【第37話 エンカウント/アルフィード編:決勝の後】《37-1医者泣かせの魔法》
今頃、表彰式が行われているであろうか。
(……結局、優勝はルベオルスなんだろうなあ)
しばらく俺は、気を失っていたようだ。
夢と現実の間を彷徨っているような意識の中では、白い天井が広がっている。
「ゴメンね、兄ちゃん。怒ってる?」
ベッドの下から、ゴーフルがひょこっと顔を出す。
「どうして?」
「優勝、ダメにしちゃったから。オイラが兄ちゃんの落っこちた腕に触った時点で、アウトだったんだって?」
彼の俯いている目が光ったと思うと、今にも雫をこぼしそうに潤んでいた。
情けないところを見せてしまったようだ。
「いいよ。剣ももとに戻ったし。それより、心配かけてすまなかった。ありがとう」
彼のふわふわした金の巻き髪に手を沈め………ここで今更、異常事態に気付いて飛び起きる。
「う、腕!? 俺の腕が……」
今の自分の見ているものが、信じられない。
小指から順にゆっくりと、一本一本降り曲げて、自分の目で確認してみせた。
今度は握りこぶしを作ったり、広げたりしてみる。
「夢じゃ……あ、ないんだな?」
「こんどはその指で思いっきり、ほっぺた引っぱってみれば、確認できんじゃない?」
馬鹿にしたように歯を見せて笑うゴーフル。さっきまでのしおらしさは、一体どこへ……。
いちいち怒るのもみっともないので、あえて彼の提案に乗るとしよう。
「分かった。じゃあ、右左どっちでもいいから貸して」
思い通りに動く手で、親指と人差し指を向ける。
すると彼は素早い動きでベッドから離れて、目隠しカーテンを開く。
「おーい、兄ちゃん起きたぜえ。ピンピンしてらあ」
「ちょっと、静かにしな。アル、腕の具合はどう? ふらつかない?」
イルゼが衝立の向こうから、こちらに歩いて来る。
「うん。もうすっかり」
少し乱暴に片手を振って見せるが、肩の付け根も痛まない。
「それに体が軽くて。いつもより体調がいいみたいだ」
久々にマクベスの薬草なしで、ぐっすり眠った。
「そういえば、マクベスは?」
「あんたの腕がくっつき次第、すぐにチェックできるように、宿屋に電信しに行ったよ。それから、後でセレにも礼言いなよ」
イルゼが衝立を、親指でクイと指す。
「医者が腕の固定がした後、あのコが腕、くっつけたんだって。最良の医女神って、単なるすごいヒーリング、くらいに思ってたんだけど。こんなこともできんだね」
傷どころか、切り落とされた腕をくっつけたのだ。さぞかし大変だっただろう。
早速お礼を言わねばと、ベッドから立ち上がる。
「あ、ちょっと待って」
ゴーフルが制止し、口の前に指を立てる。
「もうチョット、寝かせてやって」
さっきイルゼが「後で」と言った意味を理解する。
簡易の寝台で、セレフィナは死んだように眠っていた。
「セレフィナ、どうしたの!?」
少しばかり彼女の顔が青白く見える。
俺が尋ねると、イルゼが答える。
「医者が言うには、魔力を使いすぎた結果だって。だけどしばらく休ませれば、問題はないってさ」
「何時間も、兄ちゃんにつきっきりで最良の医女神してたんだよ」
とゴーフルが言い足した。
申し訳なさで、大きなため息が出た。
何事もなかったかのようにようにくっついて、動いている腕に指先。
神経や骨までいく怪我を治すだなんて、尋常じゃないほどの魔力を使ったのだろう。
更に詳しい医者の話の内容を、イルゼは教えてくれた。
「難しい話は分かんないけど。なんだか、血液を作る細胞を、活性化かせただか言ってたよ。あと、骨と神経と血管は、腕がくっついてた時の体の記憶を利用して、ぴったりくっつけられたんだって」
この話には、俺もついていけない。
血液を作る細胞に……神経と骨の記憶?
耳慣れない言葉のせいで、何百年後か、空想の世界の医学に遭遇した気分になった。
「マクベスが言うには、普通の治癒魔法でこれだけのことやるには、早くて数週間かひと月。最良の医女神でも、休憩取りながら最低でも数日かけて、ゆっくりやらないといけないんだって」
壁に賭けた時計を確認する。
「え……、待って。じゃあ」
俺は何日か、眠っていた事になる。
体感では大会から、そこまで時間が経っていないと思っていたのに。
するとゴーフルの口から、衝撃の事実が判明する。
「ところがですねー、兄ちゃん。日をまたいですら、いないんだよ。さっき表彰式が終わって、みんな選手用のホテルに戻ってったばっか」
大地神王のメビウスとの、相乗効果だろうか。それにしても、凄い。
「ところで、イルゼ」
「ん? 何?」
「さっきの女の子……ミスティの事なんだけど。彼女の、知り合いだったの?」
「シルフィングの基地から、商船に帝国へ運ばれてる途中、海賊に襲われちまってね。船内の牢屋にぶち込まれたところで、あの娘に助けられたの」
「海賊いたのに、よくイルゼ姉を助けられたよね」
ゴーフルの言葉で、嫌な予感がした。
ミスティはシュットガイストから力を授かっている。
それを使いこなせば、まして何の遠慮の要らない相手であれば、平気で殺してしまうのではないか。
「なんでも、『海賊たちは略奪品の取り分をめぐって、自分の目の前で殺し合って全滅した』んだって」
なんだ。「よかった」と口から出かけたのを、やっと押さえた。
罪もない人に寄ってたかって手を出すような、ましてや海賊なんて同情の余地もない悪党は、殺されたって文句は言えないだろう。
しかしそんな輩の為に、ミスティが手を汚すのはいけない。
「ところでイルゼ……君、災難起こり過ぎじゃない!?」
平和に暮らしていたところを帝国に攻め込まれ、故郷と家族を失い、肉体を改造される。
船で運ばれている最中、海賊に襲われ、安住の地を求めて安定しているであろう国に着けば、すぐにそこも帝国の手に堕ちた。
彼女のメンタルが、本気で心配になってしまう。
するとゴーフルの顔に、深刻な影が差す。
「悪霊や悪魔が取り憑いてる気配はないし、イルゼ姉……顔はキレイだから、用心しなよ」
「え? 嬉しいこと言ってくれるじゃん、でも急に何!?」
ゴーフルの話で一番先に思い浮かぶのは、ズバリ「神」だ。
「まさかまた、女の人を物色してる統率の神が、目を付けてるとか!?」
「可能性はあるよ。神ってのは物理的に殺して天……つまり自分とこへ連れ去るっていう、非道もやらかすからな。そうやって殺された女は数知れないぜ。なんたって、奴らは顔さえよければ男でもいい奴だっていくらでも」
そこでイルゼが「……待った」と、話を遮る。
「何であたしへの心配で『男でも』って言葉が出てくるんだい?」
彼女には悪いが、口を滑らせたゴーフルの気持ちは解らなくもない。
こう言っては何だが、彼女は俺が出会った中で、五本の指に入るほどのハンサムである。
「そ、それくらい見境がなくて、危ない連中が多いってことさ!」
ごまかすゴーフルだったが、イルゼからの疑いは、いまいち晴れないよう。
「……そうかいそうかい。それじゃあアル、あんたも気を付けるこったね」
「そうだな。そんな輩に、節操なんてものを期待しちゃいけない」
部屋のドアがノックされて開き、マクベスが顔を出す。
「あ、起きましたね、よかったよかった」
腕をちょんちょんとつつかれ、イルゼの方に振り向くと、小声で教えてくれる。
「ここの個室、マクベスがお金出して借りてくれたんだよ。セレの治療、他の選手には見られない方がいいって言って」
他にも俺は迷惑をかけていたことを知り、慌ててマクベスに金額を尋ねた。
「ご……ごめん、マクベス。迷惑かけて。この部屋のお金、いくらだった?」
「いいよ、どうせあぶく銭です。こちらこそ感謝感謝」
そう言って彼が見せたのは、引き換え済みの券の、控えだった。
よく見ると、俺の試合全部、俺に賭けている。
「アルさんには、稼がせてもらいました」
「ちぇーっ、マクベス兄ちゃんズルイよなあ。オイラだって、兄ちゃんどころか、その辺のオッサンやじいさんよりは、年上なんだぜ」
ゴーフルがいくらふくれても、彼の実年齢を証明するものはない。
少なくとも外見年齢は、子供でしかないのだ。
「今日の占いで『賭け事に出ると吉』と出ていたので。アルさんを信じながら、生活費や研究費を、稼いだだけです。何も悪い事はしていませんよ」
ベッドサイドチェストに置かれた、券の束が視界に入るが……気付いてしまった。
「信用度が、妙にリアルに伝わってくるようだね」
俺の出る試合は全て賭けていると思ったら、ルベオルスとの試合分だけ、抜けているではないか。




