《39-2双子の秘密 死んでいるのは兄だけじゃない》
「まさかミスティに、本物の兄さんがいるとは思わなかったよ」
彼女が村に来た時は、セドナおばさんと二人だったから、それが当たり前になっていた。
だから他の家族の存在なんて、思い至らなかったのだ。
俺の顔を数秒見た後、ルベオルスは言った。
「あいつはお前を『兄さん』って、呼んだな」
「まあ、ね。小さい時から一緒だったのと、俺の方が一つ、年上だから」
「俺達を生んだ母親は、トリフィラートの村で死んだと言ってたな」
ルベオルスの言葉で『本当に、何も知らないんだ』と同情した。
「うん。シュットガイストからは、何も聞いてないのか?」
「その時は俺が突っぱねたからな。俺に『妹なんていない。興味ない』って」
「俺も最近まで『事故で死んだ』っていう、村長の嘘を損じてたけど」
俺が言うと「村長の嘘」の部分で、ルベオルスのカフェ・クレームをかき混ぜる手が止まる。
俺は知っている限りの事を話した。
村が魔物に襲われたのを、彼女達の、人魚という種族のせいにされ、おばさんは魔物に差しだされた事。
本当は、村の男達が度胸試しに魔物の卵を盗んだのが原因だった事。
その真相は村長や役人達に隠蔽されて、ミスティは「村が襲われた原因の親子」と後ろ指をさされていた事。
村の近辺で魔物や野生動物が不安定になる事象が起き、その原因として疑われ、夜の森に追い出された事。
そんな中彼女はシュットガイストと出会い、自分達の無実を知って契約。魔物に母親を差し出した役人達に復讐しに戻って来た事を伝えた。
「誤解しないで欲しいのは、ミスティが一人だけ、良心の愛情を受けて幸せにやっていたわけじゃないって事だ。……俺は何も気付いてやれなかったし、ミスティが追いだされた時も『行方不明』っていう、村長達の嘘を信じてた」
カフェ・クレームのカップが、静かにコトリと置かれた。
ルベオルスが、据わった目で、胸ポケットから小さな箱を取り出しながら言った。
「俺が行った時に知っていれば、その連中を全員、手討ちにしてやったものを!」
ごく自然に火なんて点けるから見過ごしていたが、彼の指に挟まれた煙草を、慌てて取り上げる。
「コラ! 子供がそんなもの吸うな」
うるさいと言いたそうなジト目で、ルベオルスはライターを胸ポケットにしまった。
「レオパルテは一五歳から解禁になる」
反抗する時のミスティも、よくこんな顔したなあ。
やっぱりそっくりだ。
「それに一八歳なんて、とっくに超えてる」
言い返された言葉を飲み込むのに、時間が掛かる。
レオパルテでは何歳が煙草OKなのか、というどころではない。
「え……え――――!?」
だって、ミスティが一六歳、というのも嘘になってしまうではないか。
前々から、周りより大人っぽい顔をしているとは思っていた。
そう思っていたのは、俺だけじゃない。
知らない人が見れば、見た目は彼女の方が、年上だと思われることも多いくらいだ(最近では、一八~、お化粧をすれば二〇歳くらいに間違えられていた)。
「グダグダ言ってるが、あいつと顔で似た顔で、こんなもの吸われたくないんだろう?」
呆れたような顔で、ルベオルスは言うが、当たり前だ。
「だって、体に悪いぞ。肌にも。歯だって汚くなるし」
ミスティと同じ顔なのを差し引いても、「ルックスでも女性に大人気」の、スター選手だ。
見た目が自然な加齢以外で劣化するなんて、あってはいけない。
「お前、宰相みたいな性格してるな……『美しさの低下を招く、愚かな行為だ』って、怒られた事がある」
非常に嫌なことを言いながら、ルベオルスは俺の顔をじーっと見つめた。
宰相が魔王だと知っていると「性格が同じ」とはあまり言われたくないが、煙草が「美しさの低下を招く、愚かな行為」とは俺も思う。
魔王のくせに、正論を言いやがって。
「で、君本当はいくつなんだ?」
「二七〇〇歳は、いってるんじゃないか?」
に……にせんななひゃく…………。冗談としか思えない。
「嘘、だろ? だって君の育ての親は一二〇歳で」
ゆっくり、それでも言葉に詰まりながら確認する。
おじさんやおじいさんを通り越して、化石になりそうな(何年でなるかは知らないけど)レベルである。
「嘘じゃないさ。俺は二七〇〇年前の時代から、現代に流れついた……と言えばいいのか。お前は海底王国の物語を知っているか?」
「『海の果ての国』っていう、おとぎ話なら知ってる」
モデルがあるんじゃないかって言う話は、この間知ったばっかりだけど。
「子供向けの作り話みたいに今はされてるが、実際にあった国だ。俺達はそこの出身。二七〇〇年以上前に滅びて、今は無人の遺跡になっているが、鉱脈を辿れば遺跡には行ける」
「なんでそんなに、詳しいんだよ? 君は現代で、魔女に拾われたんだろ?」
ルベオルスは服の中にしまっていたネックレスの飾りを、取り出して俺に見せた。
「これだよ。魔女の母が俺を拾った時には、すでにつけてたみたいだ」
ミスティもいつも首に掛けていた、白というか、半透明の結晶だ。
「『輝封石』という宝石で作った護符だ。産声を上げる時の時に流した涙の結晶を作り、護りとして子に渡す。この護符は、海底王国の特産品だ。これは俺達一族が海に帰る時に、道標にするもの。これを持って月の出る晩、海の見える場所に立てば、海の都への道が開く」
「そっちの、赤いのは?」
ネックレスは、二連になっている。
赤い方の存在は、俺も知らなかった。
「こっちは輝封石と一緒に与えられる石で、名前は『夜血石 』。それぞれの子供の血で作られる。コイツは自分の命と引き換えに、故人を生き返らせることができる。だから悪用されないように、他人に見られないように持ち歩く奴もいるが、親が我が子の自死を食い止めるため、使い方を教えなかったり、そもそも作らなかったりすることも多い」
ということは、ミスティはこれを持っているのか。
そもそも知っているのかすら、分からない。
「魔女の方の母が、読み書きと一緒に、俺の持つ宝石のことや、それにまつわる歴史について教えてくれた。人魚達の話や、海底王国を滅ぼした戦争のことも。それから『月の出ている時に、その石を持って海岸に立ってはいけない』と、口を酸っぱくして注意してきたな。彼女曰く、『滅びた王国の都市が、迎えに来てしまうから』ってな」
そこまで詳しく語られても、大ベテランな魔女の証言があったとしても、俺は信じられない。
「二七〇〇歳以上って、さっき君は自分のことを言ってたよね。そのせいでどうしても、胡散臭いというか。君が幽霊から魔族化を経て、新しい肉体を手に入れたはいいとして。ミスティはどうなるんだよ?」
「母親もあいつも……戦争で死んだはずだった。しかし、生きていると思い込んだまま、時空のねじれに入り込み、現代に辿り着いた」
話を遮って、つい怒鳴ってしまった。
「あの子は幽霊なんかじゃない! 死んだ奴が思い込みだけで、歳を取ったりできるもんか。いい加減な事を言わないでくれ!!」
幼い頃、俺はミスティとよく手を繋いで歩いた。
ふざけっこして突き飛ばしたり、時には掴みあいのケンカもした。
髪を結んでやった事もあった。一緒に寝たし、お風呂だって入った。
あの時、確かに肌の感触も温かさも感じた。
それが幻だなどとは彼は思わないし、思いたくなかった。
はっとしてルベオルスの顔を見るが、彼は動揺した様子も悪びれる様子もなく、ただじっと話を聞いていた。
「嘘じゃない。海底都市を滅ぼしたのは、人間の王だった頃の宰相……当時の名前はアンジェ。あいつは俺達の父親、シルバのもと親友だよ。最終的には意見が対立して、袂を分かったようだがね。父親は妻子を守るため、アンジェと戦い、死んだ。これはアンジェ本人が言ってた」
「君は親の仇に、従ってるってこと!?」
「家族に思い入れは、なかったからな。その時は」
さっき俺が見せたロケットを手に取って、ルベオルスは中の肖像を眺めていた。
そういえば竜性人の血とか言っていたが、おばさんは人魚だから、ということは父親が竜性人か。
肖像の父親は、ルベオルスと同じ、銀髪の赤い瞳をしている。
「荷物、ミスティに届けるとか言ったよな?」
「……あ、うん」
「貸せ、居場所を知ってるから、届けてやる」
「場所知ってるなら、教えてよ。直接渡したいからさ」
「ほとぼりが冷めるまで、やめておけ。接触が確認されたら、人質要員にされるぞ。今は見逃されているが。監視対象には、間違いなくなってる」
それは困る。
レオパルテの都内にいて、元気にやっているのだけは確認できた。
今はそれだけで、良しとしよう。
「じゃあな、芋剣士」
「奢ってもらってなんだけど、芋って呼ぶの、やめてもらえないかな?」
「じゃあ選べ。カルトッフェル、ラポムドゥテール、ポム・ド・テール、パタータ、トゥーベル・ソラーニー、カルトーフィリ、カアトッフェル、プターティス、ペルナ、アールダップル、ウルラッケラング、カルトフィ、ブルヴェー、パタタ、カルタブラ、プラータ、プローティ、ジェムニャキ、ブルヴェー、ブランボラ、クンタン、ブランボリ、キアジ、テルポーモ、セミアキ、ゼミアキ。お前の名前に一番近いのはアールー、か」
次の一言で、これらの呼び名候補の共通した意味を悟る。
「一番スタンダードなのは、ポテトだが」
「結局芋じゃないか」
彼はどうあっても、俺を芋呼ばわりしたいらしい。
これだけ「芋」という言葉を引っ張り出すほど、なぜ彼は芋に詳しいのだろうか。
そして俺は彼の生涯で、一生「芋剣士」と認識され続けるのだろうか。
俺が都会的なセンスを身に着ければ……とも思ったが「そういう発想が田舎者だ。この芋っ」と、頭の中でルベオルスが俺を罵った。
ルベオルスにミスティの荷物を託すと、彼は二人分の勘定を払って、行ってしまった。
「アル、何やってるの?」
セレフィナがテーブルの向かいから、俺の顔を覗き込んだ。
ちょうどルベオルスとの、入れ替わりに。
「あ……セレフィナ、起きたんだ。体は大丈夫!?」
「ええ、おかげさまで」
「ありがとう……って、ゴーフル!? 何勝手に、クッキー食べてるんだよ」
ゴーフルが勝手に食べていたクッキーは、ルベオルスにつられて俺も注文したやつだ。
「兄ちゃんズルイよな、一人でこんな高級カフェで、こんなうまいお菓子食って」
セレフィナとゴーフルだけじゃない。
マクベスもイルゼも、みんないる。
「みんな、いつの間にいたんだ」
当然、ルベオルスの後ろ姿を見送るみんなの表情は、不思議そうだった
マクベスが顎に手を当てて、真面目に考えているふうに言う。
「ところで僕は、カルトッフェルがいいと思いますがね」
「オイラ的には、オーソドックスにポテトがいいよ」
「ミドルネームあたり、パタータがいいんじゃない?」
マクベスだけじゃない。
ゴーフルと、イルゼも俺をどうやって芋呼ばわりするかの、相談をしている。
「……いいかげんにしろよ、お前ら」
「いいんじゃない、可愛くて。『ポテ兄』って、呼んでもらえるよ」
完全に他人事と笑うイルゼが、早速ゴーフルの意見を採用して、カラカラ笑っている。
「で、いったい何を、話してたんですか?」
マクベスの質問に、俺は一瞬困りつつも答えた。
「別に。ただ芋呼ばわりされただけさ。あと悲しいほど弱いだの言われたけど、根性あるとかなんとか言われて、お茶を奢られただけだよ」
なぜごまかしたかは分からない。
別にルベオルスやミスティの両親の話をしたからといって、彼らに不利益があるわけではないのだ。




