《39-3撮影館に渡す記録》
表の薄暗いウィンドウには、額縁に収められた写真が、商品のように並んでいる。
それだけなら普通の写真館と変わりはないが、ドアを挟んで右側にあるウィンドウにある額縁中の映像だけが動いている。
「……額縁の中に、小人が入っているわけじゃないんだよな?」
写真が動いているようで、音声まで聞こえてくる。
「ウィンドウの下をよく見て」
セレフィナの指の向きを辿ると、下の方に箱がある。
箱からは光が出ていて、額縁に当たっていた。
「この箱の上で回ってる輪に、フィルムと呼ばれる……そうねえ、たくさんの映像が記録されているものが巻き付けられているの。写真のような映像がたくさん集まって連続で映し出されるから、動いているように見えるのよ」
ゴーフルが肩掛けバッグから、水晶を取り出す。
「証拠には、もってこいってやつだな。機械とフィルムってのが壊れたら、終わりだろうけど」
「いらっしゃい、何の用かね?」
ドアを開けると、やや小汚い格好の男がそこにいた。
ゴーフルの差し出す水晶を指して依頼をする。
「すみません、この水晶に映し出される映像を撮って欲しいんですけど」
「はあ? そんなんじゃ映像なんて出せないでしょ?」
「ゴーフル、何か映像出して」
追い出されないために、映像を出してもらう。
「うーん、じゃあこんなんどう?」
映し出されたのは、その辺に雷を落としまくりながら喚き散らし、でかい音で放屁しまくるゴツイ男。
頭上のアウレオラと、白いキトンといういで立ちからして、神の一人だろうか。
「人間の街の支配権をめぐって、別の神と住民からの支持率で競ったんだけど。ボロ負けしてブチ切れて八つ当たりして。ついでに漏らしたんだよ」
何とも言えない顔で店主は水晶を眺めていたが、機械でなくとも映像を出せるということは解ってくれたみたいだ。
「冷やかしじゃなくて、ちゃんと金も払ってくれるんだね。物珍しさから来るはいいんだけど、『俺の今考えてることを映し出してくれ』とか『なんでもいいからエロいやつ頼む』とか、ふざけて無茶言ってきたりする奴も多いんだよ」
「こんにちは、お見苦しいものを見せてしまいましたが、わたくしはこういう者です」
セレフィナが頭を下げて変装を解き、国章を提示した。
水晶の映像よりも、店主はそっちに驚いている。
「う……うそん!? トリフィラートのお姫様!? なんでそんな人が、こんなマイナーな技術の店に!?」
「今は大きく普及してはいませんけど、価値は大きく評価されていますわ。この技術を使った『映画』の試写会、多くの元首やその関係者達が感動しましたわ。私もその一人です」
「そ……そりゃどうも」
「今回の記録は元首会議の議題として提示する予定の、大変重要な記録です。ご協力いただけないでしょうか?」
「いいんですか? 本当にウチで」
「報酬については、通常料金に加えて、これで」
トリフィラート王のサインが入った小切手を店主に見せた。
セレフィナが宿屋の電信箱を使って、トリフィラート王に電信したところ、王はこの話を承諾し、金額を彼女に言い渡したそうだ。
「そのかわり通常料金以外の金額については成功報酬なのと、他言しないという約束を守ってもらいます」
ゴーフルが置いた水晶に、映像が映し出されると同時に、二つの輪がついた奇妙な四角い箱から出る光が水晶に当てられる。
水晶の記録が終わると、撮影技師という男が箱の向きを変え、壁一面に貼った大きな布に水晶と同じ映像を映した。
「……すごい」
ウィンドウにあった宣伝用の映像にも驚いたけど、壁いっぱいに映されたものは、迫力が段違いである。
「セレフィナの言ってた『映画』ってのは何なの?」
イルゼに尋ねられると、セレフィナは目をキラキラさせて言う。
「舞台でやるような芝居の映像をフィルムに記録して、何度も見れるようにしたものよ。一年前にフィルム技術の進歩を祝う為に、映画が作られてて、元首会議で上映されたの。とにかく迫力がすごいのよ。トリフィラートにも早く、取り入れてほしいわ」
ミスティもそんなこと、言ってたなあと思い出す。
彼女は映画そのものは見た事がなくても、彼女の働いていたゼーンズフトには、外国のいろいろな情報が入ってくる。
「それじゃあ、ありがとう。これは料金と、お礼です」
店主にセレフィナが通常料金を渡す。
店を出る時に、うきうきな顔の店主をマクベスが振り返る。
「この事を我々以外に知っているのは、あなただけになります。もしこの話が漏れたと発覚したら、犯人はあなただと、トリフィラート王には伝えますので」
何を言う気だろうと思っていたら、店主を脅していた。
ところで都会の女性は、どうしてこう積極的に声をかけてくるんだろうか。
「ちょっと、急いでいるんで」
あの大会で少し目立ちすぎたらしく、女性が続けて声をかけてくる。
冷たい態度で通り過ぎるのに罪悪感を禁じ得ない。
かといって傷つけないように気を遣うのだけど「煮え切らないわね」「存在自体が、女の敵だわ」と、セレフィナから怒られてしまった。
「人気者はつらいね」
ゴーフルに冷やかされるが、本当に笑いごとではない。
涙でも浮かべられたら、無条件でこっちが悪者なのだ。
「昔から女性は苦手だよ」
この発言について、イルゼが揚げ足を取る。
「アルって、あたしらのことキライなの?」
「別に。イルゼはイルゼ、セレフィナはセレフィナじゃないか」
「つまり『お前らは女じゃない』と。なんて酷い」
マクベスに悪意ある補足をされてしまう。……もう弁解はやめた。と、頭ごと肩を落とす。
視界の隅に、華奢なブーツの、こちらを向いて立ち止まる足が見えた。
しかし足から上に上がっていくと、心臓が驚きと嬉しさで跳ね上がる。
「ミスティ!?」
「アル」
駆け寄ると、彼女は近づくなと言わんばかりに手を前に出した。
「ミスティじゃん。あの後大丈夫だったの?」
イルゼに昨日のことを言われると、複雑そうに彼女は言った。
「今のとこ、無罪だって。なにかしらの処罰はあるって思ってたから、ちょっと不気味」
こっちに数歩寄ってくると、はっとしたように一定の距離を保った。
ルベオルスが「監視対象」と言っていたが、何かしらの警告だけは受けているのだろう。
「悪い事は言わないから。早く手を引いて、逃げて」
どういうことだと尋ねようとすると、彼女の声が直接、頭の中に聞こえて来る。
(ルートヴィグ王は、戦争を起こそうとしてる。邪魔な帝国を片付けてから、次は全世界を自分の支配下に置くつもりよ)
スラスラっと言う(?)と、彼女はさっと踵を返した。
「荷物届けてくれて、ありがとう」
一度振り返ってこう言い、角を曲がった。また、いなくなってしまうのかと思い、急いで後を追う。
「待って、まだ話は終わってない!」
アミー(そしてリュドミラ王女)の死のこと、墓参りに来てほしいとスリザスが言っていたことを言わなくてはならない。
「兄ちゃん、行きどまりだよ?」
壁以外は何もない袋小路で立ち止まると、ゴーフルが後ろから労わるように言った。
「どうしよう。レオパルテが帝国との戦争に勝ってしまったら、トリフィラートも」
セレフィナの視線は泳ぎ、口調も急いていて落ち着きがない。彼女を落ち着かせるべく、肩に軽く手を添えた。
「トリフィラート王にこの事態を知らせよう。セレフィナ、大丈夫かい?」
「ええ、この事を王達に知らせなきゃ。急いでトリフィラートに戻らないと」
「ゴメン、俺は一緒に行けない。実は」
ここで俺はセレフィナとイルゼにも、後日の謁見に来なければ、ユングが殺されるかもしれないと打ち明けた。
「分かったわ、トリフィラートには私だけで行く」
「やめとけって、一人は危ないよセレ姉ちゃん。せっかく頭数いんだから、二手にでも分かれりゃいーじゃん」
王宮から使者が来て「謁見の予定変更」の書簡を持って再び訪れたのは、その夜の事だった。
そして読み終わると余白部分には「セレフィナ王女もぜひ、ご同行下さい」の一文が。




