【第40話 ミスティ編:ルベオルスの届け物】《40-1盗賊団と不良記者》
翌朝の朝刊、武道大会についての記事を読んだが、本当に私のリング乱入や、発砲のことは書かれていなかった。
その部分はきれいに切り取られ、ひとつの矛盾もなく、アルとルベオルスという美少年剣士同士の、熱い戦いが、華々しく報じられていた。
結果を言うと、ルベオルスは優勝拒否、アルはというと反則負けになったそうだ。
反則負けといっても、神明裁判では逆転の無罪。
負けの原因は、仲間が治療目的でリングに入って、アルの落ちた腕に触れたからということで、記事には美談として書かれていた。
(……あれだけ犯罪者扱いしておきながら、この手の平の返しよう)
アルはあの後、どうなったのだろうか。
腕がちゃんとくっついたとして、剣を握れるのだろうか?
それどころか、日常生活は?
とはいえ、私には回復を祈るしか、できることはない。
とういわけで、私は今日も怒号飛び交う店で、料理を運ぶのだが、ピークタイムを過ぎて、ローラとオリヴィエが買い出しに行っている間に、事件は起こった。
「おい、酒だ! 酒を用意しろ!」
怒鳴り声と、叩きつける音がホールから響いた。
厨房壁に貼ってある、本物の盗賊などの手配書(カフェの厨房に何故、そんなものがあるかは考えてはいけない)と、今店内で喚いている実にむっさい顔を比べて確認し、内心でガッツポーズをした。
「盗賊団、ラドロイバー一味」
ホールへ急ぐと、予想通り粗暴な外見の男達が、下品に笑い声を立てながら、ホールを占拠している。
頭目と思われる毛深い男の傍らには、大きな布袋。
たった今、仕事を済ませてきたのであろう。
中身はお金や宝石か。
ここに来る客はチンピラか、船乗りや木こりや、運び屋のような血の気の多い堅気が大半で、こういう賞金付きの悪党は、実はそんなに多くない。
マスターが飾りとして、そして有事用の武器として壁に掛けてある銃に手をかけ、彼らの様子を伺っている時に、頭目が私に気付いた。
「おっ、若い女がいるぞ」
逆らうわけはないと確信した顔で、頭目は隣に来るよう、私に手招きした。
「姉ちゃん、アンタが持って来い」
私が酒瓶とジョッキを持って行くと、子分が頭目の隣の椅子を引く。
隣に座ると髭面の中年男にすすーっとすり寄り、その腕をさわっ、と撫でた。
「ぁあ? なんだって!?」
私が早口で呟いた内容について訊き返してくるので、答える代わりにこう言った。
「ご指名ありがとう。でも、その手でお酒が飲めるのかしら?」
事態に気付いた頭目が、慌てた時にはもう手遅れ。その両手は珊瑚の枷で拘束済なのだから。
「赤い、珊瑚の手錠!? なんだこりゃあ!?」
私が早口で呟いたのは「レッドプリズン」と「カフス」。そしてもう一つ。
「てめえっ、騙しやがったな!」
子分達が一斉に、私に銃を向けた。
「おいやめろ!」
店主が声を上げて、おかみさんと共にカウンターから銃を構えているが、心配は無用だ。
「大丈夫ですよマスター、おかみさん。コイツらの銃、もう使えないから」
「う、うわわわわわ」
ほぼ全員、氷が詰まった銃口を見て、青ざめている。
もう一つ私がやっていた事、それは
彼らの周辺の、特に持っている武器周辺を狙って、空気に混じった水分を凍らせること。
「氷が詰まってるだけじゃねえ、錆びてやがる……!!」
そしてその氷を媒体に、風化の魔法を掛けたから、金属部分全体に、錆びが広がってしまっている。
「な、なめんじゃねえよ!」
銃がダメならと、今度は彼らは一斉に、円月刀を振りかざしたが、最低限剣だけは保証してあげるような優しさは、私には残念だが備わっていない。
最初は美しい銀色だったであろう刀身は、見る影もなく、赤茶けてボロボロだ。
「刀まで……どうして!? ちゃんと手入れしてたのに……!」
「ところで大丈夫? 寒くない?」
武器をダメにされて動揺している間も、私は空気中の水分と、自前の魔法で召喚できる「塩」と「冷気」で、彼ら周辺の温度を下げ続けていた。
彼らの体を薄氷が覆った頃、ここで初めて、隠し持った海神王の指輪を使う。
こっそり指輪に念を送り、凍っていく速度を上げて、足首から下を完全に凍らせた。
動けなくなった彼らの間を走り抜け、私の通ってきた場所に珊瑚を召喚する。縄のように彼らの体に巻き付いた珊瑚だが、最終的にはガッチリと、鉄のように固くなった。
「やいてめえ、素人じゃねえだろ!? 何モンだ、答えろ!」
枷に拘束されたままの頭目が怒鳴る。
どうやら彼らは闘技場には観戦に行っておらず、選手として出場もしていないみたいだった。
記事には私のことは書いてないけど、それでも私がやったことも、審判が「盗賊狩りのサフォー」と大勢の前で明かしたのも、なかった事にはならない。
そうなると「ウエイトレス」としか答えようがない、と言葉に窮した。
「俺の妹だ」
答えながら店に入ってきたのはルベオルス。
頭目はぷっと噴き出すと、子分達も一斉に笑う。
ルベオルスをニヤニヤ見ながら、頭目は吐き捨てた。
「見世物野郎の妹か。なるほどな、そっくりだ。ハン、このオカマヤロウが。闘技場で剣なんか振り回すよりも、有料席に行って、スッ裸でお酌でもしてた方がお似合いだぜ」
「辞世の句は終わったか?」
ルベオルスは剣を抜く。声は静かだが、赤い目が殺意で燃えていた。
その時、急に白い光で包まれる。
それが写真用カメラのフラッシュだと認識するのと同時に、今来店したばかりと思われる、ハンチング帽の男の姿が目に入る。
「ねえ、ギャラクスさんに似てない?」
ルベオルスに言うと、男の方が「よく言われるよ」と返した。
とはいっても、ギャラクスさんの髪はプラチナブロンドなのに対し、今フラッシュを焚いた男の方は、緑がかった黒髪。
加えて服装も雰囲気も全然違うが、顔立ちそのものは、ギャラクスさんにそっくりだ。
「ご挨拶だな」
ルベオルスが冷ややかに言った。
「悪いねえ、『盗賊狩りのサフォー』のいるカフェだって聞いたもんだから来てみれば」
言葉とは裏腹に悪びれる様子もなく、男は帽子を脱いだ。
「『闘技場の剣聖、ルビー』も一緒ときた。闘技場を沸かせた美形兄妹のツーショットを、逃す手はない
と思ってね」
「で、その無断で撮影した写真で、無断でデタラメ記事を書いて、ケチな金で売りさばく……と」
ルベオルスと男の話している内容を聴いていると、男はゴシップ記者のようだった。
「そのケチな金でも稼がなきゃ、生きていけない身なんでね。お、早速そこに捕まってるのは『ラドロイバーとその一味』」
パパラッチ男は盗賊団に向かって、バシバシとフラッシュを焚く。
今の今まで占拠されていて他のお客さんがいないとはいえ、あまりにも遠慮ない彼の行動に、おかみさんが苦言を呈した。
「ちょっとお客さん! 勝手に撮影するのはやめて、何も注文しないなら帰っとくれ!」
「あ、スミマセン。驚いたなあ、『美人おかみのいる店』って、紹介してもいいですか?」
態度が失礼とはいえ男の顔は綺麗なので、おかみさんはコロッと陥落する。
「まあお上手。でも照れるから『美人』はやめとくれ」
「通報しといたぞ。盗賊」
店主がムスッとして、奥から出てきた。
そういえば、盗賊を拘束してから誰も、丘陵の政兵に通報していなかった。
「俺はフェデリコ。フリーの記者。昨日闘技場を騒がせておきながら、どの新聞も雑誌も取り上げなかった『盗賊狩りのサフォー』を、どうしてもカメラに収めたくてね。噂では『サフォーは決して写真に写らない』って言うもんだからさ」
「人を幽霊みたいに」
誰がそんなデタラメを言ったのかは知らないが、自分の噂話を面白おかしくでっち上げられるのでは、たまったものではない。
「だったら今、何枚か撮ってみてよ。写真ができたら見せて」
誰も写り込む心配のない壁際に移動して、ポーズを取り、五枚ほど撮ってもらう。
「写真ができたら、また来るよ」




