わたしは星降る夜に煌めく桃色の流星!
流星の如く現れたヴィオレッドにエノーは混乱した。
「どうなってやがるっ、なぜ空からお前が!?」
擦り傷だらけのヴィオレッドはぱちくりと瞼を瞬かせ、ロープで縛られたニアを凝視する。
「……」
何度も不思議そうに首を傾げていたヴィオレッドの顔は、やがてみるみる赤く染まり、憤怒の表情が張り付いた。
「……エノーさん、貴方ニアちゃんになにをしたんですか?」
口ぶりは静かに、しかし淡々と怒りを含んだ声だった。
「見りゃ分かんだろ。これが、ごっこ遊びに見えるのか?」
「……まさか、幼い少女に手を出してしまったのですか!」
「俺を貴族の変態共と一緒にすんじゃねえ。年端もいかない少女に興味はないさ」
「……では、よからぬことはしてないんですわね?」
「まあな」
ヴィオレッドはホッと息を吐き、胸をなでおろす。
だがすぐにその苛烈な視線をエノーに叩きつけてきた。
「なぜニアちゃんをロープで縛ってるのですか」
「貴族の中にはこういう子が好きなのがいるらしくてな、性奴隷で売り払うんだとよ」
ギリっと歯を食いしばり、ヴィオレッドがその小さな拳を握りしめる。
「やはり男性は信用できませんね。もう確信しました、この世界で信じられるのは同性だけ。許しません、絶対に許しませんわ!!!」
「へ、大口を叩くのは結構だが、お前程度じゃ俺らは倒せねぇぜ?」
「貴方達に相応しい天罰を与えます!」
ヴィオレッドの剣の技量は、ともに訓練してきたエノーもよく知っている。
歳の割にはやる程度。相手にもならない。そして、彼女は帯剣すらしていなかった。
「護衛のウィンとかいう女もいねーお前になにが出来るんだ? ドラゴンだってアイツに倒してもらったんだろ?」
ヴィオレッドは魔術師との噂だが、10歳程度のガキを恐れる必要はない。
エノーは剣を手に、ゆっくりと彼女に近づく。
「どうやって飛んだかは知らねぇが、落ちてくる場所が悪かったな。既にここは剣士の間合い。魔術詠唱の隙は与えない。おい、てめーら、ヴィオレッドの口元に注意を払いながら全員で囲んでぶっ殺すぞ」
「ぐへへ」
「任せろって」
「今日はツイるぜ、こんな可愛い子をおもちゃにできるんだからな」
(ちっ、見てくれに釣られやがって……まあ、それだけコイツの容姿はとびぬけているからな)
「お姉様逃げて!」
口を縛られたニアが叫ぶ。
布をかまされたせいで聞き取れないが、ヴィオレッドを案じているのだろう。
絶体絶命のピンチに立たされたはずのヴィオレッドは、しかし穏やかに笑う。
「大丈夫ですわ。必ずあなたを助けますから待っててくださいまし……わたしは絶対に友達は見捨てませんの」
盗賊に扮した男十三人に囲まれてヴィオレッドは一切動じない。
最初は怯えて立ちすくんでいるのだと、エノーは思った。
だが、どうにも様子がおかしい。余りにも落ち着きすぎている。
「エノーさん、わたしは怒っておりますわ。だから、手加減は出来ませんことよ」
≪精霊よ、この手に剣を≫
突然、彼女はそう言った。
誰に伝えるでもなく、魔術の詠唱ですらない。
だが奇跡は発動した。
彼女の足元から土くれが盛り上がり、剣の形を縁取る。
それはまるで、彼女が道場で使う木刀を模したように瓜二つ。
ゾクッと背筋が震え、冷や汗がエノーの頬を伝う。
「無詠唱だと!?」
あり得ない光景だった。
魔術詠唱なしで、魔術を行使するなど聞いたこともない。
嫌な予感が胸をよぎり、エノーは叫ぶ。
「テ、テメーらッ、いますぐその女を殺れ!」
その叫びは、本能的な恐怖から飛び出た言葉だった。
だが、判断が一歩遅れた。
土剣を握りしめた彼女は、仲間の一人に目にも止まらぬ剣速をお見舞いする。直撃を食らった男はグォォォンッと砲弾のように横一直線にぶっ飛んで岩に衝突した。
たまらずエノーが吠える。
「なんだその威力は!?」
「剣に風魔術を纏わせているんですわ。触れただけで木っ端みじんですわよ?」
土剣を覆うように、ゴウゴウと戦慄の音をまき散らす風の螺旋が吹き荒れていた。
彼女がだらりと腕をさげると、剣の切っ先に触れた地面が轟音を奏でて地面を抉る。
その威力を疑う余地はない。
しかも、エノーは見てしまった。
土剣による一撃は、男の急所を打ち抜いていた。
岩に衝突をした仲間は股間を手で押さえながら、意識を手放している。
苦悶に満ちた表情は、どれだけの痛みだったか、同じ男として想像もしたくないとエノーは思った。
仲間達も同じことを感じたのだろう。青ざめた顔で股間を押さえている。偶然だろうが、打ちどころが悪かっただけで片付けられる話じゃない。あまりに規格外な魔術の行使に、エノーは絶叫する。
「そんな魔術は、聞いたことないぞ!」
「そうでしょうね、いま作った魔術ですもの」
「!?」
「精霊魔術はただ、そうあれと念じればいいだけですわ」
無詠唱に、精霊魔術、即席による魔術創造、エノーの常識が瞬きの間に塗り替えられていく。
「わたしは道場で一生懸命訓練する皆様のことを尊敬しております。なので、魔術の一切を封印していたんですわ。先輩に敬意を払うのは当然ですからね。でも、貴方達に遠慮は必要ないでしょう」
ヴィオレッドが再び剣を振ると
「ほっ!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
ゴツンと快音を鳴らして、また仲間が飛んでいった。
そして次々に、
「ほっ!」
「ひぎゃぁぁぁぁぁ!?」
「ほぉっ!」
「どおぇわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
一人、また一人とあっという間に、仲間達が消えていく。
そして土剣で殴られる度に、グチャッと血なまぐさい音が響く。
エノーは恐ろしい事実に気がつく、いや気がついてしまう。
(そんな、嘘だと言ってくれ。こんなことが許されていい筈がない。頼むから勘違いであってくれ!)
エノーは神に祈りながら、目の前の少女に問うた。
「お、お前まさかわざとアレを狙ってるのか!?」
やられた仲間達は、奇しくも同じ姿勢で地面に横たわっていた。
悶絶した表情のまま、股間を手で押さえて気絶している。
すると、ピンク色の悪魔はこの世の悪を煮詰めたような禍々しい顔で笑った。
「当然ですわ。言ったでしょう、貴方達に相応しい天罰を与えますと」
無詠唱魔術を見た時の比じゃない悪寒が心を凍らす。
エノーは恐怖に染まった絶叫を仲間達に放った。
「ぜ。全員で一斉に掛かれっ! 背後から襲うんだ!」
一秒でも早く、この地獄を抜けださなければならない。
そうしなければ、次にああなるのは自分だと、誰もが感じ取った。
「ひぃぃぃっぃ!」
「し、死ねぇぇぇ!」
「はぁぁぁぁ!」
青ざめた男達が、少女に殺到する。
しかし、ヴィオレッドはニヤリと口角をあげて……目を瞑った。
「なっ!?」
四方を敵に囲まれている状況での自殺にも等しい行為。
戦うことを放棄したのか?
そう思ったエノーだが、またもや彼の予想は裏切られる。
ヴィオレッドは死角から迫った一人を、文字通り見もせずに薙ぎ払った。
「どうなってんだよ!」
まるで、全方位に目がついてるかのように、彼女は気配だけで敵の動きを察知し、仲間を次々になぎ倒していく。それも、的確に男の急所だけを狙って。
気がつけば、残っていたのはエノーただ一人。
ピンクブロンドの瞳が、エノーを見据える。
正確には、エノーの股間をだ。
土くれの剣を正眼に構えるヴィオレッドに、ガクガクと手の震えが止まらない。
「ば、化け物っ! お前みたいなガキが存在していいわけがない!」
「失礼ですわね。生んでくれたお母様に謝ってください。それに……貴方みたいな悪党に言われたくないですわ」
ヴィオレッドが地面すれすれに切っ先を向けて、下段からすくい上げる。
「友達を泣かせた人は絶対に許しません!」
「やめろぉぉぉ!」
股間に必殺一撃を喰らう直前、エノーは関わってはイケナイ奴に手を出してしまったのだと、今更になって後悔をした。
恥骨を伝う衝撃音、大切ななにかがプチっと潰れる感触を最後に、エノーは意識を失った。
◇ sideヴィオレッド
エノーさんは、どうやらニアちゃんをロリコン変態貴族に売り飛ばそうとしていたらしい。
許すまじ……怒りで頭が真っ白になっちゃう。
そのせいで、つい本気を出してしまった。
剣と魔術の融合。
精霊剣術とでもいうのだろうか。
ぶっつけ本番だったけど、成功して良かった。
「大丈夫!? もう怖くないからね!」
ニアちゃんの拘束を解いてあげる。震えて怯えてると思ってたら、予想に反して彼女はぽけーっと呆けてわたしを見つめていた。
「お姉様……こ、こんなに強かったんですか?」
「え、えへへ、まあね?」
「でも道場では一番弱っちいのに……」
「魔術を封印してたからね」
「……人形を作れるだけじゃなかったんだ」
小声でなんかぼそぼそ言ってる。
もしかして、今更になって怖くなってきちゃったのかな?
指をこねて、上目遣いで見上げてくるニアちゃんは、頬を赤らめて恥ずかしそうにする。
「……お姉様、格好良かったです」
「どんなことがあっても、ニアちゃんを助けるために駆けつけますわ」
「……うん。物語の英雄みたい」
何故か目を逸らし、赤くなった顔面を両手で隠していたニアちゃんだが、思い出したようにさっと顔を青ざめさせた。
「そうだ! お姉様っ、お兄様が大変なんです!」
なんと、アザールさんはエノーさん達に騙されて、わたしの屋敷に向かってるらしい。しかも、攫われたニアちゃんを助けるために、なにをしでかすかわからない危うい状況なんだとか。
マズイ!
もしかしてこの展開って、ゲームのシナリオに近い内容で進んでないか?
だとすると、アザールさんはロシュフォール軍の返り討ちにあって、その恨みを生涯忘れない傷として残す。
「お姉様っお願いです、どうかお兄様を助けてください!」
「もちろんですわ! いますぐ向かいましょう!」
そう返事をすると、ニアちゃんは目を見開いた。
「い、いいんですか。だって、お姉様はお兄様のこと嫌ってると思ってたから」
「まあ、好きではないですわね。けど、友達の家族を見捨てたりはしませんわ!」
これとそれは話が別。
もう前世みたいに、友達が悲しむ姿を見たくない。
というか、なんかニアちゃん喋り方変わってるような……いつもの猫なで声じゃなくなってる。顔も憑き物がとれたみたいに、ぶりっ子感がなくなってるし。
「お姉様ぁぁ!」
「わっどうしたんですわ」
黒い瞳をぶわぁって濡らして、彼女がお腹に抱き着いてくる。
「帰ったら私、お姉様に謝りたいことが山ほどあるんです! だから、お兄様を救ったあとに話を聞いてくれましゅかぁ」
グスンと泣きついてくる彼女の艶やかな黒髪を撫でる。
「うん!」
「うぅ、ありがとうございます」
本当にどうしたんだろう?
一人称もわたしになってるし。
心境の変化があったのだろうか。
「さあ、ぐずぐずしてられませんわ! ニアちゃん急ぎますわよ!」
「はい!」
まあ、考えるのは後だ!
いまは一分一秒が惜しい。
アザールさんを止めることだけを考えよう!
……ところでニアちゃんって絶叫系平気なタイプだったりする?




