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男だらけの道場なんて聞いてない!

 剣術訓練の日がやってきた!

 ということでわたしは付き添いのウィン先生と二人でフォドン流剣術道場に訪れている。


 とりあえず、ウィン先生を背後から抱きしめて顔を埋める。

 すーはーっすーはーっいい匂い!

 呆れたような視線をウィン先生が向けてきた。


「いつまでそうしてるつもりですか」


「え、え、えとぉ、もうちょっとだけ?」


「ずっと道場の前でこの状態ですよ」


「だ、だってぇ、剣術道場に入ったら男の人がいますよきっと! はあ、美少女の剣士が沢山いると嬉しいですわねぇ」


「? ここは女子禁制の道場ですよ。いるわけないじゃないですか」


「へええ!? 聞いてないですわ!」


「ヴィオレッドが領主の娘だから特別に許可されたんです。ほらいくよ」


「ひぃぃぃ! 嫌ですわ! わたしは他の道場がいいですぅ」


「わがまま言わない」


 背後に回ったウィン先生が今度はわたしの背中を押してくる。

 ロリっ娘属性のくせに、力は一人前で、ひ弱なわたしはずいずいと押し込まれていく。これが運命の十三階段を上る死刑囚のきもち……。

 

 ウィン先生が道場の門を叩くと、藍色の胴着に身を包んだ、ずんぐりむっくりした栗頭の大男が木刀を構えてでてきた。


「なんだ貴様ら。ここは剣術道場、用のない女子供は立ち去れっ」


「ひっ!」


 その逞しい肉体にわたしの喉が鳴る。

 やっぱり、知らない男の人は怖くて震えちゃう。

 

 か、帰りたい!


 すると


 ———カランッ

 栗頭が木刀を落とした。

 彼は何故かあんぐりと口を開いたままわたしを見て硬直。

 ぱくぱくと口を開閉して、茹でダコのように顔が赤く染まっている。


 え、なに?


「て、て、て、て、天使!?」


「?」


 急になにを言ってるんだコイツは。


「あ、あにょ、お、お嬢様方はこちらにどういった御用で? 俺……いやわたしでよければお伺いさせていただきましゅ」


 さっきまでの態度とは一変。

 熱っぽい目でわたしを見てくる。

 硬直するわたしに代わってウィン先生が受け答えをしてくれた。

 

「訓練を受けさせていただけると伺ってたんですが」


「く、訓練ですか!? あいや、ここは女子禁制の道場でして」


「ロシュフォール家のヴィオレッド様には許可が下りてるはずです」


「え? まあ、たしかにそうですけど。もしかしてロシュフォールのクズ……じゃなくて従者の方ですか? 悪いが当の本人が来てないんじゃ入れられませんよ?」


「はい? ヴィオレッドはここにいるじゃないですか」


 ウィン先生がそう告げると、栗頭はきょろきょろと周囲を見渡して困惑する。


「……見当たりませんが」


 ウィン先生がわたしを指さす。

 

「これです」


 栗頭が腹を抱えて爆笑した。


「ひいっひいっ、ちょっと冗談がすぎますよっ、ヴィオレッドの野郎といえば、ぶくぶく太った醜女で、性格もドブスって噂でさぁ!」


 悪かったなブスの醜女でよお!?

 たしかに記憶を取り戻すまでは身も心もぷにぷにのワガママ娘でしたけども!

 初対面でそこまで言わなくてもよくない!?


 カラカラと笑う栗頭だったが、わたしたちが真顔で突っ立っていると、空気を察したのか押し黙った。


「……あの、マジで言ってます?」


「「はい」」



 ◇


 わたしたちは道場に足を踏み入れた。

 年季の入った木目調の床が敷かれた道場は数十人は入れそうな大きさだった。

 カツン、カツンと木剣がぶつかり合う音が絶え間なく響き、空気には蒸発した汗のすえた匂いが混じっている。


 藍色の胴着をビシッと着こなした大勢の男性達の気配にビビったわたしは、小狸みたいにウィン先生の後ろに隠れてしまう。


 栗頭の彼が背中を丸めながら申し訳なさそうに言った。


「ろ、ロシュフォール家から……ヴィ、ヴィオレッド様が到着しました」


 変化は劇的だった。

 道場にいる男達の殺気が熱気をともなってふくれあがる。


「「「なにぃぃ!?」」」


「ピギャ!」


 ウィン先生の後ろに隠れているわたしが睨まれているわけじゃないけれど、その視線は気配察知を会得したわたしには敏感に感じ取れる。


「おうおう、テメエがロシュフォール家のゴミ……じゃなくてヴィオレッドか?」


「貴族のカス……じゃなくてボンボンが剣だとか剣術なめてんのか、おおん?」


「わりぃがここじゃ身分は関係ねー。逆らったらぶっ殺……おしおきだかんな!」


 なんかわたし……めっちゃ嫌われてない!?

 もしかして女子禁制の神聖な場所にわたしが権力を笠に着て土足で踏み込んだのを怒ってるのかな。


 威圧感のある男の人がガン飛ばしてきて、その気配だけでチビリそう。

 こんなにもわたしはビビってるのに、睨まれてる当の本人、ウィン先生はどこ吹く風。このロリっ子のメンタルどうなってるの!?


「だから、私はヴィオレッドじゃないです。あと近いです、汗臭いので離れて下さい」


「ああん? ……って、確かに聞いていた見た目と違うな」


「能天気なピンク頭でもねえ……じゃどこにいんだ」


 初対面の印象は大切だ。勇気をだせわたし!

 ぎゅっとウィン先生の背中の服を握りしめながら、わたしはひょっこりと顔をだした。


「あ、あ、あ、あのぉ……初めまして……わたしがヴィオレッドです」


 すると男達は「一瞬、時が止まったように静止した。

 そして、狼狽するように額から冷や汗がダラダラと滴る。

 何度も目を擦る彼らがつぶやく。


「う、嘘だ俺は信じねえ。ヴィオレッドっつったらとんでもない大食女だろ!?」


「屋敷で使用人に嫌がらせをして楽しむ三段腹のオークじゃなかったのか!?」


「こ、これじゃまるで人間じゃねーか!」

 

 生まれた時から人間だわ!

 この道場の人達さっきから容赦なくない?

 そして、オークの部分以外は否定できない過去の自分が悲しいよぉ。

 家に帰って愛するお布団に頭をつっこみたくなってきた。

  

 けれど不幸中の幸い。

 噂とギャップのある見た目をしていたわたしに困惑して、道場のピリついた空気はたんぽぽの綿毛みたいに、すうーとどこかに霧散した。


 と、とりあえず皆様に挨拶をしましょう!

 

 ◇


 稽古は中断となった。

 三十人ほどの男達がわらわらと、わたしたちをとり囲む。

 精強なオスの肉体による威圧は圧巻で、雑魚メスのわたしは平常心を保つので精一杯だ。


 震える足を叱咤してどうにか踏ん張っていると、白髪のやたらと雰囲気のあるイケオジがでてきた。


「ヴィオレッド嬢、ようこそフォドン流剣術道場へ。俺は師範をしているガリル・ロンだ」


 ぶっきらぼうな口調で挨拶をしてくるガリルさんは、鋭い眼差しでわたしの頭からつま先までじっくりと眺める。


「聞いてた容姿とずいぶん違うようだが、本当にヴィオレッド嬢ですかい?」

「は、はいっ! ヴィオレッド・ロシュフォールですわ! 見た目はそのぉ…魔術の鍛錬で痩せてしまったのです」


「なるほどな……そこまで自分を追い込むってことは、やる気はあるようだ。だが、甘やかすつもりはこれっぽっちもねえ。貴族だろうが、弟子に雑用を頼まれたらやれ。ここではお前が一番下だ。それを受け入れられるか?」


 ガリルさんが試すような視線を送ってくる。

 耳をすませば、道場内からわたしに対する批判が聞こえてきた。


「見た目に騙されるな。あれでもロシュフォールの血を継ぐ貴族だ」


「中身はクズに違いない」


「たとえ外面がよくても、根性なしじゃ話にならねぇ」


 彼等の言い分も納得できる。

 誰だって実績もない人が特別扱いで入ってきたら気分が悪い……それは、《《前世で痛いほどに理解している》》。

 

 ここで引いたら剣術は上達しない。

 もうわたしは馬鹿にされていた子豚令嬢じゃないのだ。

 凌辱エンドを回避するために、一歩一歩努力して自分磨きにコストを掛けられるいい女!

 こちとら前世では全国区のバレー部で先輩女子のパシリに耐えてきたし、えげつない体育会系のノリには慣れている。


「わたしどうしても強くなりたいんですわ。なんでもします。ここで修行をさせてください!」


 あちこちから飛び交う敵意のこもった視線を浴びながらわたしは頭を下げた。

 ガリルさんは落ち着き払った声で言った。


「好きにしろ」


「ありがとうございますわ!」


 男性と仲良くなりたいわけじゃないけど、道場の先輩には敬意をもって接しよう。

 少しずつ彼等の信頼を勝ち取っていくのだ!


「どうせ三日で投げ出すさ」


 そんな門弟たちのささやきが聞こえてくる。

 ふと、気配察知にひっかかり、視線を動かした。

 開け放たれた道場の入り口から逃げるように離れていく、少女の黒い後ろ髪が目に入ったような気がした……。






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