エンカウント/ミスティ《37-2美貌の宮廷画家、ランジェロ=ミローティに関する忠告》
ラードを塗ったパンに塩と胡椒を振って、市場で仕入れたクルミと、固形チョコレートを皿の隅に添える。
「レオパルテの市場って、ゼーンズフト以上にいろんなものがあるのね。あそこでは高級だった食材も、結構安いの」
村とは違ってチョコレートが普及しているので、安心して買えるのはありがたい。
村にいた時に、良かれと思って街で買ったチョコレートクリスプを道場に差し入れで持って行った事があった。
しかしアルとユング以外の門下生は、全員捨てていた(確か『食事休憩も取れないような底辺労働者が、食うもんだろ!』とか言われていた。労働者の手軽なエネルギー源として、販売されていたのも確かだが)。
この出来事は私の「村に居させてもらってるんだし、みんなと仲良くしよう」という想いを、「こんな村、お金貯めてさっさと出て行ってやる!」に変化させた。
……嫌な事を思い出したが、お酒のつまみは、こんなものでいいかと、テーブルに皿を置いた。
「でも良かったぁ。レオパルテからも出て行かなきゃなんないと思って、気が重かったのよね」
「むしろ、兵に取り立てられるかもしれんぞ」
グラスのウィスキーを飲み切って、彼はそう言った。
クリシュナに滞在していた時もこのウィスキーを飲んでいたが、安い高いにこだわりはなく、私の買ったこの酒は好きらしい。
「なんで? 私素人だけど」
「王は今、男女問わず健康な若い奴を集めている。武器や戦い方は教えるが、最初から扱えればなおいいとのことだ」
「王城も、人手不足なのね。やっぱりいざという時、戦争に行かされるから、なりたがらないのかしらね」
「まだ、おおっぴらな募集はかけていないが、少しずつ兵は増やしている。なにせ帝国を潰したら、全世界が相手になるからな。一人でも多い方がいい」
今さらりと大変な事が述べられた。
帝国は、レオパルテの一番の同盟国のはずだ。
その後は、全世界とも。
詳しく訊こうとしたところで、ベリオットの表情が曇る。
「……いや、ダメだ。お前はなるな。言われても断れ」
「どうしたの?」
「さっきの変な幽霊も大概だが、お前の場合は、そいつが取り憑いてる画家も、ロクな奴じゃない。あいつは宮廷画家をやってて、敷地内のアパルトマンに住んでるから、兵士になれば顔を合わせる機会はいくらでもある。もしかしたら『モデルをやれ』と言ってくるかもしれない」
「いいじゃない、モデル。むしろやりたい」
王女のポスターも手掛けた、美貌の天才芸術家にモデルを頼まれるなんて、この上ない名誉だろう。
「やめておけ。奴は見境なく若い女を引っ張り込む上に、墓荒らしを芸術だとか言う変態だ。アトリエに手術で使うような寝台や器具がある意味が、俺には分からん。気色悪い」
副葬品泥棒か、医療の研究目的の医者以外が墓荒らしだなんて、奇妙ではあるけど。
「たぶん『墓荒らし』が芸術なんじゃなくて、作品を作る研究の為の墓荒らしじゃないの? 骨格とか、表からでは見えない部分を知る為とか。芸術家とか天才肌の中には、奇人変人も多いみたいだし、作品のためなら手段を選ばないタイプなんだと思う」
ただ、芸術家は華やかなイメージが強いから、墓荒らしが世間に知れれば大スキャンダルは免れない。
ベリオットは怪訝な顔で、まるで気持ちの悪いものを視界から排除するように私から目を逸らした。
「……そんな露骨に目を背けないでよ。芸術家ってだいたい変な方が普通だって。たぶん」
ベリオットは沈痛な顔で額に手を当てる。そして諦めたように、こう続けた。
「たぶん、向こうから言ってくる。そうじゃなかったら、無断で描くかもしれないが、もし正式にモデルを申し込まれた場合は、たぶん場所は奴のアトリエか、お前の住んでる部屋になる。もしそうなったら要求されても」
言葉を止め、ちょっと考えるように目を左上に動かした後、彼はこう言った。
「裸には、なるなよ」
「へ?」
一瞬頓狂な声が出てしまったが、よくよく思い出してみると、ゼーンズフトの美術館や画集に裸婦画とかもあった。ベリオットは弁解じみた口調で言う。
「セクハラになるんじゃないかと」
「ビックリはしたけど、せっかくの忠告に文句言ったりなんかしな……」
喋っている最中に、ベリオットの立場を思い出す。
彼の近くにいるような女となると、王族とか、貴族の令嬢とかだ。
セクハラめいた言動を取る輩からは、距離を取る必要があるだろうし、言葉の一つ一つに過敏にもなるだろう。
「大丈夫よ、上流階級のお嬢さんじゃないんだから。こちとらみなしごの庶民に、そこまで高い意識は備わってないわ」
「それなら話を続けるが、脱いでも何かつけているか、ブランケットとかをそばに置いておくか。あと出入口の近くを陣取って、鍵はかけるな。要は何かされても、すぐに逃げられるようにしておけ」
「解った。でも芸術の為なら、脱いでもいいわよ」
「剝製にされても知らないからな」
若い女を生きたまま拷問して……とか不穏な話だったら言われなくても警戒するが、そんなことは誰も言っていない。
……だからそんなに距離を取らないでほしい。
「冗談に決まってるじゃない。心配しないでよ、宮廷画家が一般市民にモデルの申し込むなんて、早々ないでしょ」
慌てて取り繕い、開けられた距離を詰める。
「だ……だって、『天才画家のモデル』だなんて、言葉だけ聞けば華やかなイメージを抱くもんじゃない。普通私くらいの年齢の女の子なら、何も考えずに二つ返事よ。だから、そんな『気持ち悪い』って目で、私を見ないで!」
飲ませすぎたのか、ベリオットの顔がかなり赤くなっていた。
壁に寄り掛かって、今にも眠りそうに首を傾けている。
寝てしまってもいいように、ベッドまで誘導した。
眠ってしまう前にと、一番訊きたかった質問をぶつけた。
「私以外に、契約した女の人っているの?」




