エンカウント/ミスティ《36-2隠し持った『海神王の指輪』》
リングに入ると、私は銃口を、実の兄……ルベオルスの胴体を射抜く位置に固定した。
負けたら死ぬ、だとか言っていたが、どちらにしろこの状態で試合を続けるのは、もう無理だ。
アルはもう、蘇生に失敗した死体のように、痛むであろう肩を痙攣させている。
「少しでも動いたら撃つ」
「実の兄に銃を向けるとは。教育が必要みたいだな」
彼は私のことを、妹と認識しているみたいだ。
「おおーっとぉ、どういう事でしょうか。まさかのルビー選手の妹がここに登場お!? しかもアルフィード選手を庇ってリングに乱入と!! しかし、さすがルビーの妹……と言いましょうか。彼そっくりの美少女であります!」
うるさい審判の声が割り込んだ。
「血のつながりなんか、どうでもいい。私の兄さんは、この彼……アルフィード=エースペードよ!」
観客席を見上げると、今にもここに降り立って来そうなユングが、彼の両親とアリアに押さえつけられている。
「でも、あんたを連れてお墓参りすれば、母さんと……が喜ぶかもとは、思ったけどね」
(海神王の指輪を、使ってみる?)
服の中に隠し持っている、海神王の指輪。
これで治癒魔法を使えるか、試してみるか。
ダメだ。
人体への影響のある魔法をいきなり、しかもこんな大きな怪我に使う勇気は、私にはない。
「ですがー、今手を貸したら反則負けになります! 恩赦もなくなってしまいますよ!?」
腕が斬り落とされて、胴体の下も血の海になっている光景を見て、まだ試合終了を宣言しないのか?
観客のニーズなのかは知らないのか目が節穴なのか、そんことはどうでもいい。
「はぁ!? この状態見て続けられると思ってるわけ? あんた目、いらないんじゃないの? 私が雇い主なら即クビよ、クビ! つべこべ言ってないで、救護呼んで!」
「ですが、エースペード選手は『負け』を宣言していなければ、武器を手放してもいませんし、死亡もしていませんし……」
この期に及んでゴニョゴニョと……。
埒が明かないので、自分の身で想像してもらうことにした。
「……あんた、手だけで剣が振れると思ってんだ? じゃあ落とされた手で、マイク握れるか、やってみる?」
(ここで銃をぶっ放して、その『恩赦』とやらを要求するか)
つまり適当な観客を撃ち殺すと匂わせるか。
殺人シーン見たさにここに来る観客でも、自分がターゲットになるかもしれない展開は望んでいないだろう。
手配した側も、言う通りにするしかなくなるのでは。
「アル!」
私が司会者の寝ぼけた発言に怒っていると、客席からセレフィナ王女と小天使が走って来ている。
「うわわ! セレ姉ちゃん、これ何とかならないの!?」
そして
「イルゼ……ルルディの事。後で聞いたわ」
新聞で見た。プリムスコロナ帝国がルルディと強引な「平和協定」を結んだという記事が、後に新聞屋の店頭に出た。
「あたしは大丈夫だけど、あんたこそ今、やばいんじゃない?」
確かに。否定はできない。
「今なら間に合うわ。腕を貸して!」
(セレフィナ王女、治癒魔法……もしかして上位のやつ使えるの!?)
普通の回復魔法だったら、軽い傷を治したり、少しの体力回復しかできないはず。
彼女の自信に満ちた物言いから、少なくともアルを助ける手段を持っているのは分かる。
「やめろ、余計な事はするな!!」
ゆっくりとアルが起き上がる。
彼の今の啖呵のせいで、小天使は落ちている腕に手を掛けたまま、それを持ち上げられずにいる。
「でもよお、兄ちゃん」
「……ゴーフル、安心しろ。田舎っぺ男は…………図太いんだ……!」
小天使に告げると彼は、落ちた利き手が持っている剣を左手で持つ。
「ありがとう」
目が合ったアルは、確かにこう言って、笑っていた。
「えーっと、今入った情報によりますと……ルビー選手の妹だというこの女性、かつてクリシュナ国を騒がせた、青い瞳の賞金稼ぎ『盗賊狩りのサフォー』だといいます!!」
「そこの女、止まれ!」
いつの間にか警備兵達に、リングは包囲されてしまっている。
「やば」
最後に、小天使のそばに寄る。
「大地のメビウスは、持ってるのね?」
彼の耳元で尋ね、頷くのを確認する。
ベリオットが言うには、メビウスの効果は誰でも治癒魔法を使えるようになるものだが、もともと治癒魔法や最良の医女神が使える者に関しては、その効果が増大するとの事だ。
「アルのこと……あなた達に任せる」
隠し持った海神王の指輪に念を送る。
私を包囲している兵達に、バレないように微弱な「重さ」の魔法を使ってみる。
狙った通り少しだけ、兵達の動きは鈍くなった。
兵達の「なんか、動きにくい」という、独り言が聞こえた。
リングから駆け下りて、通路入り口に入り込む。
観客席から見えないと確信したところでもう一度、指輪に念を送り、頭の中で自分の泊っている宿屋の部屋の景色を思い浮かべた。
目の前の景色が宿屋に変化した。
成功だ。
ベリオットの使っていた瞬間移動を今してみたのだけど、知っている場所なら、自由に移動できるようだ。
彼の言っていた「疲労感」もない。
緊張が一気に解けて、床に尻が下りた。




