バッドエンド
道場まで迎えに来てくれたウィン先生は頬がこけていた。
どうやら、精霊魔術の修行がうまくいってなくて精神的に病んでいるらしい。
そんな彼女に、ニアちゃんとのお出かけを伝えたら護衛としてついてくれることになった。ということで、わたしは美少女二人に囲まれて街にお出かけである。
「あのぉ、お姉様はもしかしてお貴族様なのですか?」
道中、不安そうな猫なで声でニアちゃんが尋ねてきた。
「ロシュフォールっていう領主の娘ですわ」
「ええっ、この辺で一番偉い人です! なのにニアはなにも知らなくて、ヴィオレッド様に友達になろうだなんて失礼なこと……うぅ」
一瞬、ニアちゃんは驚いたように口を開き、およよと泣く。
目立ちたくないので、わたしが道場に通っていることは、関係者以外には教えていない。だからニアちゃんは知らなかったのだろう。
「身分は関係ないですわ。わたしがニアちゃんと友達になりたいだけですから。普通に接してくださいまし」
「いいの?」
「貴族と平民が友達になっちゃいけないルールなんてございませんことよ」
「あ、ありがとうございます。ニアはいつもお留守番で一人だったから……お姉様みたいな方と仲良くなれて……嬉しいです」
「じゃ、わたしが初めての友達ですわね!」
「うん!」
ああ、何度見ても可愛い。
笑顔が尊い。
前世なら確実にニアちゃんを待ち受けにしていた自信がある。
雑貨屋に入ると、ニアちゃんは店内を見渡した。
頬を赤く染めてピョンピョンと跳ねる。
「ヴィオレッドお姉さまぁ、綺麗なのがいっぱい!」
「もし欲しいのがあったら何でも買ってあげるわ」
「えぇっいいんですかぁ!?」
「もちろんですわ!」
お金ってのはお菓子を買う時と、美少女に貢ぐためにあるからね。
ニアちゃんは楽しそうに、赤い布が被せられた木製の陳列棚を流し見る。
いくつか気に入った物はあったようだが、値札を見てギョっと固まった。
冷や汗を垂らしながらギギギ、と首を動かしてこちらを振り返る。
「あのお姉さまぁ……どれも高すぎます。違うお店に行きませんか?」
「気にしないでいいんですわよ?」
「え……でも流石にこれは」
折角初めて出来たお友達だ。
遠慮せずに、好きなものを買って欲しい。
だけど、ニアちゃんは戸惑っているようだった。
てっきり、天然すけこましの彼女のことだから、無邪気に欲しいものを選んでくれると思っていたのにどうしたのだろう。
もじもじと手をこねて、血の気の失せた顔で怯えている。
高いプレゼントに気が引けているのかな。それにしたって、過剰すぎると思うけど……。
「ニアちゃん?」
「……やっぱり、贈り物はもっと仲良くなってからの方がいいかなって」
「でも、さっきまで喜んでくれてたのに」
「……それは」
「もしかして、値段を気にしてるの?」
「はぃ……あのっ、な、生意気なことを言ってごめんなさい。だけど、こんなことを言うのは、お姉さまと友達になりたいからです……ニアを許してくれますか?」
彼女の手は震えていた。
まるで、わたしと友達になれなかったら世界が崩壊するとでも言いそうな、切羽詰まった表情で見上げてくる。
何故、彼女はここまで必死なのか考えて、ピンときた。
ニアちゃんはわたしを初めての友達と言ってくれた。
わたしは今世に友達はいないが、前世ではそれなりにいた。
最近では友達と呼んでいいのか分からないけど、師匠のウィン先生がずっと一緒にいてくれてる。
しかし、ニアちゃんは文字通り、わたしが初めての友達なのだ。
だからこそ、大切にしたいと思ってくれているに違いない。
そんなつもりはなかったけど、お金で繋がりをつくろうとするわたしの行動は軽率だったかもしれない。
そして、こんなにもわたしを大切にしてくれようとしているニアちゃんに感動して、思わずガバっと抱きしめてしまった。
「ニアちゃんっ」
「ひゃう!?」
「うう、ごめんよぅ。お姉ちゃんが間違っていたよぉ」
「わ、わかってくれたのならいいのです!」
「どこまで優しいんだ、もうニアちゃんが大好きですわ」
「だ、大好きってそんな」
うぅ、と恥ずかしそうに縮こまるニアちゃんの頬がぽっと紅潮する。
その仕草がまた可愛くて、思わずわたしはその小さな手をきゅっと握った。
「ひゃん!?」
「嘘じゃありませんわ。ニアちゃんのことが大大大好きですわ!」
たっぷり友情を伝えると、ニアちゃんはぷるぷると震えて顔を逸らした。
ふふ、照れているのかな?
お姉さん嬉しいぞ。
「じゃあ、お姉さま、このお店を出て次の場所に遊びにいきましょう……」
出口に向かう彼女の腕を、わたしは優しく掴んだ。
「お姉さま?」
「でも、せっかくなのでひとつ買っていきませんこと?」
そして、わたしはニアちゃんに一番似合いそうなアクセサリーを選んだ。
彼女の瞳と同じ色合いの、小さな黒水晶がぶら下がっている左右一組の耳飾りだ。
わたしは留め具でひとつ自分の耳につけた。
「ちょっと高いかもしれませんけど、二人でひとつずつお揃いで着ければ、プレゼント代は半分で済みますわ。わたしのワガママを聞いてくれませんか?」
「お姉様とおそろい……」
そう伝えると、彼女は耳を真っ赤にして俯いた。
口を結んでしばらく黙った後、ゆっくりと小さく頷いてくれた。
その微笑ましい愛らしさに、くすっと笑ってしまう。
ニアちゃんはわたしとお揃いの耳飾りをつけて「こんなつもりじゃなかったのに……」と不貞腐れたように口を尖らせる。けど、なんだかんだ嬉しそうに鏡で耳飾りを何度も眺めてくれていたから、喜んでいるのだろう。
ちなみにウィン先生にも買ってあげようとしたら
「へへ、実力でも負けてるのに、年端もいかない弟子に恵んで貰ったら立ち直れないです」
とうつろに言っていたのでやめておいた。
◇
それからのわたしの日課にはニアちゃんと遊ぶという項目が加わった。
お金を使う遊びはニアちゃんが喜ばないと思ったから、最初は本の読み聞かせをしてあげた。
ずっと家にいるのもあれなので、時々お忍びで農家さんのお手伝いを一緒にしている。ニアちゃんが魔術に興味があって見たいと言うので、どうせなら農作業で困っている人を魔術でお助けしようというプランだ。
土いじりがてら、魔術で土人形を制作したらニアちゃんは目を輝かせた。
「か、かわいい!? お姉さまぁこれはなんですか!?」
「魔術でつくったはにわですわ!」
「はにわ! これ貰ってもいいですか?」
「え、こんなのが欲しいの?」
「こんなのって! すっごい可愛いのに!」
どうやらニアちゃんは可愛い置物が好みのようだ。
はにわにハマるとは中々渋い趣味をしていらっしゃる。
わたしは喜ぶ彼女をもっと見たくて、社会の教科書で見たうろ覚えのはにわを作ってあげた。その度に、彼女はニコニコとはにわを抱きかかえて持ち帰る。
わたしも、ニアちゃんの笑顔が見れて大満足。
純粋無垢な少女の幸せは金では買えないのだと、わたしは学んだ。
こんな幸せな時間がいつまでも続けばいいと思った。
ゲームのバッドエンドなんて忘れて、こうして充実した日々を過ごしたいと思った。
でも、それは一夜にして崩壊した。
ある夜、また久しぶりに悪夢を見た。
いくつものバッドエンドの中の一つである、あの夢だ。
燃え盛るロシュフォール家の屋敷の前に無造作に転がる死体の山。
反乱軍のリーダー、顔中傷だらけで片目は潰れて、眼帯をしている黒髪の精強な男。その手には、ギヨームお父様とソフィーお母様の首が掲げられる。彼は16歳のわたしに叫んだ。
「お前はただじゃ殺さない。大衆の面前で犯して、最後は野ざらしにしてやる! 俺の妹と母さんがそうされたようにな!」
強烈な恨みと嗜虐性にあふれる表情で、その怒気をわたしに叩きつけてくる。
どうしていままで気がつかなかったのだろう?
毎日顔を合わせていたのに。
いや、仕方がない。だって、いまの彼は顔に傷なんてないし、歳だって違う。
なにより、屈辱と殺意に染まったその顔は今とは別人で。
彼の名前はアザール・ロン。
わたしの兄弟子で、ニアちゃんのお兄ちゃんで、わたしを犯し、わたしを殺す革命軍のリーダー。
いや、一番重要なのはそこじゃない。
彼が言った言葉、殺された俺の妹と母さんのように。
それはつまり、ニアちゃんの死を意味する。
そして、翌日わたしの下に報告が入った。
ニアちゃんが病に倒れたと。




