黒髪のお天使様と邂逅!
子猫みたいに可愛い少女は、おぼつかない足取りでわたしにとてとてと歩み寄る。
軽く握った小さな手を『キャピッ』と効果音が鳴りそうなあざとさで顎に添えて、上目遣いで見つめてきた。
「綺麗なお姉様ぁ、あのぉニアっていいます。お名前をお聞きしてもよろしいですかぁ?」
純真無垢な少女の顔面偏差値75レベルに心が砕け散りそうになった。
艶っとした黒髪は光を反射して天使の輪が浮かんでいる。
つい触りたくなるほどの髪質だ。
羨ましい、いいなぁ!
彼女が前世のわたしの教室に訪れたら、きっと女子友達に囲まれて、もみくちゃにもてはやされたことだろう!
「ヴィオレッドですわ! よろしくねニアちゃん!」
膝を床について彼女と視線を合わせる。
すっと手を伸ばすと、彼女は「わあ!」と嬉しそうにゴツゴツとマメのできたわたしの手を両手で包み込んだ。
夏はもうすぐだというのに、ニアちゃんの指先はとても冷たかった。
手を繋いで近くに寄ると、嗅ぎなれない爽やかな薬草の匂いが鼻をくすぐった。
匂い袋でも持っているんだろうか?
「よろしくお願いします、ヴィオレッドお姉さま!」
幼い少女の朗らかな笑みに心が溶かされてしまう。
まったく、わたしに内緒でどこにこんな秘密兵器を隠していたというのだ。
道場に通いはじめて一か月以上も過ぎたのに、すれちがいもしなかった。
(そういえば、初日に挨拶をした時に黒髪の女の子を見たような……)
女子禁制の道場だから、見間違いだと思ってたんだけど、もしかするとあれがニアちゃんだったのかな?
しかし、それはすぐに否定された。
「お父様っ、こんなお方がいるなんてニアは《《初めて知りました》》。どうして教えてくれなかったのですか!?」
「お、おい道場には来ちゃダメと言ってるだろ。早く帰りなさい」
初めて知ったのなら、やっぱりあれはニアちゃんじゃなかった?
まあ、こんなに純粋そうな幼い子が嘘なんかつくわけないし、見間違いだよきっと。
両手を胸の前で握りしめたニアちゃんが、駄々っ子のように首とお尻をふりふりと動かして、ぎゅっと目を瞑った。
「ずるいです、ずるいです! ニアもお姉さまと遊びたいです!」
全人類の宝かよ。
守りたい、この笑顔。
威厳のあるガリル師範も彼女にはタジタジだ。
「ガリル師範、この子は?」
「こいつは9歳になった俺の娘だ。鍛錬の邪魔になるから道場には顔を出すなっていってるのによ」
邪魔だなんてとんでもない!
むしろ、一生わたしのそばにいていいんだぜ。
まさか師範の娘さんだったなんて。あまり似てないから、お母さん似なのかな?
「お姉さまぁ」
すると、ニアちゃんは薄紅色のリップに人差し指をそえる。
コトンと首を45度の角度でかたむけて、ニッコリとほほ笑んだ。
「ニアはお姉様と友達になりたいなぁ?」
くっ、この女、天然のすけこましか!?
友達になれるとか誉れすぎるんだが。
彼女の小さな頭に、ガリル師範がぽんっと優しく手を置いた。
「ヴィオレッドは剣の修行で忙しいのだ。それにお前は体調が…」
「ここ数日はとても元気ですぅ! もし許可してくれなかったらお父様のこと、もう好きって言ってあげないもんっ!」
ニアちゃんはぷいっと明後日の方向を見て言った。
可愛らしい脅しに、珍しくガリル師範が冷や汗を流す。よほど可愛がって育ててきたのであろう。
「はあ、ヴィオレッド、迷惑にならない程度に少しだけ遊んでやってくれないか?」
「迷惑だなんてとんでもないですわ!」
「そういうことなら甘えることにしよう。適当にその辺で遊んでくれればニアも気が済む」
よしよし、いっぱい甘やかしてあげよう。
やっぱり女の子なら小物は大好きだし、ロシュフォール御用達の雑貨屋に連れていこうかな。デートが終わるころにはわたしなしでは生きられない体にしてやるんだ!
……お、おこづかい足りるかしら?
ま、まあとりあえず今月買おうとしていたものは全部キャンセルして……最悪、お父様に前借りしましょう。
ニアちゃんは病み上がりっぽいし、彼女のペースに合わせて楽しむとしよう。
「稽古が終わったら遊んであげるからそれまで待っててね」
「うん、じゃあお姉さまの稽古が終わるまでここで見ててもいい?」
「ええ、もちろんですわ!」
わたしがそう言うと、一瞬、ニアちゃんの口角がキィィと吊り上がり、顔に暗い影が落ちたような気がした。その表情は、まるでわたしの陰口で笑っていた二個上のバレー部の先輩を思い出させるようだった。
「う、うん?」
目をゴシゴシと擦り、もう一度ニアちゃんを見る。
彼女は顎を撫でられた子猫みたいに目を細めてニコッと笑った。
「どうしましたぁお姉様ぁ?」
「い、いやなんでもないですわ」
ははは、まさかね。
きっと目が疲れてるんだ。
この天使ちゃんが、あの悪女と重なるなんてどうかしてるって。




