わたしは影の努力を怠らない女!
季節はすごしやすい六月。
フォドン流剣術道場に通い始めて一カ月が過ぎた。
ゲームの仕様だからか、異世界でも単位や季節が日本と同じなのはありがたい。
「うんっ、今日もピカピカね! ありがとう精霊さん!」
(……おそうじ……たのしい)
「うんうん、綺麗な床を見ているだけで心が洗われるようだね!」
精霊魔術を駆使して磨いた床は、茹でたまごのように、つるんと光沢を帯びている。水魔術で洗って、風と火の複合魔術で乾かした床は汗のシミ一つない。
道場に通ってからというもの、毎日こうして誰よりも早く来て掃除と汚れた胴着の洗濯を心がけている。バレー部に入って一年目の時を思い出すようだ。あの時は三年の先輩に怖い人が多くて、怯えながらやってたっけ?
お掃除を魔術でちゃちゃっと済ませているのは皆には内緒。
フフフ、労力をかけていると思われる方が印象が良くなるかもしれないからね。
ズルはしてない。ただ効率良く楽をしてるだけ。時代はタイパよ。
おっと誰か来たみたいだ。
栗頭の大男と、道場でわたしに最初に絡んできた3人組が入ってきた。
わたしはシュッと90度に腰を曲げて頭を下げる。
「エノキさん、タケさん、サビローさん、フブさん、おはようございますっ」
「「「「お、おはよう」」」」
明るい笑顔でにんまりと挨拶をする。
兄弟子三十人の名前は初日に名簿をメモして、三日で顔と名前を一致させた。
やっぱり名前を呼んだ方が親近感が湧くし、仲良くなるには必要だよね。
続々と門下生達が入室してくる。
わたしは一人一人に頭を下げてお出迎えする。
栗頭のエノキさんが胴着に袖を通すと、脇部分に開いていた穴が塞がってることに気がつく。
「あのこれ……」
「はいっ、洗濯した時に穴が開いてたので縫っておきましたわ!」
家庭科の授業で習った見様見真似の技術だから荒っぽい縫い方になったけれど、塞がっただけマシだろう。エノキさんは申し訳なさそうに何度も会釈をしてくる。
わたしはこのくらいいいんですよ、と無言で微笑んだ。
彼は顔を真っ赤にして後頭部を掻く。
よっしゃ、好感度ゲット!!!
「皆さんも、もし胴着に穴が開いたらわたしに報告してくださいね?」
「……」
一カ月もすれば彼等に慣れてきた。顔を合わせただけで悲鳴をあげていたわたしはもういない。流石に身体が接触すると反射的に身を引いてしまうけれど、それでも大きな進歩だ。
彼等との距離も少しは縮まった……と思いたい。
断言できないのは、彼等のわたしを見つめる視線が……なんとも形容し難い微妙なものだからだ。
それでも、うさぎと亀の亀みたいに、ゆっくりとだが着実に心の距離を縮めていこう。いざ、男性と戦うとなった時に、また気絶するようでは話にならない。無害そうな彼らで心を鍛えるのだ!
◇
稽古が終わりヴィオレッドが帰宅した後、日課となっている革命の討論会が道場で行われる。かつては熱い議論が繰り広げられていたが、いまは冷え冷えとした空気が支配していた。
ピカピカに磨き上げられた道場の床に視線を落とした栗頭のエノキが口をひらく。
「俺もう耐えられないよ……ヴィオレッドに冷たくするのは心が痛い」
「ふざけるなっ! 今更なにを弱気なことを言ってやがる!」
大声で反論するのは師範の息子、実質革命軍のリーダーとなっている黒髪短髪の男アザール・ロン。エノキは申し訳なさそうに頭を振った。
「弱気とかそういうのじゃないんだ」
「あの容姿にほだされたとでも言うつもりかっ! お前の革命の覚悟はその程度だったのかよ!」
「違うんだ……そういう話じゃない」
エノキは剣一筋で生きてきた男だ。
頭はいい方ではない。思ったことを言葉に落とし込むのは難しい。
初めてヴィオレッドを見た時は、そのあまりの美しさに目を奪われた。なんで天使がこんな汚ったねえ道場に舞い降りてきたんだと混乱した。
「ただの可愛いだけの子なら、俺だってここまで悩みはしない。皆と革命のために運命を共にする覚悟だってあったんだ」
エノキは荒く縫われた胴着を眺める。
お世辞にも上手だとは言えない。
当然だ、貴族の娘が針仕事なんてするわけがないのだから。
それでも形にはなっている。
きっと縫うのに苦労したのだろう。
この道場は彼女の隠れた努力に溢れている。
シミの消えた床。荒い縫い目。綺麗に畳まれた手ぬぐい。わずかに道着からただよう清涼な香り。
エノキは思ったことを素直に口にする。
「お、俺は……彼女の両親を殺せない」
「「「……」」」
「あの子の悲しむ涙を見たくないからだ」
「「「……」」」
偽らざる本音。
裏切り者と罵られても弁明の余地もないほどに清々しい告白。
しかし、最初に上がった声は非難ではなく賛同だった。
タケ、サビロー、フブの三人組が頷く。
「き、気持ちは分かるぞ」
「あの子はまるで平民の娘みたいに優しい」
「俺達にずっと冷たくされるのによぉ、健気に名前を呼んでくれてさ」
わかる、わかると道場の男達がわずかに首を振る。
エノキがドンっと涙目で床を叩いた。
「この前なんて、昼食の揚げ芋の残りカスまで綺麗に食ってたんだぜ? 普通の貴族がそんなことするわけがねえ。きっと彼女は恥も捨てて、俺達平民にわざと合わせてくれているんだ! 同じ道場の仲間として認められたい一心でさ! そんな優しい子供をどうして恨むことができる!?」
エノキは木刀をコロンと床に転がした。
「お、俺は降りるぞ!」
ぎょっと目を見開いたアザールが唾をまき散らして叫ぶ。
「しょ、正気か!? 革命の灯はどこにいった!?」
「彼女を慕う心を温める、種火になっちまったよ! ははっ、一度決心したらなんて晴れやかなことだろうか。明日から後ろめたい気持ちを捨ててヴィオレッドといっぱい話せるぞぉ! 剣術は俺が手取り足取り教えるんだっ!」
タケ、サビロー、フブも木剣を手放した。
「ふざけんじゃねえ! 彼女に剣を教えるのは俺の役目だ!」
「抜け駆けしようたってそうはいかねー!」
「俺達も降りるぞ!」
困惑するアザールの声が道場に響く。
「お前らぁぁぁぁぁ!」」
次々に彼等に賛同する者が声をあげて、気がつけば道場には木刀が山のように積み重なっていた。アザールは信じられない光景を目の当たりにして絶叫する。
「俺達が手を引いたら、町の皆が悪政に苦しむんだぞ!?」
エノキはアザールの肩に手を置いて言った。
「安心しろ、俺達がヴィオレッドを教育すればいい」
「お前はアイツの親じゃねぇだろぉぉぉ!」
アザールの絶叫も虚しく、革命のための討論会はさっそく明日誰が『ヴィオレッドの当番係』をするのかで白熱するのであった。




