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第5話 見定めの剣


 実技試剣の会場は、剣闘技場である。


 他の受験者は別の場所で待機しているのか、それともすでに大半が終わったからか、受験者の数は少なかった。


 一度試剣を終えた者の再入室はできない。

 プリシアに送り出され、俺は剣闘技場の中に入った。


「受験番号425番、ニココ! 受付番号425番いないのかっ!?」


 中央で試験官が俺の名前を大声で呼んでいる。


「いないようだな。では、受験番号425番、ニココは失格とする! 次、受験番号426番――」

「待ってくださいっ!!」


 試験官のもとまで走っていき、俺は大声を発した。


「試験番号425番、ニココですっ! 遅れてすみませんっ!!」


 頭を下げる。

 試験官は厳しい態度を崩さず、諭すように言った。 


「時間になってもいない場合は失格扱いとなる。以後、気をつけるように」

「はい。ごめんなさいっ!」


 もう一度、俺は深く頭を下げた。


「では、実技の説明を行う」


 試験官が指さす。

 そこには、地面に突き刺さった一〇本の長剣があった。


「これは見定めの剣という試剣である。この一〇本のガリアッド鋼剣(こうけん)を一太刀で断ってみせよ」


 剣を剣で斬るっていうことか。


 面白そうだ。

 よし。早速やろう。

 今日はこれを楽しみにしてきたんだ!


「あの、俺、剣を持ってないんで、一本貸してください。なんでもいいんです。お願いします」


 そう頭を下げると、試験官は眉根を寄せた。


「予め伝えてあることだが、受験要項には試剣に用いる剣は各自で用意するように定めてある。貸し出しは許可できない」


 毅然と試験官は告げた。


「……そんな……」


 文字が読めないから、受験要項もよくわかっていなかった。

 せっかく、本物の剣に触れると思ってたのに、これじゃなんのために来たのかわからない。


 なんとかお願いしたら、いけないか?

 さすがに無理だよな。この人、なんだか厳しそうだし。


 結局、遠くまで来てただ帰るだけだと思うと、落ち込んでしまう。


「――なあ、ペドロ。ウケんだけど」

「なんですか、シリウス。実技試剣の真っ最中ですよ?」


 少し離れたところで、残っていた受験生二人が話をしている。


 ライオンのような髪型、野性味のある少年がシリウス。

 長髪でクールな佇まいの男がペドロである。


 二人とも上等な衣服、装備を身につけている。

 その佇まいからして貴族だろう。

 

「いいから、見ろって。あいつ、動けなくなっちまったぜ。前代未聞じゃねえ?」


 シリウスに言われ、ペドロはちらりと横目で見た。


「……木の棒ではねぇ。鉄ならばまだマシでしたが、ガリアッド鋼剣は腕でどうにかなる次元ではありませんし。家が貧しいのでしょうね。少々、可哀想ですが……」


 ペドロが同情の意思を見せると、シリウスはそれを笑い飛ばす。


「ぬりいこと言ってんな! 良い剣を手に入れるのも含めて、剣士の実力だろうが。だから、実技で使う剣は持参するっていうルールなんだよ。生まれた時に貧乏人なのは親のせいにしていいが、今貧乏人なのは自分の責任だろ」


 シリウスは一歩前へ出る。

 彼の正面にも、一〇本のガリアッド鋼剣があった。


「少なくとも、俺はクソ親父に頼らず、自分で買ったぜ」


 男が剣を抜き放つ。

 黄金色に輝く、荘厳な剣身であった。


「この竜殺しの剣を」


 瞬間、シリウスは大きく竜殺しの剣を振りかぶり、勢いよく袈裟懸けに振り下ろした。


 岩石を叩きつけたような重たい一撃だ。


 硬いガリアッド鋼の剣が、金属とは思えぬほど簡単にひしゃげ、叩き折られていく。


「ちっ」


 シリウスの剣が止まった。


 叩き折ったのは見事に八本。

 九本目は曲がりはしたものの、切断されていない。


「力みすぎたか」

「十分ですよ。一次試剣は通過すればいいのですから」


 ペドロが言った。

 彼もまた見定めの剣を終えており、目の前には切断された剣が九本ある。

 しかし、悔しがる気配もなく、予定通りといった顔をしていた。


「お前こそ、一本しくじってるじゃねえの」

「ですから、これで十分ですって」


 などと二人は余裕綽々で話している。

 自分が落ちることなど、微塵も考えていないようだ。


「受験番号425番、受験番号425番っ! ニココッ!!」

「――はっ、はいっ!!」


 試験官に呼ばれて、俺は慌てて返事をした。

 

 危ない危ない。

 試剣の途中なのに、他の受験者が剣を振るところに夢中だった。


 だって、あんな惚れ惚れする剣術は初めて見たんだ。

 やっぱり本物の剣士はすごい。


「君が最後だ。どうする? 棄権しても構わないよ」

「い、いえ。やりますっ!」


 すごい剣を見たから、俺もやりたくて仕方がない。


 いつものように棒を構え、一〇本のガリアッド鋼剣に正対する。


 一〇本の剣を一太刀で全て斬ることを考えれば、斜めに剣を打ち込むのが自然だ。

 だけど、剣の刃に正面から向かっていくことになるから、普通にやったら棒が斬れて終わりだろう。


 それなら、別方向から剣の平めがけて斬るのはどうか?

 いや、剣と剣の間隔もあるし、俺の棒だと長さが足りない。


 だとしたら、こうだ。


「えっ……?」


 突きの構えを見て、試験官が戸惑いの声を上げた。


 要は大木だと思えばいいんだ。

 棒の長さより遥かに太い千年の樹木でも、頑張れば斬れないことはない。


「いきますっ!」


 思いきり踏み込む。

 真ん中付近のガリアッド鋼剣めがけ、渾身の回転突きを繰り出した。


 一点に集中された突きが、硬いガリアッド鋼剣に穴を穿ち、破砕させる。

 回転により巻き起こった凄まじい風圧がガリアッド鋼剣の破片をその渦に呑み込んだ。そうして、周囲にある九本のガリアッド鋼剣をズタズタに斬り裂く。


 それにより二本目、三本目が破砕して更に風圧の渦に巻き込まれた破片が、同じように連鎖する。


 結果、一〇本全ての剣を粉々に粉砕した。

 剣身も、鍔も柄も、なにも残らない。


 ただ残骸だけがそこにあった。


「あ……え……ぁ……」


 試験官はごくりと唾を飲み込む。


「終わりました!」


 俺は振り返り、そう伝えた。


「え、あ……ああ……み、見事」

「ありがとう!」


 ぺこりと頭を下げて、剣闘技場の外へ向かう。

 俺の前には受験者が二人いる。


 遅れて試験官の声が聞こえてきた。


「あ、じゅ、受験番号425番、スコア一〇本、全断! 終了!」

「全断だとっ!?」


 前にいた受験者、シリウスが声を上げる。

 二人は試験官の方を振り返った後に、改めて俺を見た。


 俺はプリシアにお礼を言いに行くことに頭がいっぱいで、それ以外のことは考えられなかった。


「……あいつ、だよな? 425番。あの棒でか……?」

「……いえ、まさか……恐らく剣が間に合ったのでしょうね……」

  

 まるで幽霊でも見たかのような表情で、二人はそんなことを話していたのだった。



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