【第39話 アルフィード編:二揃えの宝石】《39-1墓場を這い出てからの半生》
ストリートカフェのテラス席に腰を下ろすと、ルベオルスは「ワルム・ショ……」と言いかけ「カフェ・アロンジェ」とウェイターに注文した。
「お前は何にする?」
「じゃあ、俺は紅茶で」
メニュー表を見ると、ワルム・ショコラータという、他の飲み物に比べて高価な飲み物の名前があった。
「ワルム・ショコラータ、高いもんな」
とはいっても、どのメニューも俺の知っているカフェの、倍以上の値段である。
「注文を間違えただけだ。さっきの賞金で奢ってやるから、お前の財布は痛まんよ」
値段に言及したせいで、どうやら俺は、貧乏認定されてしまったらしい。
飲み物が運ばれてきたが、ルベオルスの分のカフェ・アロンジェにも、たっぷりのミルクとシロップの器が、別添えされていた。
ゼーンズフトの飲食店で、カフェ・アロンジェは見た事があるけど。
(カフェ・アロンジェって、ミルクもシロップもつかないんじゃ、なかったっけ?)
「ミルクとシロップ、頼んでないが」
ルベオルスが言うと「常連様へのサービスです」と、ウェイターは行ってしまった。
何も入れずに一口飲んだルベオルスは、苦そうに顔をしかめて、ミルクとシロップを入れる。
店のマスターと目が合うと、彼はルベオルスにバレないように、苦笑いしていた。
どうやらルベオルスは本当は、苦い飲み物が苦手で、それが店の人にバレているようだ。
それはさておき。
「さっきの話『一度死ぬ前まで』って、どういう意味だよ? 君が今まるで、幽霊か何かみたいな言い草だな」
「まさにその通りだ。俺は一歳になる手前くらいに心臓の病で死んで、その霊、いや正確に言えば死体のまま墓を出たから、ゾンビっていうのか。そのゾンビが魔族化して、新しい生を得たんだ」
そんな方法で、魔族化することもあるのか。
確かに死んだ魂が悪魔になった、とか、怪談でありそうな話ではある。
「質問ばかりで悪いけど、どうやって今まで生きてきたんだ? お墓から出た時は、赤ちゃんだったんだろ?」
「魔女と呼ばれていた老婆に拾われて、育てられた。俺が一二歳の時に、死んだがね。かなりの歳……九〇歳とは言っていたが、話の内容からして一二〇は超えていそうだったから、サバを読んでいたとは思う」
「……一二〇歳って、もうサバを読む必要ないんじゃないか?」
俺の指摘に対して、口元にミルクの泡をつけたまま、ルベオルスは顔をしかめた。
「顔に似合わず野暮なことを言うな。彼女の死後、旅をしている最中に『大人の女は少しでも若く見られたいんだ』って知った。彼女の最後の女心だと、解釈してるよ」
「そう思うんなら他人にバラすなよ。『享年九〇歳』で通して、それ以上は言及しないでやれ。収穫祭の時に彼女の霊が帰って来たら、説教されるぞ」
「ははっ、会いに来てくれるんなら、それ以上に嬉しいことはない」
裏路地でマフィアを殺した時とは全然違う。
魔族化しても、殺人OKの闘技場ルールに慣れていても、養母の話をする時の顔は、ただの少年だ。
再び店員を呼んだ彼は、カフェ・クレームとナッツ入りのクッキー、フィナンシェを注文している。
「赤ちゃんの頃死んだけど、お墓から蘇って、魔女に拾われたまでは分かったよ。でも闘技場の選手と、全然結びつかないんだけど」
「育ての母が死んだ後、旅をしてここに流れ着いたんだ。当時から都では武術大会が盛んで、よく闘技場では何かしらのイベント開かれていた。生きていた頃、彼女の鑑定で、竜性人の血が流れているのを知ってたのと、剣が少し使えたのが幸いして、賞金を稼げた」
竜性人……というと、要は人間の姿をした竜人だ。
どの竜の系統かは分からないが、体力も素早さも、人間離れしているはずである。
「少し? ずっと無敗だったって聞いたけど」
「金が欲しいだけで、適当に武器振ってるような奴も多かったから、勝つには苦労しなかったよ。頻繁にやる小さな異種格闘戦から、国が主催する大会まで、必ず出た。それを繰り返しているうちに、俺は都一番の剣士と、祭り上げられていた」
「それが無敗の剣士の、誕生秘話か」
「……ただ、こう勝ち続けていると、だんだん食いぶちを稼ぐ為だけの、作業みたいになっていった」
なるほど。
強すぎて相手がいなくなってしまい、頭打ち状態、という事か。
分からないわけでもないが、贅沢な悩みだ。
「そんな中、宰相になる前の、ギャラクスに声を掛けられたんだ。『言う通りにしたら、もっと強い奴と戦わせてやる』って。単純でバカみたいな動機だが、つられた俺はしばらく、つき従うことにしたのさ。今の王が、前の王を殺して玉座に就く前の話だ」
「気持ちは解るよ」
強い相手と戦いたい。戦って勝ちたい。
単純ではあるが武道をするもの、いや、男だったら誰でも一度は考える。
俺だってそうだ。
「今回の大会出場は『大地神王のメビウス』と、ベリオットが取り逃がした『天空王の剣の片割れ』を回収する為の命令だったが、少しだけ、楽しみにしてたんだ。天空王のは、二つでひと揃えなんだろ? あいつ、お前らから神器を奪う時に、お前の体を操って差し出させたはいいものの、一つ受け取ったらすぐに、術を解いてしまったんだと。……ったくアイツ、力はあるが脳まで筋肉ときた」
シュットガイストって、馬鹿なのか?
二つあるのは事前情報がなければ気付かないとして。
向こうも神器が欲しいんだったら、他に、例えば海神王や大地神王の神器も、俺達が手に入れている可能性を考えたり、知っていることを吐かせたり、しないのだろうか。
せっかく「あらゆるものを操る魔法」なんて、便利な能力があるのに。
「対になる魔法の媒体があるなら、自分の持ってる方を通じてもう片方を探すことだって、呪いを掛けることだって、あいつにはできる」
そんな馬鹿さを補うほどの恐ろしい能力を知って、心底ゾッとした。
あいつがそんな知恵を持っているとは思わないが、わざと取りこぼして、監視や呪殺……なんて手段も、思いのままだ。
「呪いは解けたわけだけど、本当にあれで俺が『力を示した』なんて思ってるのか? 助かっといてなんだけど、俺がお前だったら、期待外れもいいとこだよ」
俺はなすすべもなく、腕を切り落とされたのだ。
「最初はそう思ったが」
ルベオルスはくすっと笑う。どこか満足そうに。
「お前、剣は哀しいくらい弱いが、根性だけはある。まさか利き腕がなくなってるのに、頭突きで来られるとは思わなかったよ」
「楽しんでもらえて何よりだよ!」
あの時晒した、この上となくカッコ悪い姿を思い出し、つい声が荒くなった。
「これは本当だ。手から剣を離したのも、リングから出されたのも初めてだよ。この二つは一応、敗北要件だからな。仲間が治療にさえ来なければ、お前の勝ちだったのにな」
「いいや。どちらにしろ君の妹が来なければ、俺はあのまま死んでたよ」
ミスティの声を聞く寸前まで、もう生きるのが嫌になっていたから。




