【第41話 ミスティ編:サフォーは写真に写らない】《41-1喧噪の中の貴婦人》
休業日前日となり、閉店作業を終えるとトワイライトクラブ(なんでも、ナイトクラブへの規制が厳しくなりそうなので、開・閉店時間を早め、言い方をマイルドに変えたそう)に、ローラとオリヴィエを伴って繰り出す。
店主夫妻からは「泊りはNG」という約束で、ローラを連れて行く許可を得ることができた。
ホールで楽団が行う、賑やかな演奏の音に紛れて、すでにグラスを手にしているオリヴィエに耳打ちする。
「オリヴィエ、あんまり酔っぱらっちゃダメよ」
私が途中で離脱したら、彼がローラを無事に送り届けるのだから。
「ぉ……おう」
それに酔っぱらった勢いで、理性を飛ばされるのは、もっとまずい。
住み込みで働いているオリヴィエが間違いを犯そうものなら、彼は住む場所と仕事、そして心の支えをいっぺんに失うことになるのだ。
「飲む前になんか食べた方がいいんじゃない? なんか注文するか、それかこのパンチボウルに入ってる、フルーツとか」
「それって意味あるの? すでに酒漬けだけど」
「さぁね。まー、でも最悪フラれて気まずくなっても、今ならお城に行けば無条件で雇ってもらえるんじゃない?」
なにしろ若くて健康、もと船乗りだから力仕事はお手の物。
スリコギ一本で(自分の身が危うい時に『調理器具を喧嘩に使うな』などと、野暮なことを言う輩はおるまい)チンピラを撃退し、漁船を襲ったシーサーペントを包丁で切り身にしてしまうような彼であれば、マリエラ王女あたりの心証でも悪くしない限りは、採用間違いなしだろう。
「お前よお、帝国に戦争仕掛けるって、もっぱらの噂だっつーに……」
帝国に喧嘩を売ろうとしているところまでは、だいたい噂で知られているようだ。
けど、もし「それどころか全世界」って言ったら、どんな反応をされるのか。
「冗談よ。私もあんな感じの悪い王様と王女のいる城なんて、勧めたくない、とはいえ、ローラと付き合える保証がないのは事実でしょ」
もちろん本当に、オリヴィエに王城入りを勧める気はない。
むしろ彼の口から「兵士になる」と言われたら、全力で止めるだろう。
「まーな。お前がお嬢さんに、男紹介するって話してた時は焦ったよ」
あの後「俺に恨みでもあるのか?」と、彼に詰め寄られたのは言うまでもない。
誰もいない時に話しかけてきてくれたのは、ちょうどよかったので「あなたじゃないって、誰が言った?」と返し、彼を同じ日に確保することもできた。
正確に言えば「紹介する」とはちょっと違うかもしれない。
「しょうがないじゃない。『オリヴィエで我慢しなさい』なんて、言うわけにはいかないでしょ」
それは彼本人が、自分で伝えなければいけないことだ。
「……我慢、てなんだよ? 我慢って」
文句を言われている最中、遠くの方に、見覚えのある姿に目が留まる。
「何二人で話し込んで……ミスティ、どうしたの?」
ダンスフロアの方に向けられた私の視線に、ローラが気付いた。
「あの女の人、昨日お店に来てなかった?」
正確には、ホールの中央にある舞台を挟んで、この席と反対側にあるテーブルを、私は見ていた。
そこに座っている婦人に見覚えがあり、二人に確認した。
「来てた来てた。あたし注文取ったもん。『飲む為の紅茶』出したの、すんごい久しぶりだったから覚えてる」
ローラの台詞に対して、普通は「紅茶は飲むものではないか」と思うだろう。
しかし私達の働くお店では、もっぱら紅茶は、お肉を柔らかくする目的で使われる。
なぜならお客に、紅茶そのものを注文する人がいないから。
そしてレオパルテは、お茶の農園が多い。
実はこの「お肉を柔らかくする方法」でお茶の葉を使うのを、私も、ついでにオリヴィエもレオパルテに来て、初めて知った。
トリフィラートにいた頃勤めていた「フルールド・ネージュ」では、だいたい筋を切るか叩く。それか、お酒につけるの三択だった。
ちなみに、天然の水がきれいだったというオリヴィエの出身地では、炭酸ガスを含ませた鉱泉水を使っていたそうだ。
話戻って、オリヴィエも昨日、彼女を見ていると答えた。
「入って来た時から目立ってたよな。ただでさえ、女のお客は珍しいのに。あんな上品そうなおばさんが一人でって」
チンピラの男ばっかりが来店する空間で、エレガントにお茶を飲む物静かな婦人は、遠くから見てもかなり印象に残っていた。
見た目で判断すれば、私の働いている店や、こういう若者が集うクラブに、来るようには見えない。
むしろそういう騒がしい場所を嫌いそうな感じ。
もう一度婦人のいた方に目をやると、そこにはもう、彼女はいなかった。
さて、初めてこういう店に来るというローラは、物珍しそうに店内を眺めまわしていたのだが、ちょっと歩けばさっそく、知らない男に声を掛けられている。
「ほら早く!」
やや乱暴にオリヴィエの背中を押すと、今度は別の知っている姿を見つけた。
向こうも私に気付いて、手を振りながらこちらに近付いて来る。
「お仕事? このクラブに有名人でも来てるの?」
昨日お店に来た、記者のフェデリコである。
今日はハンチングではなくソフト帽をかぶっているが、こっちの方が似合っていると思う。
「いいや、今はプライベート。ぁあ、そうそう。写真できたよ」
「えっ、もう?」
「本当は昨日の内に出来上がって、もう一度店に行こうかと思ったんだけど。急に別の仕事が舞い込んでね」
写真の現像って、そんなに早くできるものなのかと驚いてしまった。
ゼーンズフトにある写真館は、値段も高い上に、何日も待つという話だったのに。
だから興味はあっても、なかなか写真館には行けないでいた。
「今、持ってる?」
「ああ」
上着の内ポケットに手を突っ込むフェデリコだったが、躊躇するようにその手を止めた。
「……でも、見ない方がいいかもしれない」




