【第37話 エンカウント/ミスティ編:闘技場からの逃亡の後】《37-1ミスティに下った沙汰》
「……もうダメ。今度こそ、終わった」
ベッドの上で、顔に膝を埋めながら、私は大きな溜息をついた。
アルには助かって欲しかったのも偽らざる本音だ。
だが、落ち込まずにはいられなかった。
「目の前で窓ぶち破って、リングで発砲……心証を悪くするどころじゃないわね」
海神王の指輪の件も相まって、もうレオパルテには、少なくとも首都圏にはいられない。
なにせスター選手を狙っただけでも大ごとなのに、王や王女のいるところでの発砲。
人も大勢いたことだし、危険行為は見逃されるはずはない。
「さて、どうしよう?」
早く荷造りをしなければいけないわけだが、疲れているせいか、新しい鞄に貴重品を中に詰める手が、動いてくれない。
買い置きのウォッカの瓶を開け、グラスに注いで一気に飲んだ。
(また、盗賊狩りでもして暮らそうかな)
幸か不幸か、このご時世では盗賊に走る輩はたくさんいる。
知っているものであれば、たいていの魔法は使えると判明した指輪もある。稼ぎ口にはありつけなくはない。
だけど。
私の旅は終わってしまった。
それは生きる目的がなくなったことを意味した。
家族ももういない。帰るところもない。
母さんの形見のネックレスまでなくしてしまった。
荷物の中のお金はこの際、どうでもいいから、母さんの形見の二つの宝石だけは、諦めがたくてまた泣いた。
鞄に入っているのはお金の束だけ。
手の平に握っているのは、たいていのことが思い通りになりそうな、魔法の指輪ひとつだけ。
目の前が涙でゆがむ。
大金でも、魔法でも、私の欲しいものを出してはくれなかった。頬に伝った涙が、ただただ冷たい。
「……リングの上でやるべきだったのは、発砲じゃなくて、自首だったのかしら?」
私が死刑になった後は、指輪は好きにしてもらえばいい。
やけ酒のウォッカが今頃きいてきたのか、膝に頭を埋める。
暖かさから頭がぼうっとして、うつらうつらとまどろみに入る。なんだか、気持ちいい。
このまま、眠っちゃおう。
(もう二度と、目が覚めなければいいな)
ドアのノブがひねられて大きな音を立てた。
「しまった」
のんびりしずぎた。
心臓が跳ね上がってくれたおかげで、現実世界に戻った。
逃げようとする前に、ドアが開いた。鍵は、すでに開けられていたようだ。
「帰ってたか」
逃げなければならないのに、そのアクアマリン色の視線に捕らわれたように、私の体は動かない。
「……どうぞ」
縄をかけてもらうべく、両手を差し出す。
「もう逃げも隠れも、する気がなくなったわ」
「いいや。お前に咎はないそうだ。それを伝えに来た」
「私を捕まえに来たんじゃないの?」
多少の重い軽いはあっても、「咎がない」はおかしい。
「無罪だと、言ってるんだ」
「本当に、何の罰もないの? かえって気味悪いんだけど」
「ところでお前、何をして捕まるつもりだったんだ?」
冗談かと思って、次の言葉を待った。
「いやなんで知らないの? 知らないで、無罪を言い渡しに来たの?」
「『咎はないとだけ言えば伝わる』と、ギャラクスから言われた。お前こそなんで、銃をぶっ放しただけで、罪人みたいな顔をしてるんだ?」
「知ってるじゃない!」
その上私は、観客を人質に取るつもりだった。
「だって、危険行為でしょ。大勢の人が集まる場で」
「誰も殺してもいないし、怪我をしてもいない。せいぜい銃がでかい音を立てただけだ」
「その銃声を立てたことが問題で……。お客さんだってビックリするでしょうに!」
「あんなうるさい怒鳴り声が上がっている闘技場で、客を脅かしたも何もあるのか?」
「王女様の、誕生日のイベントで……」
「そういう祝い方にしたのは王女だ。武道大会で武器を使って何が悪い?」
なんだか、悩んでいたのが、ばかばかしくなってしまった。
状況を紐解いていくと、本当にたいしたことがなく思えてきた。
「そういう趣味は理解できないが、どうしても罰を受けたいというなら、マリエラ王女あたりにでもに言ったらどうだ?」
「別に罰受けたいわけじゃないし、趣味の問題じゃないんだけど……。ベリオットはわざわざそれを伝えるためだけに、わざわざここに来たの?」
「そうだ」
「なんかごめんね、王廷騎士に、こんな使い走りみたいなことさせるハメになっちゃって」
「前も言ったが、王廷騎士は便宜上の呼び方だ。俺も他の奴も、ただアンジェ……ギャラクスと契約してるだけにすぎん。ただ用があって呼ばれたら行くだけだ。城の中に魔族がうろつくのを、人間は良しとしない。だから不自然でないように、それっぽい名前の称号が、与えられてる」
気持ちが軽くなった私は、瓶を見せて、彼に提案した。
「ねえベリオット、途中であんな騒ぎになっちゃって、飲み足りないでしょ。良かったらここで私と、飲み直していかない?」




