【第42話 アルフィード編:アンダーグラウンド・キューピッド(前編)】《42-1後のこの世界の王との謁見》
少しだけ時系列は戻り。
そして迎えた謁見の日。
見事なバラ園を通り、城門に入る。
左右対称に衛兵たちが並んでいる、厳粛なムードに緊張しながら、その間を通り抜けた。
玉座の間にはレオパルテの国王と、当然のように同じ高さの座に納まる「宰相」。
そしてその隣に、今回の大会の主役であったマリエラ王女が、誇らしげに微笑みを浮かべていた。
(……『宰相』だなんて白々しい)
顔には出すまいと、急いで頭を垂れてひれ伏した。
「見事であった」
「本日はお招きくださいまして、光栄です。国王ならびに宰相様、王女様」
国王の言葉に相槌を打ちつつも、その傍らで艶然と顎を上げて見下ろす「宰相」の男を見ずにはいられなかった。
「面を上げて。その顔をよく見せてくれないか」
宰相はゆったりとした口調で、国王然として言った(なぜ『国王然として』という言い方が出たのかは、俺自身にも分からない。直感的に、と言うしかない)。
「私の招待に応じてくださるなど、光栄きわまる。アルフィード=エースペード。あの無敗の剣士を追い詰めたという事で、是非ともお会いしたかった。そしてこんな所でお会いできるとは思ってもいませんでしたよ、トリフィラートの姫君」
「歓迎痛み入ります」
簡潔にセレフィナが、頭を下げたまま挨拶する。
ここで王様が大きく咳ばらいをして、彼を紹介した。
「こやつは我が国の繁栄の立役者であり、宰相のギャラクス」
玉座の上から見下ろす、ギャラクスの顔を盗み見る。心の中を見透かされているようで、落ち着かない。
さりげなく見渡す俺の視線は、普通であれば縁のない城に戸惑う「庶民」「田舎者」の行動にしか、見えないだろう。
「……時にセレフィナ王女。帝国の各地での横暴ぶりには、我々も頭を痛めている。元首会議での告発は、我々に任せて貰えないかね?」
そう言ってギャラクスが見せたのは、映写フィルムのケースだった。
「ふふっ、こそこそ父親に連絡を取るなんて、水臭くてよ。セレフィナ様」
マリエラ王女が意地悪く微笑んだ瞬間、下のカーペットが消え、床に直接描かれた模様のラインが、強烈な光を放つ。
「しまった!?」
気付いた時には、もう遅かった。
閃光が消えた頃には、謁見の間ではない、白い石の廊下と天上だけの殺風景な空間に、移動していた。
そこにはゴーフルもセレフィナも、マクベスや、イルゼの姿もなかった。
「ここは、どこなんだ?」
「アル」
沈黙の中、鈴のように響いた澄んだ声。
驚いて振り向くと、そのまま表情が固まる。
「違う、君は誰だ?」
「ミスティよ」
ミスティに「瓜二つな彼女」はにっこり愛らしく微笑み、名乗った。
「いや、違う」
俺が否定すると、ミスティに似た者は腕を胸の前で組み、目を潤ませてたじろいだ。そして両手で顔を覆い、泣き真似をする。
「ひどい、信じてくれないなんて」
次の瞬間、服の中から取り出したナイフが突き出された。
短刀術とも呼べない拙い攻撃なぞ、止めるのは片手一本で充分だ。
「それが本性か?」
ミスティが剣術を使えると知らないのか、それともか弱い女の子らしさを演出したのだろうか。
どこで俺とミスティの関係を調べたのかは知らないが、ずさんな情報収集だ。
「よくわかったじゃないか。そっくりだろう?」
どこからともなく、知らない女の声が聞こえた。
話し方がイルゼと似ているが、少し違う。
蓮っ葉な物言いの、嗤うような声は、頭の中に直接流れ込んできた。
(可愛いその顔に、攻撃できる? そもそも、これがミスティじゃないって保証はあるのかい?)
「お前なんかに、保証なんてしてもらわなくていいさ!」
何年、一緒にいたと思ってるんだ。
この意地の悪い声の主に聴かせるべく、ミスティに似たものに、ある質問する。
「ハンナを、覚えてるか?」
「誰?」
思った通り、ミスティに似たものは首を傾げた。
ハンナは七年前、二人でこっそり世話をしていた野良犬の名前だ。新しい飼い手とともに、レガリアへ引っ越していった。
「今のは、ミスティにしか分からない質問だ」
どうだと論破したつもりで突き付けたが、声の主はこう返してきた。
(別の魂を入れる。記憶を消す魔法でも使う。肉体はそのままで、人格を変える方法なんて、いくらでもあるさ)
「うるさい! これはミスティじゃないって、俺には判る!」
つい怒鳴り声が上がる。
確信というよりも、もはや罠には掛かるまいという意地だった。
でもどちらにしろ、傷つけるのを躊躇していることは、見抜かれていると見て間違いないだろう。
(じゃあ、殺せばいいさ。いいんだよ、本物だったとしても、私には関係のない話)
俺がずっと腕を掴んだままだったから、痛いのであろう、刃物を持つ偽ミスティの腕は震えている。
振り払うと、彼女はよろけた。
だが振り乱れた長い髪の隙間から覗く殺気を感じ取り、俺は咄嗟に剣を抜いた。
「危ない!」
偽ミスティの持つ短刀の刃が、床に落ちて音を立てる。
残った柄からは氷のような半透明な刀身が突き出ていて、危うく顔を串刺しにされるところであった。
水と冷気を出す魔法の応用で作った、氷剣だろう。
なんてことだ……本物かもしれないという不安要素が、また一つ増えた。
そうなると、金属を錆びさせる魔法も、使ってくるかもしれない。
心の中で冷や汗をかきつつ、潮気に晒されても錆びない、この剣に感謝した。
切り結ぶ形に持ち込み腕力で押すと、ひるんでいる間に、鳩尾に一発拳を撃ち込んだ。
前にもやったのだが、簡単に掛かってくれる。
ミスティに似たものはえづきながら、丸くなってその場に崩れ落ちた。
(……ますます、判断に困ったぞ)
殺さないにはこれが一番手っ取り早いとはいえ、最悪の気分だ。
村で鉢合わせた時、やむをえず、刃を交えなければいけなくなった。あの状況が、再現されてしまった。
しかも今回は、気を失わず、苦しめるだけの結果に終わってしまった。
(また、傷つけてしまったじゃないか!)
腹の奥底から、憎しみが沸き立つのを感じる。
思考を読み取ったらしく、あの女のせせら笑いが俺の脳内に返事した。
(悪いが私の得意技はこれなんだ。あんたが剣を得意とし、敵とあらば武器を持たない者にも対峙するように。あたしは『アンダーグラウンド・キューピッド』)
キューピッドは金の矢と鉛の矢を携え、金の矢で撃たれたものは恋に落ち、逆に鉛の矢では恋を割くが、それ以外のやり方とは?
自分の中の知識では、女がどんなキューピッドなのか想像ができない。
するとまたしても、考えを見読み取られたらしく、解説が頭に送られてくる。
(お前たちのよく知るキューピッドは、単純に恋を叶えたり割いたりするだけだ。あたしは対価次第でもっと幅広く恋の願いを聞いてやる。正規のキューピッドには言えないような、暗い欲望も扱ってるんだよ。仲をとりもつこともあれば、引き裂くこともある。他にも恋敵の抹殺。元恋人への復讐、既成事実の作成、相手の確保、情報収集とか)
だからどうしたというのだ。
そっくりさんで油断させるという手の内を破られた以上、女のその能力は、今はもう役には立たない。
「お前の得意技は解ったよ。だからどうした?」
すると、相手から意外な言葉が送られて来た。
(このミスティ、やるよ)
女の台詞に合わせたように、倒した偽ミスティが、何事もなかったかのように起き上がる。
「いらないよ、こんなニセモノ!」
(お察しの通り、そいつは人形さ。好きな相手との、疑似恋愛用のね。あたしの扱う商品の中では、一番安いものさ)
偽ミスティは少し口を開けて、僅かに歯を見せて微笑む。
「ごたくはいい。こんな手の内を明かして懐柔に持ってくるということは、何か狙いがあるんだろう?」
(あたしが欲しいのは、セレフィナ王女の持つ、大地神王の神器。なんなら、セレフィナ王女を説得してもらいたいものだね。あんたのいうことなら、素直に聞くんじゃないかい)
「お断りだ。お前らなんかにこんなものを渡して、ロクな結果になるはずがない」
(そのミスティなら、お前から逃げたり隠し事したり……他の男に心を移したりしないさ。本物と違ってね)
傷口が疼くのに似た、痛みを感じる。
その痛みを感じ取ったように、女は畳みかけた。
(お前達は、かつては兄妹のように強い信頼関係にあったようだけど……今は住んでる場所も勤め先も教えて貰えないくらい、赤の他人だね。もう一度言う、言うこと聞けば、タダであげるよ。好きに使えばいい)
「うるさい!」
思わず声を荒げると、女の声はしなくなり、急に静かになる。
「ミスティ」
数秒の静寂の後、頭に直接ではなく、耳を通して女の声が普通に入ってきた。
ミスティに似たものはその声に反応し、俺は慌てて目を逸らさなければいけなくなった。
「……え!? あ!」
ミスティに似たものは足元に剣を捨て、紫の膝上ワンピースを脱いだ。
胸を覆っている赤色の下着を外すと、プルンっ、と窮屈そうにしていた乳房が弾ける。
「好きにしていいんだよ。いうこと聞いてくれればだけど」
女の声に合図されるように、今度それは、最後に腰に残った、小さな布のサイドを結ぶ紐に手をかける。
「いやいやいや、ちょっと待って!」
(見たことなかったのかい?)
ふふん、という嫌な笑いが、台詞に混じって頭に送られる。
「あるよ!」
(どうせ小さい頃に一緒に風呂に入った……とかそんなんだろう?)
……それだけじゃない。去年の夏だったか。
というのも、森の奥の湖でミスティが一糸まとわぬ姿で泳いでいるのを、偶然見てしまった事があった。
断じて、わざとじゃない!
考え事をしていたら道を外れてしまい、森の中を彷徨い歩いていたら、近くでバシャバシャと水音が聞こえてきて。
湖近くまで来てしまったのかと察したのと「誰かいるのかな?」という気持ちで音の方に行ったのだが。
水面に人の腕や頭が見えたと思うと、上がってきたのはミスティだった。
岸に上がった彼女は、人が来ないはずの場所と油断しきっているらしい。伸びをしたり、足をバタバタさせたり、寝転んだりを無防備にしていた。
慌ててその場を去った俺は、その後「狂暴な野生動物が出たそうだ」と話をでっち上げて、しばらく湖に近付かないように彼女に忠告した。
もちろん、人に言えるわけがない。
(『そんな関係』じゃないもんねえ?)
女の意地の悪い声で、思考が中断される。
「そうだ、悪いか!」
なんて性格の悪い女だ。
だいたい、凝視するわけにもいかないだろ。
「キューピッドなんて他人の恋愛の世話してるくせに、自分のはどうなんだ!?」
そしてこんなネチネチした精神攻撃をして嗤っているなんて、一人さびしい人生を送っているに違いない。
後ずさりして目を逸らすも、ちらりと覗き見ると、ミスティが懐に潜り込んでいた。
剣を片手に。
間一髪で、剣を盾にして防いだ。
(危なかった! こんな死に方、ダサすぎる!)
平静を装ったが、内心ビクビクもの。
(運よく助かったねえ。盗み見したおかげで)
嘲り声が頭に送られてくる。
「なんとでも言うがいい! 卑劣な罠を張りやがって!
振り回される偽ミスティの刃を、次々剣で受け止める。
なんて、拙い。
今まで人なんか殺した事、ないに違いなかった。
つくづく、この見知らぬ傀儡が、哀れでならなくなる。
もっとも、姿のせいで情が移ったのもなきにしもあらず。
「可哀想に」
操られて、戦わされて傷ついて。
(大会の日の夜、王廷騎士ベリオット=シュットガイストはミスティを追いかけて、彼女の部屋に行った。帰って来たのは次の朝だったよ)
「いい加減にしろ!」
言い返しながら剣を薙ぎ払うと、ミスティの剣は再び地に落ちた。
主人の命令でここまでやるのだから、ある意味、純粋と言ってもいいのかもしれない。
彼女はじっとこちらを見上げ、目の奥を見つめるような視線を送る。
ゆっくり近寄りそのたおやかな白い手が、抱擁を要求するように両腕に絡みついてくる。
(やっぱり、そっくりだなあ)
このサファイアブルーの瞳に見つめられると、捕らえられたように動けなくなってしまう。
驚いた事に、今度は彼女の手からジェル状の物体が現れたかと思うと、それはミスティが使用していた銃の形を取る。
ジェル状の物体は、手から出たんじゃない。
彼女そのものがジェル状の物体で、体の一部から物を出せる。
引き金が引かれ、爆発音が響く。
「あ、危なかった……」
咄嗟に頭を逸らしたおかげで、頭に穴を開けられずに済んだ。
呼吸が荒くなり、汗で服が、背中に張り着いている。
「ああ、でも弾切れはないんだよな」
観念した俺は間合いを取り、偽ミスティが引き金を引くと同時に、一か八か剣を一振りした。
ミスティの手から落ちた銃が、弾丸もろとも砕け散る。
真空波。
飛んで来た弾全てと、本体を破壊させてもらった。
ミスティの形をしたものは、その衝撃で後ろに弾け飛んだ。
「ったく、立派なお題目を唱えようとも、中身は発情期のガキかい。効いても効いてなくてもおんなじさ」
普通に耳で、女の声を聴き取った。
「待てよ。お前は出てこないのか?」
どこかで見ているであろう、性悪女に向かって呼びかけた。
「うるさいね。あたしは庭の手入れで忙しいんだ。バラ園を乱すと、王女がうるさいんだよ」
女の声はそれきりしなくなった。
ミスティの形をしたものを見下ろす。
手の平から銃を出してくれたのは、ある意味幸いだった。
一部を銃に変化させられるのは、どんな武器でも出せるという強みだ。
しかし同時に、否が応でも明らかな作り物だと相手に教える……つまりある意味情を捨て去らせる弱点にもなりうる。
……………………。
しばらくすると、ジェル状のモノは一つの青く透き通った玉になる。
青い玉のそばには、何かきらりと光るものが残っていた。近寄ってみると、それは鍵だった。
目の前には、独房を思わせるような格子窓のある扉がある。
「この鍵、みたいだな」
ノブを回してみると、やはり開かなかった。
穴に鍵を挿し入れ回すと、掛金が外れるような手ごたえが返って来る。[




