アルフィード《38-1ロケットに彫られた名前》
「答えんかワレ!」
刃物油を買って店から出ると、どこからか、怒鳴り声がした気がした。
人々が裏通りへの道の前で一瞬だけ立ち止まり、そそくさと足を速めるところからも、気のせいではない。
物騒な事態が起こっていると思い裏通りへ入ると、大柄な男二人組が、誰かを囲むようにしていた。
「お前に大金掛けとったに、どうしてくれるんじゃあ?」
「アニキがせっかく話しかけてんだ、なんとか言えよ、えぇ!?」
趣味の悪い服装をした、チンピラの間から見えるのはルベオルスだ。
おそらく、大会で彼の優勝に賭けて、金をすったのだろう。
他力本願で金を得ようとしながら、文句を言う輩に殺意にも近い怒りが湧いた。
まもなく「声の暴力」は、物理的なものにシフトするだろうと予感し「やめろ!」と、わざと大きな声で呼びかけ、注意を引いた。
「あんだてめえ!?」
アニキと呼ばれていたスーツの大男が、大股ででかい足音を立てながら、こちらに向かって拳を見せつけた。
「兄貴、こいつエースペードですぜ。ケッ、オカマ野郎どもが粋がりやがって」
ルベオルスにしたのと同じように、男達は俺を囲む形になった。
上等であろうスーツを着ているのに、脂と泥の混じったような匂いが鼻をつき、なかば虫唾が走る。
その後ろで、ルベオルスが何か言っていた。
「遺言はもう、終わったか?」
耳を澄ますと、こう聞こえた。
次の瞬間に、巨大な輪切りのブロック肉が、地面に落ちた。アニキと呼ばれていた方が、先にあの世に送られたのだった。
「ひゃああああっ!」
腰巾着は地面に転がる頭部と目が合ったようで、その場にへたり込んで、今に失禁でもしそうだ。
ルベオルスは首を拾い、布の袋に入れた。
その冷たい目のまま、彼は視線を俺に移す。
「死んでなかったのか、芋剣士」
そしてスタスタと、表の路地に歩みを進めていく。
手に持った袋の端からは、血のシミが滲んでいる。
頭がやっとまともに働いてハッとし、奴を追いかけた。
「お、おい! いいのか!?」
今しがた、惨殺が目の前で行われたという異常な状況と言う事に、理解がやっと追いついた。
事も無げに彼は言う。
「だったら、証言してくれないか? 俺が殺されるところだったって」
人一人を殺して顔色一つ変えない、このふてぶてしさ。
顔はミスティそっくりでも、性根はまるで違う。俺は犯罪者の片棒を担ぐ気なんて、さらさらない。
「無理だ。君は剣を持っていて、チンピラの一人や二人殺せるくらいの実力があることは、国中が知ってる」
「アル、お願い」
ミスティそっくりの声が、甘ったるいトーンで発せられる。
「え?」
「……って、可愛く頼んでもダメか?」
ルベオルスに戻った声が、馬鹿にするように冷たく笑った。
……この、悪魔め。
「ダメだ。むしろ何の義理があって、お前なんかの言うことをきかなきゃならないんだ?」
「お前、本当にそう思ってるのか? ああいうチンピラの類に対しては『こんな奴は生きていても価値がない』っていう、そういうタイプの人間に見えるけどな」
言葉に詰まった。
なぜなら、その通りだから。
殺人はいけないことだと知っていながら、ああいう下品で迷惑な輩は死んでしまえばいいと、いつも思っていたからだ。
酔っ払いに下卑た罵声を浴びせられた時。
急いでいるのに無用なケンカを売られた時。
人混みの中などで、汚い手でミスティの胸やお尻を触ろうとした輩に、遭遇した時。
ああいう連中を、腐ったリンゴのように廃棄してはいけないという倫理を邪魔に思い、怒りを飲み込んでいた。
「安心しろ。この辺の区域を仕切っていたマフィアだ。殺したって罪にはならん。それどころか首を持って行けば、報酬が出るぞ」
ルベオルスは言いながら、首の入った袋を掲げた。
「ちょっと、聞きたいんだ。君のご両親はセドナおばさんと……」
言葉が詰まる。
俺は、彼らの父親の名前を知らなかった。
確か荷物の中のロケットに、それらしい名前が彫られていたはずだ。
ミスティに渡すはずだった荷物の中から、ロケットペンダントを取り出して開いてみせた。
「君は、この肖像の赤ちゃんで、いいんだよな!?」
ルベオルスの口がわずかに開き、今までの無表情に、感情の色が差した。
「おい芋。お前、このペンダントをどこで手に入れた?」
……さっきから人を芋呼ばわりしやがって。
でもここは、聞き流すこととしよう。
「ミスティの持ち物だ。ある人に頼まれて、届けようとしてるんだけど、行き違いになってしまって。この蓋の裏の名前」
彫られている名前よ四つ。その内の二つ「シルバ、セドナ」は、セドナおばさんと、おろらく旦那さん……つまり彼らの父親でいいのだろう。
(……シルバって、確か)
俺はこの名前を、確実に聞いたことがある。名前が同じだけの別人の可能性もあるが、大地神王の神殿でにいた、ゾンビ兵は「シルバ」と呼ばれていた。
それはさておき、もう二つの名前について言及する。
「『ルビー』と、『サファイア』っていうのは、なんだ?」
このロケットはミスティが持っていたものだ。
なのに「ルベオルス、ミスティ」ではなく「ルビー、サファイア」。
「ルビーって、闘技場でのあだ名じゃなかったのか?」
ルベオルスという名前と特徴的な赤い瞳から、ファンの間でこのあだ名がつけられた、と聞いている。
しかしルベオルスは「いいや」と、首を振る。
「本名だよ、俺とあいつの。少なくとも、俺が『一度死ぬ前』までの」




