ゲームのヒロイン様!
四年が過ぎた。
ついにここから本当の戦いがはじまるんだ。
ロシュフォール領を離れて、わたしは王都にあるユーリン学園へ通う。
「お姉様ぁ学園に行っても私のことを忘れないでね!」
黒髪の美少女、十三歳になったニアちゃんが胸に飛び込んできた。
泣いている彼女の頭を撫でて、わたしもズビっと洟を鳴らす。
故郷を離れる不安より、友達と会えなくなるのが一番さみしい。
「忘れるわけがないよ。わたしたちはずっと友達ですわ!」
「お手紙おくるから絶対に返してね」
「楽しみにしてるよ」
「その日の内に返すんだよ? 一日でも遅れたら許さない」
「う……んうん?」
「あと、お揃いの耳飾りはお風呂以外で外しちゃダメ」
「……き、気をつけるよ」
「可愛い子に付いていくのもダメだよ?」
「……」
「お姉様は異性には厳しいけど、女の子にはすぐ鼻の下を伸ばすから」
「……はぁい」
なんだか後半は説教じみた会話になっていた気がするけど、わたししか友達がいないから嫉妬しちゃってるのかな?
昨日も一緒のベッドで寝ていた時に、ずっと抱き付いてきたし。
わたしもつい嬉しくて、抱きしめ返したら、幸せそうに目を細めてきたっけ。
ここは無二の親友として安心させてあげよう。
「ニアちゃんより好きな子なんて出来ないから安心して」
「……約束ですよ? わたしも好きだから、信じてますからね」
「約束しますわ!」
そういうと、ようやくニアちゃんが解放してくれる。
異世界に転生して十五年。
第二の故郷ともいえるロシュフォールを離れるのは、心にぽっかりと穴が空いたような寂しさがある。
学園で目立たないモブとして過ごし、主人公達のシナリオを見届けるのがわたしの役目。僅かでもヴィオレッドの凌辱エンドに繋がりそうなフラグがあれば即座に叩き折る。メインキャラが王国を救うまで油断はできない。
「ヴィオレッド、そろそろ行きますよ」
「はーいですわ!」
メイド兼護衛として一緒に学園に付いてきてくれるウィン先生と一緒に馬車へ飛び乗った。大勢の人達に見送られて、わたしはついにゲーム本編の舞台へ躍り出るのだ!
◇
「ふわぁー見てくださいウィン先生、王都ですよ王都!」
「ちょ、田舎者と思われるのでやめてください、恥ずかしい」
揺れる馬車の窓から顔を突き出して、大声ではしゃぐわたしをウィン先生が引っ張ってくる。
初めて眺める王都の街並みにわたしは心躍らせた。
馬車の窓から見える景色には、『truelove fantasy erotic』で何度も見た光景が広がっている。
中世ヨーロッパを想起させる、趣のある石造りの街並み。
石畳の敷かれた街道を進むと、主人公ちゃんがメインキャラの男達とデートスポットで利用していた広場が目に映る。
うぉぉぉと興奮から鼻息が荒くなった。
あそこでヒロインを操作して、シャルル殿下の好感度稼ぎに励んだものさ。
当時の記憶が蘇り、ほっこりと頬が緩んでしまう。
恋愛イベントが成功するたびに、ゲームを貸してくれた後輩のちーちゃんへ報告のメッセを送って、盛り上がってたのが懐かしい!
(このくらいにしておきますか)
本音では街中を大声で駆け回って観光したいけど、注目を集めたら凌辱まっしぐらだ。
王都ではつつましく、和菓子のように甘さ控えめなわびさびのある淑女としてやり過ごそう。
わたしは隣に座っているウィン先生にピタリと肩をくっつけた。
気が付けば、もうウィン先生の身長を追い抜いて、コテンとわたしの側頭部が彼女の頭に乗っかる。
「……っ」
ピンと背筋を伸ばして固まるウィン先生に、わたしはふんふんと足をばたつかせながら口を開く。
「一人だと寂しくて死んじゃうけど、ウィン先生が来てくれてよかったですわ。これからも、毎日一緒にベッドで寝ましょうね?」
「……貴方、ニアちゃんにあんなこと言っておきながら、大丈夫なんですか?」
「何か言いましたっけ?」
「いつか刺されますよ」
「ふぇ!?」
ウィン先生の中でニアちゃんはどうなっているんだ。
あの子がそんな狂暴なわけないだろ。
週二で泊まりに来て、その度に一緒にお風呂に入って同じベッドで過ごしてきたけれど、天真爛漫な良い子だよ。
「いくら友達がいなくて寂しがり屋のニアちゃんでも、わたしとウィン先生が仲良くしたくらいで、暴走しませんわ」
「私は時々、身の危険を彼女から感じてましたけどね」
「大袈裟だなぁ」
コホンと、頬を赤らめながらウィン先生が咳払いをする。
「ともかく、私は貴方に節操というものを覚えてほしいです。特に恋愛関係で」
「心外ですわ。むしろ、わたしほど男性に対して身持ちが固い女はおりませんよ。ないない、ウィン先生が心配するようなことは」
「……何一つ疑いが晴れてないんですが」
まあ、彼女はわたしが前世の記憶を持っていることを知らないから、そう心配するのだろう。
この野蛮な世界で恋愛をしたいなんて一ミリも思わない。
わたしのスタンスは常に花より団子よ。
その時だ。
どこからか甘い香りが漂ってきて鼻を刺激する。
「こ、これはっ!?」
「どうしたんですかヴィオレッド!?」
驚くウィン先生をスルーして、わたしは御者のおじ様に叫んだ。
「あそこで馬車を止めてくださいましっ!」
「へぇ? わ、わかりやした」
ビシッと指を突きつけると、馬車は甘い砂糖の香りが立ち込める屋台の前で停車。
「ウィン先生いきますわよ!」
「どこにですか!」
「クレープ屋ですわ!」
ゲームで数えきれないほど足を運んだクレープの屋台がそこにはあったのだ。
このクレープ屋さんはヒロインの大好物でゲームに頻繁に登場する名スポット。
幸せそうに食べる彼女の顔に癒されて、ああいつか食べてみたいなぁ! って何度も思ったの。
ひょいっと馬車から降りて、屋台のお姉さんにわたしはウキウキで言った。
「「バナナクレープをください」」
「「え?」」
ハモった。
合唱コンクールの練習最終日かよってくらいピッタリに。
ビックリして、横を見ると、ぽかーんとした茶髪ボブの可愛い少女と目が合う。
クリっとしたあどけない赤茶色の瞳。
愛嬌漂うそのお顔は、どこか親しみやすい下町娘って雰囲気で溢れていた。
ゲームで穴が空くほどに眺めたその顔を忘れるわけがない。
平民ながら貴族の通う学園に入学を許された天才少女。ゲームのヒロイン様、アイラ・クイットちゃんだ!
「ふんびゃぁ!」
ゾッと寒気が走り、あまりの恐ろしさに変な声がでちゃった!
(ええ、なんでここで出会っちゃうの!? って、そうだ、アイラちゃんのお気に入りの場所なんだから、あたりまえじゃん! どうしてそんな簡単なことも気が付かないのわたしの馬鹿ぁ!)
同時に注文を受けたお姉さんは、わたしの顔を見てしばらく静止。ハッと意識を取り戻すと、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「ご、ごめんねぇ、今日はお客様が多くてあと一個しかつくれないんだ」
わたしは条件反射で叫んだ。
「こ、この子にあげてくださいまし!」
「あ、あのわたしはいつも来てるのでいいです……」
譲ろうとしてくれるアイラちゃんだけど、こっちを見つめる彼女の顔は真っ赤になっている。うわぁ絶対に怒ってるこれ!
「結構ですわ! あなたの方が先に並んでたので受け取ってくださいまし!」
「いやそんなことないですよ。それに、ここのクレープは美味しいから、初めての人に譲りたいなって」
「どうしてわたしが初めてだと決めつけるんですか!」
「そんなの店員さんの反応を見れば分かるよぉ」
エスパーかよ。どういう観察眼してんの!?
当てずっぽうだろうけど、当たってるからなにも言い返せない。
「ぐぬぬ」
アイラちゃんとは学園で一言も会話を交わすつもりもなかったのに、入学前からトラブル発生なんて罠すぎる。顔を覚えられる前にこの場から離れたい!
視界がぐるぐると回ったわたしは、とっさにその場から離れようとして、石畳の隙間に躓いた。
「あ」
ひゅんとバランスを崩し……
瞼を限界まで見開くアイラちゃんの顔が視界に迫ってくる。
わたしは力を振り絞って踏ん張った。
ピタッと。
《《体は》》ぶつかるギリギリで立ち止まる。
だけど、止まりきれなかった場所もありまして。
唇に柔らかい感触が伝う。
でも、それはほんの一瞬で。
わたしはさっと身を引いた。
咄嗟に指先で自分の唇を抑える。
視線をあげると、アイラちゃんも同じポーズをとっていた。
時間が止まる。
騒がしい街の喧噪は遠ざかり。
そよ風が火照ったわたしの頬を撫でていった。
(な、なんで……わたしゲームの主人公ちゃんとキスしてんのぉぉぉぉ!?)
サーっと血の気が引いたわたしは、問答無用でペチンと屋台のカウンターに大銅貨を一枚置いた。
「これで貴方が食べてくださいまし!」
「ええ!? あの、せめてお名前を!」
「結構です!」
返事を待たず、プイとわたしは顔を逸らして馬車にダッシュで乗り込んだ。
やっば、死ぬかと思った。
心臓はまだドクドクと高鳴っている。
そして、冷静さが戻ってきて頭を抱える。
(こんな展開はわたしの想定になかったのに、どうして!?)
一連のやりとりを眺めていたウィン先生が白けた目でわたしを見ていた。
「嘘つき」
何が嘘なのかわたしにはさっぱり分からないけれど、ここから始まる学園生活が、トラブルまみれになる予感がして、どうにも落ち着かないのであった。




