《41-2写真の出来》
「もったいぶってないで見せてよ。それとも本当に私、写らなかったの?」
見せると言われたものを引っ込められ、そんな意味のありげな台詞を言われたら、余計気になってしまう。
「……わかったよ」
スッと渡された五枚の写真を見て、思わず「ヒッ」と、短い悲鳴が上がる。
「俺が躊躇うわけが、理解できただろ?」
「嘘でしょ? 気持ち悪……」
フェデリコに渡された写真は結論から言うと、私がまともに写っているものは、一枚もなかった。
まず、背景はバッチリ写っているのに、私の姿はないもの。
次に、私らしき人影は写っているのに、真っ黒で、顔といったディテールは写っていないもの(背景は鮮明で、私の姿だけが黒く塗り潰されたようになっている)。
三枚目は、現像に失敗したかのように全てが真っ黒だが、店の壁のレンガや、観葉植物の形のラインは見えるもの。
四枚目。
私の姿が映ってはいるものの、それでこそ幽霊のようにぼやけていて、壁が透けて見えているもの。
最後は肩から上が、消えているもの。
一枚だけがおかしいだけならカメラの不具合や、彼の写真の腕前か悪意を疑っただろう。
しかし全部が全部、こんな気味の悪いものばかりとなると。
「ミスティ? ……顔、真っ青よ。大丈夫?」
声を掛けられて振り向くと、ローラが戻って来ていた。その後ろにはオリヴィエも。
二人に見たものを正直に話したら、気持ち悪がられるのではないだろうか。
考えていると、代わりにフェデリコが答えた。
「事故現場を取材した時の写真を、うっかり彼女の目の前に落としちゃって。気分が悪くなってみたいなんだ。これから家に、送ろうと思うんだけど」
私を連れ出そうとする彼に、ローラは不審そうな表情を浮かべる。
「あなたは? ミスティの知り合い?」
そういえば彼がお店に来た時には、二人ともいなかった。
「この間、お店に来た記者の」
「フェデリコです、どうも」
彼が帽子を脱いで自己紹介すると、思い出したようにローラはポンと手を叩く。
「ママが言ってたわ。ちょっとマナー悪くて軽薄だけど、イケメンの記者」
フェデリコは複雑そうな苦笑いを浮かべているが、アポなし取材の上に、店の中での無断撮影について掘り返されたくないからか、文句は言わないようだ。
「このアダマンタイトメンタルが、こんなになるなんて……どんなひどい事故の写真だ?」
写真を見せずにオリヴィエを納得させる答えを出そうと、頭を捻る。
ところでオリヴィエのやつ、さっき私が言った「オリヴィエで我慢……」のくだりを根に持っていると見える。
まあ、先日言われた「人間の女の皮を被ったオーガ」よりは、「アダマンタイトメンタル」の方がましか。
それはさておき、フェデリコの嘘に便乗させてもらう。
「あれは新聞に……載せちゃダメね。俗悪系の雑誌でも、アウトじゃない?」
本当言うと落ち着いてきたのだが、顔が見えないように私は口の周りを両手で覆い隠す。
「……平たく言えば、バラバラ死体というか…………残念だけど、掲載は諦めるしかなさそうだな」
そう言ってフェデリコは、アドリブの演技を締めた。
ローラには下を向いたままか弱げな声で礼を言う。
「……ごめん、私から誘っときながら」
「いいって。お大事にね」
「ありがとう」
そして財布から、自分の勘定分のお金を出して、オリヴィエに渡した。
「悪いけど、一緒に払っといて」
頭を左手で押さえ、頭痛の動作をしてオリヴィエにだけ顔が見えるようにすると「頑張って」の意味を込めて微笑した。
「……分かった。じゃあ、お大事にな」
帰り道、少し歩いたところでフェデリコに礼を言った。
「ありがとう」
「何が?」
「あの時、とっさに嘘言ってくれて。あんな写真見せたら、絶対気持ち悪がるに決まってるもの。私本人ですら、吐き気するほど気持ち悪いのに」
「でも君、帰るって彼らにお金渡してた時点で、もう収まってただろ?」
彼は私の嘘に気付いていたのか。
「何か事情でもあるのかい? 実は彼らがあんまり好きじゃない……とか」
「まさか。クラブ行くのも、私から彼らを誘ったんだし」
そんな誤解をしてもらっては困る。だから白状した。
「実は適当なタイミングで私が抜けて、彼らを二人だけにする予定だったの。本当言うと、ステージ上がって踊ったり歌ったり、もうちょっと遊んでたかったけど、ちょうどいいタイミングだったから、早いけど抜けさせてもらった」
「なんでまたそんな。どっちかに頼まれたとか?」
「ううん、私がお節介焼きたくなったの。なんとなく、他人事に思えなくて」
オリヴィエにとってローラは、ただの可愛い同僚ではない。命と尊厳を救ってくれた恩人でもある。
形は違えど、私がベリオットに救われたように。
もと商船の水夫だった彼だが、レオパルテで船を下ろされてしまった。
お給料の払い惜しみをして、乗組員を現地で捨てていく悪徳商船があるとは聞いた事はあるが、聴いていると、まさにそれだ。本当かどうかは知らないけど、昔の海軍の整理解雇を、模倣したものだとかなんとか。
一番若くて怪我も病気もしていない彼がクビになったのは、雇い主の、スズメの涙ほどもない程度の罪悪感を和らげる為だろうと、私は想像している。
そういうわけで住む場所もお金もなく、港で命を絶とうとしていたオリヴィエをスカウトしたのが、ローラである。
本来ならば願ったりかなったり、渡りに船のラッキーのはずだが、すっかり自信を無くしてしまっていた彼はその誘いを断った。
しかしチンピラども相手に、ウエイトレスをやることに耐えかねていた彼女は「私はあなたが必要なの!」と食い下がり、半ば強引に店まで引っ張って帰ったのだそうだ。
……ところでそういう船乗りの再就職先は、他の商船か漁船、あるいは海賊だそう。
彼の選択肢が死ではなかったとしても、いろんな意味で彼女に拾われてよかった。
そしてもう一つ、気持ちに気付かれないどころか異性として見られているかすら怪しい、という切ない点も、私の共感と同情を誘っている。
特にオリヴィエの場合、告白はしづらい立場ではあるが、だからといって、いずれローラにだって好きな人はできるだろう。ご両親が縁談を持って来るかもしれない。
そうなれば彼の立ち位置は、最悪なものとなってしまう。
「ふふっ」
フェデリコが小さく笑う。
私のやっていることは、彼にはさぞかし稚拙に映っているであろう。
「悪かったわね」
「いや、優しいなと思って。でも元気になったようでよかったよ」
「さっきの写真、もう一度見せて」
もう一度受け取って、改めて自分の写真を眺める。
最初みたいに激しく動揺することはないけども、やっぱり気味が悪い。
「『盗賊狩りのサフォーは、決して写真に写らない』……か。うっすら姿が確認ができるのもあるけど。嘘で片付けるには、ちょっとねぇ」
横からフェデリコも、写真を覗き込む。
「ただの心霊写真なら笑って見てられたのに。自分の存在が、信じられなくなるわね。私本当に、自分が死んだことに気付いてない幽霊だったりして」
気持ちを軽くする為に冗談を言うも、心からは笑えなかった。話している内にもう、宿屋の前に着いた。
「大丈夫だって。写真の出来はああだったけど、あの子らだって君のこと、ちゃんと認識してただろ? ……俺の目にも、ちゃんと映ってる」
優しくなだめるように言うと、フェデリコは私の両肩に手を置き、そのまま距離を詰めて頬にキスした。




