和解と不穏
「知らない天井ですわ」
ガリル師範の家、広い客室で目を覚ました。
わたしの最後の記憶は、アザールさんに凛草を渡して、ニアちゃんに煎じて飲ませるところまで。ニアちゃんは薬を飲み干すと、顔に血の気が戻ってまた深い眠りについた。
それで気が抜けたんだと思う。わたしも気絶するように意識を手放した。
昨夜、わたしとウィン先生は夜のミランダ渓谷に赴いて凛草を採取してきた。
待機してる間に、ニアちゃんの症状が悪化して万が一があるかもしれない。そう思うと、居ても立っても居られなかったのだ。
前世では都内暮らしのシティーガール、今世ではザ・箱入り娘のわたし。
慣れない大自然相手は、想像以上に体力を持っていかれた。
ミランダ渓谷はアース・ドラゴンの住処。
しかし、予想は出来ていたんだけど、精霊魔術を会得したわたしの前では、アース・ドラゴンも羽の生えた巨大なトカゲにすぎなかった。遠距離魔術で片がつき、戦闘自体は短時間で終わった。
じゃあ何故、全身ボロボロだったかって?
……問題はここからだったのだ。
◇
渓谷の深い森の中。
爽やかな香りを放つ、紫色の凛草は、アース・ドラゴンの巣がある崖近くに群生していた。
一秒でも早くニアちゃんにこの薬草を渡したいという想いが、わたしを焦らせる。
しかし、それとは別の問題が発生していた。
それは、亡霊のような青ざめた顔で、正気を失っている彼女。
「ははっ、私って本当に馬鹿ですよね。弟子に頼られてやる気をだして、命を捨てる覚悟で挑んだのにこの様ですよ」
ぶちぶちと凛草を引っこ抜きながら、うわ言のようにネガティブ発言を連発するウィン先生。
「ヴィオレッドに修行の成果をみせようと張り切っていた、過去の自分を殴りたいです」
「あ、あのぉ、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんですわ……」
「いいんです、緊急事態ですから。ヴィオレッドが戦った方が早いですし、へへ、私が弱いのが悪いんです。草でも毟っときますよ」
薬草のことで頭が一杯だったわたしは、彼女がまだ会得していない超火力の精霊魔術を連発して、自信を完膚なきまでに叩き折ってしまったらしい。
一体だれがこんな事態を予想できようか。
いや、ウィン先生の修行が上手くいってなくて、落ち込んでいたのは知っていたけど。
わざわざ危険を冒してついて来てくれたのに、わたしはドラゴンを倒すことに傾倒するあまり、彼女をほぼいない者として戦闘をしていた。その結果、メンタルブレイクを起こしたウィン先生は、凛草をひたすら抜く係になった。
おかげで非常に効率的に採取を終えたが、帰路の雰囲気は最悪だった。
もう、色んな意味で一刻も早くニアちゃんの下に駆けつけたかったわたしは、つい思いつきで口を滑らす。
「もしかしたら精霊魔術で空を飛べば一瞬で帰れるかもですわ」
それが全ての間違いだったのだ。
ウィン先生はガバッと目を見開いて興奮した。
「そ、そんなことができるんですか!?」
「たぶん……」
「実はいつか魔術で空を飛ぶのが子供の頃からの夢だったんですよ!」
「へ、へぇ」
「是非お願いできますか!?」
「……はいですわ」
効果はてきめんだった。
今更出来ませんと言えない雰囲気に、わたしは縋るような思いで口を開いた。
「精霊さん達、もちろん行けますわよね!?」
(……やったことない)
(……痛いかも)
(……死んじゃう危険はないと思う)
「……っ」
気まずい空気。
病に伏してわたしを待っている友達。
NOと言える勇気は、わたしにはなかった。
「……一応、いける……らしいです」
「素晴らしい。いつか私にもやり方を教えてください」
「……はぃ」
こうして、風魔術による夜間飛行が決定した。
ウィン先生はわきわきと腕を躍らせていたが、魔術を発動させた瞬間、歓喜は悲鳴へと変わった。
あり得ない速度で空をぶっ飛び、切り裂くような風圧が体を襲い、着地は失敗。
すりおろし器の上で転げるように、地面をのたうちまわり、わたしたちは見事に大根おろしになった。
そんな間抜けなわたしたちを道場で待ち受けていたのは、英雄を見るような眼差しを送ってくる兄弟子達。
「嘘だろ……たった二人であんなに血だらけになるまで、ドラゴンと戦ってきたのか!?」
「一体、どんな壮絶な戦いをしてきたんだ……」
「俺達はとんでもない伝説の幕開けを見ているのかもしれねぇ」
うぅ、違うんです。
この傷は、夜な夜な布団の中でもぞもぞと身じろぎして、枕に叫びたくなるような類のものだ。わたしとウィン先生は恥ずかしすぎて、結局最後までなにも言い返せなかった。
◇
「朝から最悪な気分ですわ」
黒歴史を思い出しながら、わたしは布団からむくりと起き上がって背伸びをする。
すると、どこからか不穏な視線を感じた。
慌ててそちらに目を向けると、部屋の入口で正座をするアザールさんがいた。
背中に針金をさしたように背筋が伸びている。
「あ、あのなにをしているんですの?」
な、なんでそんな場所へ……
その瞬間、わたしは彼に凌辱される悪夢を思い出して、叫んでしまいそうになった。
しかし、アザールさんはしかめ面で口をもごもごとさせる。
「……お前のおかげでニアは全快とまではいかないが随分と良くなった。それを伝えたくて……」
何を言い出すのか、警戒しながら待ってみたけれど、結局彼は黙りこくり、煮え切らない態度で立ち去っていった。
一体どうしたのだ?
◇
あれから一週間ほど過ぎた。
肌を撫でる風に僅かな湿気が混ざり始めて、たしかな足取りで夏が近づいている。
穏やかな日常が戻り、いつものように道場で剣術の稽古をしていると、入り口の扉がガラっと勢いよく開いた。
「ヴィオレッドお姉様ぁぁ~!」
黒髪の天真爛漫な少女がぴょこんと飛び出して駆けよってくる。
「ニアちゃん! もう動いて大丈夫なの!?」
「はいっすっかり元通りですっ!」
さらっさらの黒髪を靡かせるニアちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「お姉さまが薬を取ってきてくれたおかげで、また遊べるようになりました」
「うんうん、わたしも嬉しいですわ! けれど、また倒れちゃダメだからね。ちゃんと体と相談してゆっくり遊ぼうね」
「はい!」
ぬふふ、久しぶりのニアちゃんの感触、なんていう癒し係数の高さ。
どさくさに紛れて、もみもみと柔らかいお尻も堪能する。
今度は一緒にお風呂に入って、じゃれ合いたいものだ。
ちなみに、この前しつこく誘ってウィン先生と一緒にお風呂に入ったんだけど、なんか獣を見るような目でドン引きされた。
あれはなんだったんだろう。
「お、お姉様ぁ」
「うん?」
「そろそろ……放してください」
尻すぼみな声で、ニアちゃんが赤い顔でそう言う。
感動のあまり、時間を忘れて抱きしめていたらしい。
「ごめん、ごめん。訓練後だし、ちょっと汗臭くて嫌だったよね?」
「い、いえ……くっつくのは嫌じゃないんですけど……ちょっと恥ずかしくて」
腕の力を緩めると、ほっとニアちゃんが息をもらした。
(そういえば謝りたいことってなんだったんだろう?)
まだニアちゃんから何も言われてないから、あえてスルーしてるんだけど……
ふと、視線を感じて振り返ると、アザールさんが稽古の手を止めてわたしをジーっと見ていた。
かと思いきや、目が合うと顔を赤らめてそそくさと立ち去っていく。
この一週間、わたしが道場で洗濯と掃除をしている時や、稽古の最中も、一定の距離を置いて彼はこんな感じ。
本当に何がしたいのか分からない。
すると、それに気がついたニアちゃんが微笑む。
「お兄様は不器用なお人なのです。悪い人ではありません。どうか寛容な心で受け入れてくれると嬉しいです」
その言葉は、どうしてもわたしには信じられないのだ。
◇ sideアザール
——俺は、どう謝ればいい?
あの日、ヴィオレッドが凛草を持ち帰ってきた時、ガラガラと心の中でなにかが崩れ落ちた。
それはロシュフォールに対する復讐心やわだかまりのようなもので、母さんの仇を討つという俺の原動力そのものだった。
頭の中では全力で彼女を否定したかった。
でも、出来なかった。
妹のために本気で悲しみ、血みどろになってドラゴンに立ち向かってくれた彼女を恨むことを心が拒絶した。
ロシュフォールへの恨みを忘れるのは無理だ。
だけどヴィオレッドなら、ロシュフォールを変えてくれるんじゃないかと……そんな希望を抱かせてくれる。
(ほんとうに不思議な子だ……貴族なのに誰よりも優しい)
そう思うと、いままで彼女に冷たくあたってきた後悔が頭をもたげる。
謝罪は必ずするべきだろう。
俺は反省の意を込めて、あの日、倒れてしまった彼女が目を覚ますまで、正座で見守った。
どう謝ろうかと悩んだが、罪悪感と羞恥心で言葉が見つからずに、立ち去ってしまった。
それから一週間以上、彼女に謝罪するタイミングを探しているのだが、思うようにいかずもどかしく感じている。
それに、何だか彼女を見つめていると、胸が熱くなって……変な気分になる。
そんなある日、ニアが声をかけてきた。
「お兄様、わたしに仲直りの良い案がございます」
「なに?」
「実は来週のお母様の命日に、お姉様を誘おうと思っております。その時に声をかけたらどうでしょうか?」
命日には、母さんが好きだった星の見える丘にいくのが毎年の恒例だ。この時期は流れ星がとても綺麗で、毎年、数人の門弟も誘って向かう。そうか、彼女もフォドン流の一派。一緒でもおかしくはない。
片道小一時間ほどの道のりだ。
「ありがとうニア。誘ってみるよ」
「うふふ、仲直りしてくれたら嬉しいです……それにわたしもお姉様に謝りたいことがあるので……」
◇
ロシュフォール領のとある一室。
細身の体を豪華な椅子に腰を落ち着かせるエノーがいた。
彼は殆どの門弟がヴィオレッドを迎合する中、最後まで革命派としてアザールに従っていた男だ。
エノーは不機嫌さを隠すつもりもなく、言葉を吐き捨てた。
「アザールの野郎見損なったぜ、利用価値のある男だと思っていたがな」
「おかげで計画に支障がでてしまった。面倒なことだ」
エノーにそう返事をしたのは、向かい側のソファーに座る若い銀髪の男。腰には魔術師のワンドをさし、高級ワインが注がれたグラスをころがしている。
魔術師に伺いを立てるように、エノーは彼を覗き込む。
「で、どうするんですかい?」
「やり方は変えるが、革命は予定通り起こせ。貴様の主であるヘルマン伯爵がやらかしてくれたからな、我がその尻拭いをしてやるさ」
「しかし、ウチの最高戦力だった魔術師もやられちまったんだぜ?」
「我とそのような雑魚を一緒にするな」
「雑魚って……暗闇の魔術師ゲドーといえばそこそこ有名だぞ? あんただって、同じ3級魔術師なのに大丈夫なのか?」
その発言に、魔術師の男——フランシスはくつくつと心底馬鹿にしたような笑い声をあげた。
「王国の魔術師ごときものさしで測ってくれるな。我は帝国の魔術師だぞ。質が違うのだよ。王国基準でいえば、我は2級だ。ロシュフォールなどに遅れをとるものか」
フランシスは超大国ハイルベルン帝国から、ヴェルサイム王国に送られた工作員だった。そして、エノーはロシュフォール家を内部から調査するために長年潜伏していたヘルマン伯爵の部下。
ワインを飲み干したフランシスが呟く。
「領民に噛みつかれたら、あのロシュフォールも綺麗ごとは言わなくなるだろうさ」
二人は計画を詰めていく。
話し合いの末に、フランシスはエノーが報告してきた、アザール達が母親の命日に郊外に向かうという話を利用することにした。
そして、ロシュフォール領を大量の血で染める、運命の日がやってくる。




