革命の灯
「ううう」
応接間で、わたしは泣きじゃくりたいのを必死にこらえていた。隣のソファーには、自慢話をやめないシャルル殿下。
「ヴィオレッド、僕の話を聞いているのかい?」
「ええっ聞いておりますわ!」
「そのぉ、僕ばかりが喋ってるんだが、君の話をもっと聞かせてくれないかなって」
「……口数が少ない性格ですの」
「そっか、性格なら仕方がないか……」
どうしてこんなことになったのだろう。
今夜はニアちゃんと星を見に行く約束をしていた。
なのに……当日になってギヨームお父様が申し訳なさそうに、シャルル殿下が来るから外出禁止と言ってきた。
(聞いてないよぉ、寝れないくらい楽しみにしていたのに……)
せめて、部屋に引きこもってやり過ごそうとしたら、シャルル殿下に捕まりずっとこの調子だ。
(貴方が怖いから、しゃべれないのに気がついてよ)
きっと今頃、ニアちゃんは星空を眺めて楽しく過ごしてる。仲間外れにされたみたいで、胸が苦しい。
(いや、もしかしたら、今からでも間に合うんじゃ……?)
お父様の言いつけは守り、シャルル殿下と会う、最低限の義理は果たした。
これ以上付き合う必要ないよね?
そう思うと、ニアちゃんと遊びたい欲望が噴火のようにせり上がり、我慢できなくなった。
「シ、シャルル殿下、そろそろお暇しますわ」
「ええっもう!? 僕来たばかりなのに」
「……ちょっとだけ体調が悪いんですわ」
「……そうだったのか。ごめん、無理に付き合わせて悪かった。会えてうれしかったです。ゆっくり休んでください」
はあ、と大きな溜息を吐く殿下を残して、わたしは自室へと戻った。
(ふわぁ~ようやく解放されたっ)
「さて、問題はここからですわ!」
お父様達にバレないように向かう必要がある。
だけど、今から馬を飛ばしても時間がかかる。なにより、馬車を用意させたら、絶対にお父様に止められる。なら、方法は一つしかない……。
ゴクリと唾を飲んだ。
「大丈夫よわたしなら出来るって、二回目だし!」
バルコニーに続く大窓を勢いよく開けた。
恐怖心を紛らわすために、グッと両拳を握って、わたしは夜空を睨む。
すると、なにやら町のほうから騒がしい喧噪が聞こえる。
(あれ、お祭りでもやっているの?)
お父様達からはなにも聞いていなかったけど……。
(帰りにニアちゃんと寄っていこうかしら?)
とりあえず、今は目のまえのことに集中しよう。
「待っててね、わたしの一番星!」
精霊にお願いして、わたしは風魔術でバルコニーから飛び立った!
◇sideギヨーム
夕食を終えてしばらく過ぎた頃だった。
血相を変えたソフィーが書斎へと駆け込んできた。
「貴方大変よっ、民達が暴動を起こしているわ!」
「……な、なんだと……」
カーテンをめくり、窓から町を眺める。
暗い夜を煌々と照らす、赤い光が一列にならび、波のように押し寄せてくる。
火だ。大勢の者が松明を掲げて行進をしている。
窓を開くと、風と共に喧騒が書斎に吹き抜けた。
「なにが起きている!?」
「わかりませんわ!」
暴動の灯りは町中を突っ切り、着々と近づいてくる。
「彼等の目的地は……ここか!」
慌ただしく廊下を走る足音が響き、執事のジェフが現れた。
呼吸を整える間も惜しいとばかりにジェフが口を開く。
「ハア、ハア、ギヨーム様っ兵士達から伝令が!」
「話せっ!」
「フォドン剣術道場の一派が、民衆を引き連れて領主の館を目指してるとのこと! いますぐお逃げください!」
「フォドンだと!?」
なぜだ、彼等は娘と仲良くしていたと聞いていたが。
「屋敷の者を避難させよ! シャルル殿下には傷一つ負わせるな!」
「かしこまりました!」
「よりにもよって王族が滞在している時に……」
屋敷内を慌ただしく使用人達が駆け回る。
シャルル殿下は外を眺めてひどく怯えていらっしゃった。
彼の付き人と護衛の男達に目を配り、俺は殿下に進言する。
「シャルル殿下は先にお逃げください」
「でも……」
「ここに貴方の役目はございません。ご自身を守ることだけに専念を」
「わかった。ヴィオレッドも一緒なら!」
「かしこまりました。娘をよろしくお願いします」
王族の護衛と一緒であれば娘も安全だろう。
頷こうとした時、焦燥しきったジェフが割り込んできた。
「ギヨーム様……」
「まだなにかあるのか!?」
「……それが、ヴィオレッドお嬢様が……どこにも見当たりません」
「な……んだと」
「部屋を探したのですが、窓が開けっ放しで、もぬけの殻でございました。もしかすると、暴徒に攫われたのかもしれません」
場の空気がシンと時が止まったように静まりかえった。
取り乱したシャルル殿下がうめき声をあげる。
「うぁ……嘘だぁ……僕の護衛はいい、早く彼女を探し出すんだ!」
彼の護衛達が、シャルル殿下を取り押さえた。
「なりません殿下っ!」
「嫌だぁ!」
「まずは御身の安全が優先です!」
「放せっ、彼女は僕に言ってくれたんだ! 友達になろうって、初めて優しい言葉をくれた子なんだっ! たった一人の友達も救えずになにが王族か! 僕はここに残るぞ!」
ヴィオレッドのために感情をあらわにする殿下に、俺は泣いてしまいそうだった。そこまで娘のことを大切に想ってくれるこの少年に感謝の念が湧いてくる。
だからこそ、俺は周囲の者達に大声で言った。
「狼狽えるなっ、ヴィオレッドの心配は無用だ!」
「なにを言っている!?」
切羽詰まった叫び声をあげる殿下へ、膝を折り視線を合わせて、伝える。
「殿下、あの子は強い。賊などに攫われるものか! この場にいないのはきっと、事情あってのことだ。俺の娘を信じて欲しい」
ソフィーが落ち付いた態度で頷く。
「そうね、あの子なら大丈夫よきっと。だってわたしたちの娘ですもの」
俺達は目を合わせて互いに微笑む。
あの子が修行を終えて、あの魔術を放ったあの日から、なにがあっても信じると決めていた。我が子を信じるのが親の務めだ。
いや、もしかするとこの状況をいち早く察知して動いているのだろう。
正義感の強いあの子だ。絶対にそうに決まっている。
「俺は暴徒の首魁と話をつけにいく!」
「なりませんギヨーム様!」
「どけジェフ、ツケを払う時がきたのだ」
先代の圧政が原因で、こうなったのだ。
責任は現当主の俺にある。
命に代えてもこの場を収めてみせよう。
ヴィオレッドさえいれば、俺がいなくなっても領地を守っていけるはずだ。
ふっ、しかし、なんともまあ。
娘に任せきりで、頼りない父さんだ。
思わず笑みがこぼれてしまう。
あとは任せたぞ、ヴィオレッド!




