帝国魔術師の末路とその後
ロシュフォール邸裏手にある雑木林に隠れていたフランシスは、分身体の信号が途絶えて歯ぎしりをした。
「なんだあの化け物は!」
帝国魔術師である彼にとって、この任務は楽な仕事のはずだった。
アザールを扇動して、ロシュフォールにぶつける。民との間に埋まらない溝が出来上がれば、必然的にロシュフォールは帝国側に傾く算段だったのに……。
「あんな魔術は帝国でも見たことがないぞ!?」
フランシスは自他ともに認める実力派魔術師だ。
土で分身体を操る上級魔術、クリエイト・ゴーレムは帝国でもごく一部の者しか扱えない。だが、あのヴィオレッドが魅せたファイアーボールは常軌を逸していた。
殆どの者が花のように美しい炎に見惚れていたが、あれはそんな生易しいものじゃない。
もしあの魔術が攻撃に用いられたら、どうなるか想像するだけで寒気がする。
100発を超える超高威力の極大速射型のファイアーボール。
戦況を一発でひっくりかえせるほどの大魔術だ。
「くそっ、あと少しのところだったのに」
アザールに魔術を放ったのはフランシスだった。
土壇場で和解を示そうとするアザールを、騎士団になりすまして攻撃することで、事態の悪化を図ったが無駄に終わった。
「帝国にどう報告すればいいのだ……いや、あの少女の脅威を伝えることが優先か。奴は王国侵攻の大きな壁となるだろう」
そう思えば、悪くない結果だったとも言える。
安全圏から観察していたフランシスに追手がくることもあるまい。
さっさと逃げ出してしまおうと、踵を返した時だった。
「どこへ行くんですか?」
「ッ!?」
振り返ると、そこには身の丈ほどもある杖を持った魔術師がいた。
緑のおさげ髪をした、背の低い少女。
あどけない顔の彼女は、半眼でフランシスを睨む。
「お前は誰だ……どうしてここがわかった!」
「ヴィオレッドの魔術教師をしています、ウィン・ベッカーです。貴方の存在は気配でわかりました」
「け、気配だと!? なにを馬鹿なことを」
「迂闊でしたね、逃げるつもりならもっと遠くにいるべきだった。まだまだ彼女には及びませんが、この程度の距離なら私でも感知できます……いや、なったというべきかな? 修行を頑張ってきたおかげですね。自分より優れた弟子を持つ師匠は大変ですよ」
「戯言を抜かしやがって!」
どういう手段を用いたのか知らないが、ウィンという女はフランシスの居場所を突き止めていた。
ゆっくりとウィンが杖を持ち上げる。
「ヴィオレッドも私達に感づいています。ぐずぐずしてたら来てしまうので始めましょう。優しいあの子のことですから、きっと貴方を殺せません。出来たとしても悲しむでしょう。汚れ役を引き受けるのも師の務めです」
「ふん、ならば好都合、貴様をさっさと処分して逃げるとしよう。大人しく隠れていれば命を無駄にせずにすんだのにな!」
静かな夜。視界の悪い雑木林の中で、二人の魔術師がワンドと杖を突きつけて緊迫した空気が漂う。
魔術師の一対一の近距離勝負において、速さこそが絶対の正義。
帝国魔術師として自信を持つ自分が、このような幼い見た目をした少女に負けるわけがないとフランシスは考える。得意の土魔術を高速詠唱で放てばそれで終わりだ。
しかし、まるで思考を読んだかのようにウィンが呆れ声で言った。
「その油断しきった目……学びませんね。見た目で判断してはいけないと知ったばかりでしょうに」
「黙れっ生意気な小娘ごときが! あの世で後悔しろ!」
フランシスがワンドに魔力を込めて詠唱を口ずさもうとする、が……
「なっ!?」
すでにウィンの魔術は完成していた。
けたたましく弾けるような音をかき鳴らして、幾条もの白き雷光が発生する。
魔術の工程を完全破棄した無詠唱魔術。
それもただの魔術ではない。
あれは、あの魔術は……雷系統の超級魔術……
「き、貴様ぁ」
「ヴィオレッドに修行の成果を見て貰えないのが残念ですね。さあ終わりにしましょう」
≪サンダー・フォース≫
視界を埋め尽くす白い世界に飲み込まれる。
(なぜロシュフォールにこれほどの手練れが集まって……)
最後の言葉も、肉片の一つすらも残すことなく、フランシスの体は焼き尽くされて消え去った。
◇ side ヴィオレッド
騒動が終結して一夜が明けた。
いやマジで昨夜はショッキングな光景の連続!
シナリオ通りに反乱は起きるし、アザールさんは片目を失った。もしかすると、シナリオの強制力的なのが働いてるのかな?
そうそう、あの騒動の後にウィン先生は土人間を操っていた人と戦ってたっぽい。
一応わたしも駆け付けたんだけど、あのロリっ娘「なにもなかった」ですって。
わたしも「そうですか」と追及はしなかった。
大体は何が起きたか理解してるし。
その人の気配が消えてたから、多分そういうことなんだろう。
彼女がやってくれなければ、わたしが相手をすることになっていた。そしたらきっと、わたしはそこまで冷酷な決断は下せなかったと思う。ウィン先生なりに、わたしに気をつかってくれた決断なのだ。
なので、わたしは手を合わせてむむむー、と感謝の念を送っておいた。
いつかわたしも人を殺す時がくるのだろうか?
できれば避けたいものだ。
元日本人の感覚的に、流石にそこまでは……と思っちゃう。
あ、それとニアちゃんを攫ったエノーさん達は、お父様がきっちり回収して牢屋にぶちこんだ。どんな処罰が下るかは、法の裁きにまかせる。もう関わりたくないからね。
◇
あれから数日が過ぎた。
魔術と剣術の修行を並行し、自由時間はニアちゃんと遊ぶという平和な日常が帰ってきたのだ。
しかし、変わったこともある。
ニアちゃんと魔術修行兼農作業のために畑に向かうと……
「あらヴィオレッドちゃん、今日も来てくれたのかい偉いねぇ。これウチで採れたやつたべておくれよ」
「は、はあ」
新鮮そうな玉ねぎを一袋渡される。
そのままさらに数十メートルほど歩くと、
「お、領主のお嬢さん。暇だったら、俺の畑にある水路を魔術で掃除してくれねえか、ドブが詰まってるんだ」
「い、いいですわよ」
「んじゃ、これお礼な」
どさっと、一抱えもあるジャガイモを農家のおじさんからうけとった。
ずっしりと重たい野菜がわたしの細い両腕にのしかかった。
いや、なんなのよこれ。
というか、普通に名前も呼ばれてるし、お忍びの意味ないじゃん!
そりゃまあ、花火を打ち上げたり、目立つようなことをしちゃったからバレるのは仕方ないけど、目立たないモブ計画が早くも頓挫しそうな勢いだ。
い、いや落ち着こう。
ここは学園じゃない。
多少目立ったところで、問題はない……と思う。
重要なのは主要キャラ達に認知されないことだ。
シャルル殿下は手遅れだけど冷たくあしらってるから、ヒロインと出会えばわたしへの興味も薄れるだろう。
平常心、平常心。
ここでの評価が学園にまで届くことはないのだから、慌てることはない。
わたしは学園では空気として過ごし、あらゆる事件を見過ごして、平和な鈍感系を演じるのだ。どうせ主人公達が全部解決してくれるんだから、別にいいよね。
「お姉様、また新しいはにわが欲しいです」
「いいよ、今日はどうしよっかな~」
あの事件の後、ニアちゃんから謝罪があった。
なんと彼女、いままでぶりっ子のフリをしていたのだという!
あの甘ったるい猫撫で声も、可愛い仕草も全部計算だったとは!
おいおい、年上のお姉さんを騙すとは彼女もやり手である。
初対面のあの日に、怪しい表情をしていたのは見間違いではなかったようだ。
でも、その動機を聞いて笑っちゃったよ。アザールさん達が、ロシュフォールに悪いことをしようとしたから、間に入って仲直りさせたかったんだって。
もうね、思わずニアちゃんを抱きしめちゃった。
そんな子を嫌うわけがないじゃん。
もっと好きになるだけだって。
「お姉様って凄いですよね。魔術の技術もそうだけど、剣の筋も良いってお父さんが褒めてたよ。もう十分強いのに、どうしてまだ訓練をするの?」
「15歳になったら学園に通いますからね。もっと強くならないと、わたしの運命を変えることはできませんですわ」
「……運命って?」
「こちらの話ですわ。ほら、はにわができましたわよ」
名付けるなら……ガンダ……ロボット風はにわ。
お父さんが作ってたフィギュアを思い出しながら作ってみた。
……というかこれ、もうはにわじゃないわ。
教科書で眺めた程度のにわかボキャブラリーはとっくに枯渇していた。
「わあ、ありがとうございます! 大切にしますね!」
すると、ニアちゃんはもじもじとつまさきで地面にのの字を描き、頬を染めて上目遣いで見つめてくる。
「お、お姉様は学園に行ってもニアのこと忘れないですかぁ?」
ぬぉぉー!?
ここにきてこれはガチデレじゃないだろうか!
か、かわいい。
わたしはつい嬉しくなってしまう。
「あたりまえだよ、ニアちゃんが一番大好きですわ!」
「だ、大好きって……おおげさだよぉ」
「ううん、本当に本当に大好きだよ! 一生そばにいて欲しいくらい好き!」
「い、一生!? そ、それって……どういう意味ですかぁ?」
「ニアちゃんが想像してる通りに決まっておりますわ」
だって、うちら無二の親友だもんね!
「お姉様とならわたし……うぅ、恥ずかしいよぉ」
すると、ニアちゃんが瞳をうるっとさせて、恥ずかしそうに見つめてくる。
「お姉様、少しだけしゃがんでください」
「うん? いいけど……」
膝を曲げて待っていると、左頬からリップ音がなった。
しっとりとやわらかな感触に、わたしは目を瞬かせる。
「ん?」
ニアちゃんを見ると、熟したトマトみたいに真っ赤になっていた。
そこでようやく、ほっぺにキスをされたんだと気がついた。
「あ、あのぉ、私はまだ子供だから、これ以上は……」
「……ニアちゃん」
「見ないでっ」
わぁっと目をつむって、身じろぎする彼女にわたしは笑ってしまう。
これはあれかな?
ニアちゃんなりにお友達としての絆を伝えようとしてくれたのだろう。
子供らしい彼女の発想に、ついからかいたくなってしまった。
「じゃ次はわたしの番ですわね!」
「えっ!?」
カチコチに固まってしまったニアちゃんの体を抱き寄せて、わたしもほっぺに唇を落とした。
「~~~っ」
「ふふ」
「はずかしいよぉ」
真っ赤になった照れ顔を隠すように、ニアちゃんが土人形を顔の前に持っていく。
その仕草がまた愛らしい。わたしは彼女の頭を撫でながら、にへらとほほ笑む。
「ニアちゃんは本当に可愛いねぇ~」
「うぅ……」
「そんなにわたしのことが好きなのかなぁ?」
「……はぃ……ニアはお姉様のことが大好きです」
やたらと熱っぽい言い方にちょっとドギマギしてしまったけど、彼女もわたしを親友と思ってくれているようでなによりだ。
◇
蒸し暑くなり始めた夏夜の空気が、フォドン剣術道場に充満する。
大勢の者がところせましと詰め込まれたその場所に、ギヨーム・ロシュフォールが現れた。この場にヴィオレッドはいない。
かつて革命が論じられていた秘密の会合に領主である彼が足を運ぶことには大きな意味があった。領民と向き合う姿勢と誠意を示しているのだ。
そして、この場にいるのは道場の門弟だけではない。
ロシュフォールの町で、主要な役割を持つものが集まっている。
全員が今後のロシュフォールの行方を本気で憂う者達だ。
腰を下げて慇懃な礼をする師範のガリル。
「よくぞ来てくださいましたギヨーム様」
「よい、皆肩の力を抜いてくれ。この場に立場など関係ない」
それを合図に、白熱した議論が始まる。
ギヨームは説明した。
帝国の魔の手が迫っていること。
ヴィオレッドの説得により、変わろうと決心したのだと、包み隠さずギヨームは話した。
ある者は民を想う優しいヴィオレッドに涙を流し、ある者は過酷な訓練を乗り越えたヴィオレッドの話に胸を熱くした。
彼女がロシュフォールの英雄だと誰もが認めた瞬間だった。
そして、今後ヴィオレッドはどう動くつもりなのだろうと誰かが言った時、道場の隅で黙って話を聞いていた黒髪の少女が立ち上がる。
その胸には、ずいぶんと前衛的な造形をしている土人形が大切そうに抱きしめられていた。
「お姉様は言いました。学園で運命を変えると」
ライトブラウンの瞳を見開き、ギヨームが驚く。
「学園……そうか、そういうことか」
ロシュフォールで最も大きな商会を持つ男が質問した。
「どういう意味ですか領主様」
「娘が入学する代は豊作の年と言われている……大物貴族の子供が多いのだ。第二王子のシャルル殿下、王国騎士団の団長の子や、宮廷筆頭魔術師の子など大勢の子達が通う。その中には帝国と繋がっている輩もいるだろう」
「まさかっ、ヴィオレッド様は……」
「ああ、あの子は内側から王国の体制を変えようとしているのだ。学生を通して帝国と繋がる貴族を見抜き、王国を正しい道へと歩ませるつもりだ」
間違いないと、自信たっぷりにギヨームが頷く。
その壮大な計画に、全員が唖然とし、しかしヴィオレッドならばやってくれるに違いないという予感がこみ上げてくる。
「これは領主として、そしてあの子の父としての頼みだ。やがてくるヴィオレッドの改革を全力でサポートするために、力を貸してくれないか?」
眼帯をつけた男、民衆のリーダーに抜擢されたアザールが笑った。
「言っただろ、彼女には返しきれない恩がある。いくらでもやってやるぜ」
「ありがとう」
ギヨームとアザールが握手を交わす。
全員がついに一つになったのだと互いに実感した。
こうして、ロシュフォール領はヴィオレッドの壮大な計画を推し進めるために、一致団結し、その時に全力で備えるのだった。




