の前で見たぜ」
「そうですか……」
マクベスが足を速め、写真を手帳に挟んで閉じた。
その表情を確認するのは、野暮だとゴーフルにも理解できた。




