《41-3心当たりのない亀裂》
今、何した!?
頭がやっと追いつき、咄嗟にフェデリコの体を押し返す。
「……え、な、何すんのよ!?」
「悪い悪い、怖いの忘れられるかなって」
「そうねー、キモさで上書きされたわ。ありがとう!」
ほっぺたを押さえながら悪態をつくも、心臓がバクバクいうのを抑えられない。
「それなら何よりだ。それじゃあ」
フェデリコが立ち去るのを見送り、宿屋に入ろうとすると、路地にいたルベオルス……お兄ちゃんと目が合った。
「あれ、お兄ちゃん。どうしたの? ってか、いつからいたの?」
なんだかわざとらしいくらいに、物言いたげなジト目で、私を見ている。
「『どうしたの?』じゃない。なんだ今のは?」
「カフェの子達とトワイライトクラブに遊びに行ったんだけど、そこでバッタリ会っちゃって」
「……あんな低俗な店に出入りしてるのか、お前は」
彼がフェデリコを良く思っていないのは明白だが、だからと言って、そんな責めるような言い方をしなくたっていいじゃない。
「逆にお兄ちゃんは遊びに行く時、どこ行ってるの? そもそも遊びに行く友達いるの?」
「せいぜいコーヒー・ハウスくらいだ、悪いか!」
コーヒー・ハウスもカフェの分類に入るが、一般的なカフェとの大きな違いはというと「男性のみ」利用できるということ。
酒の提供が禁止されているのと、厳しめの秩序規定があるせいか、中でも上流階級の男性が多く集まる。
「要は女嫌いのたまり場ね」
「誤解するな。あそこの連中は、女がらみのもめ事は嫌いだが、女そのものは大好きだ。そんなことはもうでもいい、今日エースペード達は、レオパルテを出た」
そうか。
淋しくもあり、安心もした。
「あの場では無罪放免になったが、国王もギャラクスも、連中を良く思っていない。むしろ神器をめぐっては、敵にもなる。レオパルテで今後暮らしていく気があるなら、連中とは今後一切、もう会わないことだ。余計なお節介だろうが、それを伝えに来た」
「……分かった。ありがとう」
アルとは今生の別れになってしまうが、仕方ない。
「今後王廷騎士も忙しくなってくる。だからすぐには無理だが……墓参りは、必ず行くぞ」
「うん」
「ところで」
こう前置きすると、お兄ちゃんの少し優しくなっていた目つきが、また鋭いジト目に戻る。
「この際下品な店通いはいい。あの無礼な記者にバッタリ会ったのもいい。だが、なんであんなに距離が縮まってるんだ?」
「送ってくれただけ。私が体調崩したから」
「体調崩しただって?」
「ちょっと気味悪いもの、見ちゃってね」
フェデリコが撮った私の写真を、彼に見せた。
思った通り彼も、気味悪そうに眉間に皺を寄せている。
「『サフォーは写真に写らない』が本当か、試した結果がこれよ。自分が本当に他人に見えてるのか、疑っちゃった」
「それで『俺の目にも、ちゃんと映ってる』に、なったわけか」
フェデリコに話が及ぶとまた、責めるような表情になる。
「そうだけど。何なのよ? 別に悪いことしてるわけじゃないでしょ」
特定の恋人がいるのならば、トワイライトクラブへの出入りも、男性と二人で歩いているのも非難されるのは納得がいくけど。
「……お前、ベリオットの前でもその態度を貫けるか?」
その名前を出されると、非常に弱ってしまう。
「無理。すごく動揺すると思う」
怒ってもらえる関係でないのは、すごく残念ではあるが、誤解されるのは非常に困る。
「ついでに訊きたかったんだが、ベリオットと喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩も何も、私達そういう関係じゃないわよ」
むしろ喧嘩できる相手にすら、なりたくてもなれていない。
それどころか大会の日の夜以来、一度も会っていない。
「カトレア席に、あいつと二人でいただろ。親子きょうだい以外の男女があそこに入るのは、だいたいそういう意味だ」
そういえばベリオットも「愛人を連れ込む人が多い」なんて言っていたような。
とはいっても、全員が全員そうでもない。
「ベリオットの使用人達も、男女で入ってたわよ」
メイドのメルと、その他メイドボーイの男女三人だけど。
「知ってる。メルティナとかいうメイドが『ベリオット様と観戦したい』って、あいつに言ったんだとか」
「は?」
メルティナという名前で、彼女が例の「メル」だと察した。
三人の中の誰かが「闘技場で観戦してみたい」って言っていたからだと聞いた覚えはあったけど、そこまで詳しくは聞いてない。
しかもだいぶ、親し気な呼び方なのが気になる。
お兄ちゃんから、詳細が語られる。
「『俺も当日はたぶん、闘技場のどこかで見てるだろうから』って、三人分チケット買って渡したんだと。ちょうど他の奴も、闘技場に行きたがってるのを知ってたそうだから、ちょうどいいと思ったんだろうな」
ベリオットと観戦していることに、なるといえばなるのか。
部屋が別々で。ついでに同僚もセットというだけで。
「……チケット受け取ったメルティナちゃん、喜んでいいのかどうか、さぞかし困ったでしょーね」
万単位の値段のチケットを買ってもらって、文句を言うわけにはいかないだろうけれど。
それでも彼女の意図とは絶対に違う!
ベリオットが彼女の意図を汲めなかったことにホッとするべきなのに。
なんだろうか。この湧き上がる歯がゆい気持ちは。
「とかいって私と一緒にいたのも、ギャラクスさんから『話し相手になってやれ』って、言われたからなんだけどね。ついでに言うと、チケットの差出人はベリオットだけど、買ってくれたのはギャラクスさんだし。……羨ましい限りだわ」
ついでに私は愛称どころか、名前すら呼んでもらったことはない。
「ふーん。お前の部屋から朝帰りしたとも聞いてたから、てっきりそういう仲かと。ならいいんだ、何でもない」
「待ってよ、そこまで言いかけて、何も言わない気!?」
帰ろうと背を向けるルベオルスを捕まえて、おそらくさっきの「喧嘩でもしたか?」の詳細について問いただした。
始めは言葉を濁した彼だったが「言いかけて『やっぱり何でもない』は反則!」と言ったら、しぶしぶ彼は言った。
「お前の所に行くって告げて、一緒に行くかも訊いたんだが。『会いたくない』『あいつの顔を見たくない』って、かなり強めに拒否されたんだ」
「えっ」
問いただしたくせに、そのことをすぐさま後悔した。
「というかここ数日、かなり機嫌が悪い。本当に、心当たりはないのか?」




