side ニア①
◇ side ニア
なぜこの日なんだろうって思った。
今日はお母様の命日。
お兄様と一緒に、お母様が好きだった場所で、星空を眺めたかった。
だけど、突如現れた盗賊達に襲われてしまった。
お父様の道場の方達が何人も殺された。
お兄様は助かったみたいだけれど、どうやら騙されて領主様の館に、私を助けるために向かったらしい。
「しかしお前も不幸だな、あんな家に生まれたばかりに攫われて、悪趣味な貴族に売られちまうんだからよ」
彼はたしか道場に通うエノーという人だ。
「んんん!」
「ふん、悪いが叫ばれても鬱陶しいからそいつは外せねえぜ?」
喋ろうとしても、口に嵌められた布のせいで言葉にできない。
やめて、と言いたかった。
お父様やお兄様を馬鹿にしてほしくない。
あの二人が領主様に対して何かを企んでいたのは、薄々気がついていた。私の前では取り繕って誤魔化していたけれど、家族だもん。そのくらい分かるよ。
お願いだから危ないことはしてほしくないと私は思った。
家族を失うあの苦しい経験はもう嫌だ。
もしかしたら、お父様達があそこまで復讐に執着するのは、私のせいなんじゃないかなと考えてしまう。
私は生まれながらに体が弱い。
何度も寝たきりの時と、少し元気な時を繰り返す日々。
私が倒れる度に、お父様とお兄様はとても辛そうにしていた。
病気の私なんかよりも、ずっと苦しんでいたように思う。
ある日、夜中に起きると二人がこっそり話をしてるのを聞いてしまった。
「また凛草の在庫がないそうだ」
「……ッ、親父、俺はもう我慢できねぇ! ロシュフォールをぶっ飛ばして、革命を起こさないとニアまで犠牲になるかもしれないぞ」
「……ニアのためにも動く時がきたようだな。門弟達には俺から話す」
その日から二人は色んな人達と話をしたり、こそこそと怪しいことをするようになった。そう、全部私の体が弱いから、私のためにやってくれていたのだ。
だから、二人にやめてなんて言い出せなかった。
どうしたら危ないことから二人を遠ざけられるか、ずっと考えていた。
その時だった、ヴィオレットお姉様が現れたのは。
ごめんなさいお姉様。
私は貴女に謝らなくちゃいけないことがあります。
実は、最初からお姉様が領主様の娘だって知ってました。
道場でお父様がそう言ってたのを、聞いちゃったんです。
それで思いついた。
もし、私がその子と仲良くなれば、皆が復讐をやめてくれるんじゃないかって。
だから、立ち入り禁止の道場に無断で行ってしまったのだ。
ヴィオレットお姉様を一目見た時、なんて綺麗な人だろうって目を奪われた。
天使みたいに可愛くて、お母様みたいに優しい人だった。
正直に話すと、私も結構自分の容姿に自信があったんだ。
お父様もお兄様も、道場の皆だって私を可愛いって褒めてくれるから。
私が可愛く振舞えば、領主の娘だってすぐに仲良くなれると考えてた。
でも、そんな自信は、お姉様を見て一瞬で吹き飛んだけど。
それでも、お姉様と仲良くなるために私は必死に可愛い子のフリをした。
本当は打算で近づいた悪い子なんです。
思い返すと、初対面の時はあざとすぎたかもしれない。
けど、お姉様はちょっと天然というか、私を疑う気持ちが一切なかったのですぐに受け入れてくれた。
いきなり高価なプレゼントを貰った時はとても驚いたんだよ。
騙して近づいたのに、こんな高い物は受け取れないよと必死に断った。
もし断って嫌われたら、仲良くなる計画が駄目になるかもと怖かったけど、その時はしょうがないと思った。なのに、結局お姉様は強引にプレゼントしてきたから呆れちゃうよ。
あの日の贈り物は、今も私の右耳についている。黒水晶のついた耳飾り。お揃いって聞いて嬉しくなってしまったのは秘密。
それから毎日、私はお姉様と一緒に過ごした。
もし病気のことがバレたら、会えなくなると思って、お父様に口止めをした。初めての友達になったお姉様に、病気のことを知られたくないとわがままを装ったら、お父様はしぶしぶ頷いてくれた。
体調が悪いのを我慢して遊び続けたのも、本当はお姉様に気に入られようと必死だったんです。
でもね、多分そんなことしなくても、お姉様なら全部解決しちゃってたんじゃないかな。わざわざ私が手回ししなくても、きっと彼女はお父様とお兄様と仲良くなってしまうのだ。だって、お姉様は誰よりも優しい人なんだもん。
私のためにボロボロになりながら薬草を取ってきたって話を聞いて、絶対にそうだって思った。
あの日からお兄様も、お姉様に心を開いたみたいだった。
ぎこちない二人を陰ながら見守るのは楽しかった。
仲良くなれるかな? なれたらいいな、なんて思ったりしてさ。
星を見に行こうと提案したのも、そのきっかけになればいいかなって。
でも、もう難しいかもしれない。
騙されたお兄様は領主様の屋敷に向かってしまった。
私もここまでだろう。
知らないどこかの貴族に売り飛ばされて、家族と会うことも叶わない。
悪い子だったから神様が罰を与えたのかな?
お願いです神様。
私はどうなってもいいんです。
もう皆に会えなくてもいい。
でも、せめてお兄様だけはどうか助けてください。
そう願って気がついてしまった。
———ああ、私はなんてわがままなんだろう
心がジンジンと痛い。
嗚咽が胸の奥底から溢れ出してきて、我慢しているのに涙が止まらない。
本当はもっとお姉様と遊びたかったよ。
お姉様と手を繋いで色んな景色を見たかった。
すぐに謝れなかったのも、嫌われる勇気がなかったから。
(もう会えないの嫌だよぉ)
だって……私はヴィオレットお姉様が大好きなんだもん。
会えなくてもいいなんて嘘だ。
いますぐぎゅっと抱きしめて、耳元でずっと一緒だよって言って欲しい。
その時。
遥か彼方から流星のように飛翔する何かが、夜空から落ちてきた。
激しい衝突音と土煙をまき散らしながら私達の前でそれは止まった。
「な、何ごとだ!?」
エノーさんや盗賊の皆が慌てて立ち上がり剣を抜く。
もうもうと立ち上る土煙が、夜風に流される。
ふわりと揺れる桃色の髪は、夜に浮かぶ月より目立っていて。
力強い瞳は、どんな星よりも美しく輝いていた。
その姿は、姫を颯爽と助ける物語のハロルドみたいに格好よくて……
初めて出会ったあの時みたいに、彼女は私の視線を釘付けにする。
「お待たせニアちゃん、わたしが来たよ!」
ポロポロと涙が止まらない。
そこにいたのは……私を助けるために駆けつけてくれた、血だらけのお姉様だった。




