第3話 王都
王都ガナムーンは剣士たちの聖地である。
俺たちの暮らすザディード王国は一人の剣士が建国した。
名をマティアスという。
太古の昔、大陸を支配していたのは獣の力を有する獣人だった。
人間は奴隷として扱われ、自由と尊厳を奪われた。
当時、人間は獣人には絶対に勝てないと言われていた。
頑丈な毛皮も、鋭い爪も牙も持たず、身体能力で劣る人間が獣人に遭遇すれば蹂躙されるしかなかったのである。
その状況を一変させたのが、剣術だった。
マティアスは剣を手足以上に自由自在に扱い、獣人たちを次々と斬り裂き、人間を解放していった。
とうとう獣人の群れは敗走し、彼らは山脈のふもとの樹海へ帰った。
マティアスは初代剣王としてザディード王国を建国。
愛用していた剣ガナムーンを玉座に突き刺し、その名にちなんで王都が名付けられたのだった。
というのが、俺が王都ガナムーンの宿屋で聞いた話である。
かなり有名な逸話らしく、俺が知らないことに宿屋の主人は大層驚いていた。
朝一番で宿を出ると、俺はガナムーンにある王立剣士訓練所にやってきた。
ここが剣選の受付会場になっている。
荷物を抱えた旅人が続々と訓練所の門をくぐっている。
皆、必ず腰に剣をさげていた。
剣選の受験者たちが集まってきているのだ。
剣選は事前に手紙で申し込みを行い、プレート型の受験票が届けられる。
それで受付ができるのだ。
俺は文字が読めないので、ボドロさんに書いてもらった。
受験票は革袋の中に入れてある。
「……ない」
革袋に入っていた受験票がないのだ。
見れば、革袋に穴が空いている。
落としたのだ。
「大変だっ! 絶対なくすなってボドロさんが言ってたのにっ!!」
俺は慌てて元来た道を引き返す。
どうせ受験をしたところで、俺なんかが受かるわけがない。
だけど、一つだけ受験したい理由があるんだ。
本物の剣だ。
王立剣士訓練所なら、本物の剣が沢山置いてあるはず。
そして、剣選には一次試験から実技がある。
俺は木で作った棒しか持っていないから、剣を貸してもらえると思う。
本物の剣を触ってみたい。
試し斬りをしてみたい。
木を、石を、鉄を、どんな風に斬れるのかを確かめたい。
誰かと立ち会いをしてみたい。
だから、合否はどうでもいいけど、受験だけは諦めるわけにはいかないんだ。
「返してくださいっ」
女の子の声が聞こえた。
見れば、路地裏の方にフードをかぶった少女がいた。
ゴロツキのような男三人にからまれているようだ。
辺りには助けに入ろうとする人は誰もいない。
「人のものをとるのは悪いことだと思いますっ。いけないことだと思いますっ。返してください」
「あーん、なんだそりゃっ? 学生かよ?」
ゴロツキの一人は、鞘に納められた剣を手にしている。
豪華な装飾が施されいて、高価そうだ。
たぶん、それが女の子のものなんだろう。
「大体よ、そっちがぶつかって来たんだろ。見ろよ、こいつの肩」
ガリガリに痩せたゴロツキが肩を押さえながら、わざとらしく情けない表情を浮かべた。
「ああー、痛えぇ……折れてる……これは折れてるよぉ……」
さすがにあれが演技だということは俺にでもわかる。
それぐらい下手だ。
「つーわけで、この剣は慰謝料としてもらってく」
「あの、わたしちょっと気がついたことがあるんですけど、これは状況からいって……折れてないと思うんですよねっ!」
真正直な言葉だった。
「んだとぉ? こいつが嘘ついてるって言うのか?」
「あのですね、わたしが思うに、折れたらもっと痛いと思うんですよねぇ。こんな平気な顔して喋っていられなくて、この辺りをのたうち回っていると思うんですよぉっ!」
元気いっぱいに女の子はベラベラと喋り続けている。
「それに、わたしがぶつかったってことは、わたしもぶつけられたということなので、こんなにか弱い女の子が骨が折れる勢いでぶつかったら、それはもう木っ端微塵ですよねぇっ!」
そうはならないと思う。
「だからといって、そちらの方が嘘をついてるっていうことはないと思うんですよぉ! やっぱり、人を疑うのはよくないことですから。本当に折れたと思ってると思うんです。だから、その、よく考えてみてくださいね!」
女の子は世紀の大発見かのように結論を述べた。
「もしかして、気のせいじゃありませんっ???」
一瞬の沈黙、すぐさま怒声が飛んだ。
「んなわけねえだろうがっ!!」
「なめてんのかっ!!」
ゴロツキは大きく前へ出て、鞘ごと剣を振りかぶった。
「痛い目見なきゃ、わかんねえようだな!」
ガギィッと振り下ろされた剣は途中で止まった。
俺が棒で受け止めたのだ。
「あん? なんだてめえ?」
どうしよう?
こういうとき、なんて言えばいいんだ?
「う、馬小屋育ちのニココです」
「はあ? 聞いてねえよっ!」
ゴロツキは鞘から剣を抜き放つ。
研ぎ澄まされた美しい剣だった。
「で? どうするつもりだ? 今度は木の棒ごと真っ二つだぜぇっ!!」
ゴロツキが大上段に剣を振りかぶり、力任せに振り下ろす。
確かに正面から受け止めようとすれば棒は真っ二つだ。
後ろに女の子がいるから、避けるのは危険が大きい。
なら、あれをやってみようか。
できるかな?
「はっ!」
「なっ」
振り下ろされた剣を俺は木の棒で受け止め、力を横へ逃がした。その拍子にゴロツキは体勢を崩す。
「できた!」
バゴォッとゴロツキの鳩尾に棒を叩き込む。
体がくの時に折れ、男は苦悶に表情を歪めた。
「が、はっ……!!」
勢いよくゴロツキは弾き飛ばされ、積み上げられた木箱に突っ込んだ。
ガラガラと木箱が崩れ、ゴロツキの頭に落下する。
起き上がる気配はない。気を失ったみたいだ。
「あっ、アニキィッ!!」
一番体のデカい男がやられると、残りの二人は怖じ気づいたように慌てた。
彼らは倒れたゴロツキを肩で抱えると、一目散に逃げ出していく。
「ちきしょうっ! お、覚えてやがれっ!!」
走りながら、そんな捨て台詞を吐いていった。
「君、大丈――?」
「ものすごい剣技でしたねぇっ! 今のは森羅流の風柳、あるいは虎水流の水瓶でしょうかっ?」
女の子が勢いよく俺に寄ってくる。
その拍子にかぶっていたフードが外れ、顔があらわになった。
髪は薄桃色のセミロングで、くりくりと丸い紫の瞳は子どものような好奇心で輝いている。
黙っていれば貴族のお嬢様にも見えるが、その表情はうるさいほどに強く主張している。
「し、しんらりゅう……? えっと……」
「流派ですっ、流派っ! あなたの剣術の流派と、使った剣技ですっ。なんですかっ!?」
「流派……俺は――」
「待ってくださいっ! ネタバレ禁止ですっ! 当てますね。わたし、こう見えても、達人なんですよ」
「け、剣の達人ってことか?」
「いえ。剣術マニアの達人です!!」
剣術マニアの達人……
とにかく、剣に詳しい人ってことかな?
「それはすごい」
「ですよねっ! なんですけど、んー、難しいんですよね。森羅流の風柳よりは体捌きが少ないですし、虎水流の水瓶と比べると相手の剣に干渉しすぎなんですよっ! ということは!」
「ということは?」
「全っ然、わかりませんっ! あはははっ!」
太陽かと思うぐらい、底抜けに明るく、眩しい笑顔だった。
「正解はなんなんですかぁっ?」
「俺は流派とか知らないんで、適当で」
「我流ってことですかぁっ!!??」
ただでさえ距離が近かったのに、その子は更にぐいと詰め寄ってくる。
まるで宝物を見つけたように目が爛々と輝いていた。
「う、うん。そう」
「格好いいですねぇ!! あ!!!! じゃ、お名前教えてくれませぇんっ?」
「俺は――」
「わたしはプリシアって言います。プリシア・ロー・ザディードです。馬小屋育ちのニココさん」
聞かれてたのか。
「じゃ、なんで名前聞いたんだ?」
すると、なぜかプリシアはきょとんとした表情を浮かべ、俺の目をじーっと見つめてきた。
「な、なに?」
「ニココさん、プリシアのこと知ってますかぁ?」
「え、はい、今、知り合ったから」
「今知り合った? ふふふっ、そうですよねぇっ、今知り合ったから、知ってますよねぇっ。プリシア、なに聞いてんのかなっ? はははははははははっ!!」
この子、なんだろう?
笑顔の圧が強いな。
「ニココさんは剣選を受験しに来たんですか?」
「そう。剣選を――あ!」
やばい。受験票!!!
「どうしたんですか?」
「受験票を落としたんだっ! 捜さなきゃいけないからっ!」
俺は路地裏から離れ、宿屋までの道を戻ることにした。




