【第38話 アルフィード編:謁見の前】《38-1これから王城に向かうユング》
朝早く、あまり人のいない都の通りに出ていた。
刃物油を買う為に武器屋を探していたのだが、物珍しさでうろうろしていると、選手用のホテルから出てくるユングに逢えた。
俺に気付いた彼は、驚いた顔で走り寄って来たが、すっかりくっついた腕を見せると、もう一度驚いていた。
「アル!? お前腕切り落とされたんじゃなかったんか!? 面会謝絶で、会うこともできんかったのに」
「仲間に凄腕の治癒師がいてね。ただ、俺の怪我を治すのに、相当無理したらしくて、今も眠ってるよ。ところで優勝、おめでとう」
俺が言うとやっぱりユングは、複雑そうな顔になる。
「サンキューな……と言いたいところじゃけん。正直こんなん、勝ったとは言えんけどなあ」
「村の復興資金を稼ぐって目的は、果たせたんだ。……でも、なんだかゴメン、俺のせいで」
目的は果たせたにしても、どんなに励ましの言葉を掛けたとしても、彼のプライドを考えると手放しで喜べない気持ちは理解できる。
思わず謝罪の言葉が出た。
しかしユングは「いーや! 断じてお前は悪かない」と、力強く否定してくれる。
「お前だって無罪取るの、必死だったんじゃろ。お前んこと犯罪者って決めつけて公衆の面前でディスったり、小っちゃい子供が見るよーなお祭り行事で、ギャンブルどころか殺しオッケーしとるよーな、この国がイカレとんじゃ。……で、あんだけ騒いどきながら、お前は無罪っちゅう。最初に言い出した奴誰じゃ? 顔面チョップ喰らわせてやりたいわ!」
手刀で空を切りながら、ユングは俺以上に闘技場のルールや、あの「神明裁判」について怒っている。
「ところで先生達や、アリアは一緒じゃないの?」
城に呼ばれていることは知らない体を装って話を切り出すと、彼は浮かない顔になる。
「実は俺な、今日、王様と謁見しろって呼ばれてて、これから行かなきゃなんないんよ。なんでも『優勝者に会いたい』って、王女さんが言っとるらしくてな。みんなはホテルで待ってて、俺の謁見が終わり次第、いったんトリフィラートに帰国の予定」
「せっかく呼ばれたのに、嬉しくなさそうだな」
「うーん、実は行きたくない。……けど、来れば大火事で家族なくした遺族に、見舞い金を出してくれるって、宰相さんが言っとるんじゃて」
こう言われては、ユングも行かないわけにはいかないだろう。
村の為というのも、もちろんだが……。
「……アリアも、その中に含まれてるんだよね」
「アイツな……家族全員死んじまって。川に身投げして、死のうとしてたんよ」
それは知らなかったので、絶句してしまった。
アリアも俺と同じで、家族を亡くしていたことは知っていた。
しかし葬儀の後の彼女は明るく、復興の為に積極的に働き、他の人を励ましすらしていた。
だからそんな彼女が自死を試みていたなんて、考えもしなかった。
招待を受けたユングのことを、アンジェは「金で釣れば来る」くらいに思っているのだろう。
そう思うと腸が、煮えくり返る思いだった。
ユングは続けた。
「だから死ぬこと考える余裕なくなるくらい、忙しくしてやろうと思って。『世界中の大会で復興資金稼ぐから、サポートしてくれ』って言って、連れ回してんの。調理できる宿屋とかだったら、飯作ってもらったり、服とかに防護の刺繍してもらったりな」
「神仕院で女の子達が教わってた、あれか。古臭いって思ってたけど、役に立つんだな」
「そんなこと言って、お前も女並みにいろいろできるよな。母ちゃんからよく『あんたもアルを見習って、床掃除でもしなさい』とか、よく言われちょるわ」
「まあ、気がついたら、できるようになってたっていうか……。ロバート達には『オカマ』とか『モテようとしてやがる』って、からかわれるけど」
それでも、母さんが喜んでくれたので、悪い気はしなかった。
包丁や鍋を使うことはできるし、掃除や洗い物とか、簡単な繕い物くらいはできる。
とはいえ、女の子達のようにパンを焼くとか、ましてやリエルやエリアみたいな、成績上位の子達のように、自分の服を作るとかはできない。
するとユングが言った。
「お前それ、セドナおばちゃんの為に、始めたんじゃろ?」
確かにユングの言うことは当たりだ。
一人で父、母両方の役割をしなければいけないおばさんを助けてあげたくて、床の掃き掃除を覚えたのが、始まりだった。
「……だって、一人で大変じゃないか。おばさん、働いてもいたのに」
「嘘つけ。おばちゃんが見合い断るたびに、ホッとしてたくせに」
それも当たりだが、多分ユングの想像と、俺のその時の気持ちは違うと思う。
「だって、セドナおばさんの隣に並ぶのは、彼女に釣り合うくらいにカッコイイ人じゃなきゃ!」
「それはお前に関係ないじゃろ」
それはそうだが、あまり顔面偏差値に差があるカップルは、俺は正直見たくない。
でもやっぱり、ユングを納得させるのは難しいかもしれない。
よほど上手く説明しないと、俺が「見た目で人を判断するヒドい奴」だと思われてしまいかねない。
俺は綺麗なものが好きなだけで、断じて差別主義者ではないのだ。
「実は、一度だけ旦那さんの肖像を見た事があるんだけど、綺麗な顔の人でさ。どうしても比べちゃうん
だ……。そうだな。雰囲気としては、この国の宰相に近い。宰相と、ルベオルスを混ぜた感じ」
こう言えば納得してもらえるだろうか。
とはいえ、セドナおばさんの旦那さん……つまりミスティとルベオルスの父親の顔を知ったのは、ついさっきの事。
スリザスから預かったミスティの荷物を、うっかり落として中身をぶちまけてしまった。
その中のペンダントが開いていた。
中身はおばさんと、ミスティとルベオルスであろう二人の赤ちゃんの肖像。
そして旦那さんと思しき、すごい美男の姿があった。
男神像を人の形にしたような彼の姿を見て、セドナおばさんが、見合い話を片っ端から断ったわけが、瞬時に理解できてしまった。
「あー……確かにな。そんな顔の旦那さんの後釜に、むっさいオッチャンはなあ。納得がいったわ」
弁明しておくが、候補の男の人達は決して、悪い人ではなさそうだった。
しかし残念ながら顔面偏差値に(彼女本人とも、もと旦那さんとも)、大きな差があった。
「そろそろ行くな。もっと話したいけど、遅刻してこのヤベエ国の王様怒らしたら、縛り首になるかもしれん。じゃな」
宰相の素性を知っている俺からすれば、「縛り首」が冗談に聞こえない。
心から「生きて帰ってきてくれよ」彼の後ろ姿を見送った。
ユングは一度振り返り、ニカっと笑う。
「ミっちゃんに、また会えるといいな」




