第4話 試剣
ない……! ない……! ない…………!!
どこにもない……!!
王立剣士訓練所と宿屋を三往復したが、落とした受験票はどこにも見当たらなかった。
受付終了時間まで残り五分だ。
今からもう一往復しても、時間までに戻ってこられない。
「よし。こうなったら……」
受験票はないが、思いきって行ってみることにした。
俺の名前は登録されているはずだし、落としたと言えばなんとかなる気がする。
訓練所の門をくぐり、建物の中に入った。
すぐそこに受付のテーブルが設けられている。
五分前なので、人が殆どいない。
誰も並んでいないテーブルに移動すると、受付の男性職員にぺこりと頭を下げる。
「受験票をお預かりします」
「あ……す、すみません。受験票は落としてしまって……」
そう口にすると、職員は強い口調で返事をしてきた。
「受験票がない方は受験できません!」
頭ごなしに言われ、俺は若干怯んでしまう。
だけど、わざわざこんな遠くの街まで来たんだから、頑張らなきゃいけないと思った。
「すみません。でも、見つからなくて。俺、ラーディッヒ公爵のところの使用人、ニココっていいます。手紙もちゃんと送りましたっ!」
「規則は規則です。お引き取りください」
「ど、どうにかお願いします……!」
俺は必死に頭を下げた。
とにかく全力で頼み込むぐらいしか他に思いつかない。
「しつこい奴だな。だめだと言っているだろ」
男性職員はうんざりしてきたのか、粗雑な口調に変わり、俺の後頭部をむんずとつかんだ。
「おら、邪魔なんだよ。今年はなぁ、若手最強世代といわれる各流派の秘蔵っ子たちが受けるんだよ。どうせ受験したって、使用人風情が合格するわけねえだろうが」
俺を引きずるようにその男はぐいぐいと建物の外に追い出そうとしてくる。
せっかく来たけど、どうやらダメみたいだ。
試験も受けられなかったなんて知られたら、また馬鹿にされるんだろう。
それはちょっとしんどそうだな。
「あれれー? でも、それっておかしいと思うんですぅっ!」
職員が足を止める。
声をかけてきたのは先程、路地裏で出会った女の子、プリシアだった。
「あ、ぷ、プリシア様――」
「あのぉ、剣選って、試剣による選挙を意味するじゃないですかぁ! 試す剣と書いて、試剣ですね。ということはぁ、面接もありませんし、推薦もありませんし、合格者を選ぶのは剣だけということになるんですよね!」
早口でベラベラとまくし立てる。
糾弾しているようで、しかしその物言いは明るく、楽しげだった。
「なのに、あなたが合格するわけないっていうのは、わたしは違うと思うんですっ! それは試剣が決めることです! 剣に委ねるべきではありませんかぁぁっ?」
「そ、それはその……しかし受験票が見つからないことには身元の確認がとれず……」
「ええぇーっ、受験票をなくしちゃったんですかぁっ! 若手剣士の登竜門で、そんな人いるんですねぇっ! あはははははっ!!」
笑い事じゃないんだけど……。
「じゃ、この人の身元はわたしが保証しまぁすっ! それでどうですかぁっ?」
「……お知り合いだったんですか?」
「はぁいっ。ニココさんには助けられているんですよっ」
……一回だけだけど。
「そういうことでしたら、はい」
プリシアの説得が通じて、職員は承諾してくれた。
「では――こちらが名札代わりです。書かれている数字は受験番号になります」
俺は名札を受け取る。425番だ。
文字は読めないが、数字はかろうじてわかる。
しまっておけばいいのか?
「胸につけるんですよぉ」
プリシアが親切に教えてくれたので、俺は胸に名札をつけた。
「そこの大講堂に入って、受験番号の席に座ってください。すぐに学科試剣が始まります」
「ありがとうございます」
俺はぺこりと頭を下げた後、プリシアを見た。
彼女は不思議そうに首をかしげて、大講堂を指さす。
「行かないんですかぁ?」
「あ、うん」
大講堂へ向かいながら、俺は彼女に言った。
「ありがとう、プリシアさん。おかげで受験できるよ」
「プリシアこそっ、ニココさんに助けられましたからっ! ご恩がお返しできて光栄でぇすっ!」
元気いっぱいに言って、プリシアは勢いよくお辞儀をして、またものすごい勢いでピンと背筋を立てた。
貴族の人たちのお辞儀はとても優雅だけど、この子のお辞儀はとてもピョコピョコしている。
「プリシアさんも、試剣を受けるのか?」
「はぁいっ。一緒に合格しましょうねっ!」
「あー……」
なんて答えようか迷っていると、プリシアが俺の顔を下から覗き込んできた。
「自信ありませんかぁっ? 人って手の平に書いて呑み込むと落ち着きますよぉっ。それにこれはここだけの話なんですけど」
プリシアがひそひそ話をしてくる。
「手の平に滅って書いて呑み込むと信じられないぐらい無敵になれますよぉっ!!!」
無敵って……
変わったことを言う女の子だ。
「ありがとう。でも、俺、文字は読み書きできないんだ」
すると、プリシアは大きな目をぱちぱちと瞬かせて、俺の顔をマジマジと見てきた。
せっかく受験できるようにしてもらったのに、がっかりさせちゃっただろうか?
文字が書けなかったら落ちるに決まってるし……
「お任せくださぁいっ!」
そう口にして、プリシアは自分の手の平に指先で字を書きながら、「滅」と唐突に声を上げた。
「え、えーと――」
「お食べくださぁいっ!」
バッとプリシアの手の平で口を塞がれ、モゴモゴと喋られなくなる。
というか、非常に息が苦しい。
「食べましたかっ!?」
コクコク、と俺はうなずく。
「滅を食べさせましたから、これでニココさんは無敵でぇすっ! それじゃ、一緒に合格しましょうねっ!」
そう口にすると、嵐のような勢いでプリシアは自分の席の方へ走っていく。
「頑張ってくださーいっ!」
と、遠くの方から手を振るので、俺も手を振り返しておいた。
「……滅が書けないんじゃなくて、学科の問題が解けないんだけどな……」
でも、おかげで元気になれた気がする。
面白い女の子だ。
よし。とにかく頑張るぞ。学科以外を!
俺は425番の席を捜して、着席する。
しばらくして、試験官のお兄さんがやってきて、答案用紙を配り始めた。
周りの受験者はみんなすごく緊張した様子だった。
深呼吸を繰り返す人、ぎりぎり勉強しているのか必死に本を読んでいる人、神に祈っている人、いろいろだ。
それだけ、この試剣に真剣ということなんだろう。
俺は大きく構えていた。
どうせ、文字が読めないんだから、緊張しても仕方がない。
やがて、答案用紙が配り終わる。
ぜんぶで三枚だ。
文字がびっしり書かれているが、なにも読めない。
「制限時間は三時間。この時計でちょうど九時から、鐘が鳴ったら開始だ」
試験官がそう説明した後、すぐに鐘が鳴った。
答案用紙をひっくり返す音と、ペンを走らせる音が講堂中から聞こえてくる。
どうしよう?
暇だ。三時間もなにもすることがない。
正直な話、俺は同じ場所にじっと座っていることができない。
飽きやすいというか、動きたくなってどうしようもなくなる。
三時間どころか、まだ三分も経っていないのにもう限界が近い。
困ったなぁ。
棒を振りたいなぁ。
あ、そうだ。
「はい!」
と、俺は勢いよく手を挙げた。
試験官が俺のもとへ近づいてくる。
「なにかトラブルか?」
「終わりました。外出てもいいですか?」
「……終わった……? それは構わないが、本当にいいのか?」
「はい! ありがとう!」
お礼を言うと、俺は飛び出すように大講堂の外に出た。
どこかによさそうなところがあるといいんだけど?
建物内を歩き回っていると、中庭を見つけた。
花壇や並木道、綺麗な泉がある。日当たりの良い場所だ。
「せーの!」
泉の水面に棒を振り下ろすと、ザパァッと水飛沫が舞った。
「アハッ! 面白い!」
それじゃ、この水飛沫をいくつ斬れるかやってみよう。
それっ!
再び水飛沫を舞わせて、そこに棒を振るう。
一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、一一、一二、一三……!
うーん、一三か。
難しい。
もっと速く。最短距離を斬る。
そこからまた最短距離へ。
俺は素早く、棒を振り抜く。
今度は一五。
さっきより伸びた。
もっと速くだ。
一振りごとに、剣速が上がる。
もっともっと。
速く……速く……速く……
速く、速く、速く、
速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く――
◇
「ぜっ!」
俺が棒を振り抜くと、泉が大きく真っ二つに割れていた。
よし。できた!
「わああぁぁぁぁぁっ、今のなんていう剣技なんですかぁっ!? 」
突如後ろから声をかけられ、俺は振り向いた。
プリシアが瞳を爛々に輝かせて、こっちを見ている。
「その、なんていう剣技って言われても……」
「そんなことより!」
そんなことより?
「剣技に興味があるのはわかりますが、そんな話をしている場合じゃありませんよぉっ!!」
剣技に興味があるのはプリシアで、そっちから言い出したのに……?
「どうかしたのか?」
「どうかしちゃいましたよぉっ。実はですね、ここだけの話なんですが、もう実技試剣が始まっているんです!」
「えっ!?」
尋常じゃないほど驚いた。
「それで実はもうニココさんの番です。早く行かないと失格ですよぉっ!」
「嘘っ! なんでっ!?」
ぱっと中庭にある時計を見れば、すでに午後四時を回っていた。
まただ。やらかした!
「ありがとう。行ってくるっ!」
俺は全力で走り出し、すぐに気がついた。
「実技試剣ってどこでやってるのっ!?」
「勿論、ご案内しまぁすっ!」
「ありがとう!」
プリシアの後を追って、俺は祈るような気持ちで走り出した。




