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67話 クロウドの過去−3

 その男の墓は故郷の墓地に作られた。地面に突き刺さった十字架の墓表の前に黒い装いをした多くの男女が集まっている。ある人は泣き、ある人は俯き、ある人は空を仰ぐ。そこに集った人間達は思い思いの表し方で男の安らぎを祈り、また悲しんでいた。


 ただ一人、(くう)を見るような目をしている少年を除いて。


 少年、クロウドの心に悲しみも祈りもなかった。クロウド自身、愛していた実の父が死んだというのに涙一つ流れないことに疑問を感じてはいた。だがそれでも心の中には悲しみも絶望もなく、ただひたすらに漠然としたモヤが広がっているだけなのであった。


 それからしばらく時が経ち、一人また一人と名残惜しそうに墓を離れ、残ったのはクロウドとメイサ、そして大柄な筋肉質の男の3人だけになった。


「クロウドくん、まだしばらくここにいる?」


「......もうちょっとだけいます」


「分かった。私はまだやらないといけないこともあるから......先に家に戻ってもいいかな」

 メイサが言う家とは自分の自宅ではなくクロウドの家のことを指している。クロウドには父亡き今、親類がいないので実質的に親の代わりであったメイサが手続きなどの処理することが多いのだ。もっともこれはメイサが自分の意思でやると言い出したことである。


「じゃあ気をつけてね」


「はい」


 そうしてメイサは大柄な男にペコリと会釈をして墓を離れていった。残ったのは大柄な男とクロウドの二人。大柄な男はチラチラとクロウドを見る。その視線にクロウドは気がついていた。ゆえにここに残ったのだ。


「なんか話があるんですよね」


「あ、ああ。どうして分かったんだ」


「なんとなくです」


「そうか......君がクロウド君で合っているよな。私は君のお父さんのパーティメンバーだったガルスという者だ」


「......それはどうも。父がお世話になりました」


 クロウドは適当に会釈をする。その時のクロウドの心には一瞬翳りのようなイラつきが芽生えた。それが何の対するイラつきなのかクロウドにも分からなかった。


 ガルスはそんなクロウドの心情を察することなく話を続ける。


「いや、お世話になったのは私の方だよ。君のお父さんはすごく頼りになった人だった。何度も助けてもらったよ」


「はあ」


「まあ......そんなことを話したかったんじゃない。本題はこれに関してだ」


 ガルスはそう言って懐から一つの革の手帳をクロウドに差し出した。


「これは?」


 クロウドはその手帳を見つめながら受け取る。


「お父さんのものだ。最初の方だけ目を通させてもらったが冒険者としての記録兼日記のようだ。彼が冒険者になった日からつけられているみたいだ。これはきっと君が持つべきものだろう」

 

 クロウドは表紙をめくって中を改める。中には日付と文章が手書きで書かれている。それはたしかにクロウドの父の筆跡だった。父の筆跡はやたら角張った特徴的な筆跡だったのでクロウドには一目で分かった。


「どうして僕が持つべきだと?」


「どうやら彼は手紙すら出してなかったみたいだからな。冒険者としてのお父さんのことも知っておいて方がいいと思ったんだ。彼がすごい人だったから」


 ガルスはそう言って去っていった。クロウドはその背中を一瞥することもなく、手に持った手帳をただ握りしめた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 その夜、クロウドは貰った手帳を自室で開いた。それはガルスの言った通り記録兼日記になっており、文量もさほどないのでサクサクと読み進めていった。


『今日から冒険者としてダンジョンの探索に参加することになった。正直気は進まないが報酬は多い。クロウドもいることだしこれからかかる金は多くなる。まあ精々死なないように頑張ることにしよう』


『今日はパーティのメンバーとの対面も済んで初めてダンジョンに入った。まだモンスターとは会わなかったが不気味な場所だった。冒険者としてやっていけるか早速不安になった。はあ、家族に会いたい』


『今日は初めてモンスターを倒した。どうやら噂に聞いていた通り魔獣と大した違いはないようだ。これなら案外上手くやれるかもしれない』


『休みができたのでようやく家に帰省できそうだ。久々に家族に会える。お土産は何にしようか。この間倒したモンスターのツノなんてクロウドは喜ぶかもしれないな』

 

 クロウドは淡々と読み続ける。しかしその目からは涙が溢れて手帳にポツポツと降り注いでいた。クロウドはようやく心で理解したのだ。自分が愛した父が死んだのだと。もう会うことは出来ないのだと。読み進める内にそのことを理解して涙が止まらなくなってしまったのだ。

 

 だがさらに読み進めるごとに涙が枯れていく。段々とその手記に対する違和感が強くなっていったからだ。


『4層まで到達することができた。手強くなるモンスターに対して装備が少し心許ない。そろそろ新調したほうが良さそうだ』


『今日はムラサキウサギの毒をくらい、治療の手段もなかったので撤退を余儀なくされてしまった。ムラサキウサギは5層には多く生息しているし次行く時は薬や血清を持参しておいたほうがいいだろう』


『ギルドで大規模な攻略隊を組む計画が始動したらしい。だが報酬や発見したアーティファクトの利権などで揉めているようだ。実際に攻略隊が組まれるのは何年後になるのやら』


『今日は新しい魔術を習得した。これで冒険が楽になるだろう。カッコいい魔術だからクロウドにも見せてやりたい』


 明らかな変化。最初の頃は家族のことをもっと書いていたはずなのに。ダンジョンなど本当は行きたくもなかったはずなのに。焦燥にも似た困惑がページを捲るクロウドの手を急かす。


 そして読み進める内にそれは現れた。ページに記された日付。クロウドが忘れもしない母親の命日。その日の記録だった。


『妻が死んだという連絡が入った。信じられない。とりあえ故郷に戻ろう。冷静にならなくては』


『妻の葬儀が終わった。まだ気持ちの整理はつかないが迷宮都市に戻るとしよう。クロウドは世話をしてくれる家政婦でも雇っておけばいいだろう』


「......」


 クロウドの父はクロウドが一人になっても冒険者をやめなかった。その理由はそこに記されてはいなかった。


 クロウドのページを捲る手がどんどん早くなる。


『パーティのメンバーが一人辞めた。これからだという時期なのに困ったな』


『新メンバーが見つかった。なんと新メンバーは水上歩行が使えるらしい』


『新しい魔術が』


『あのモンスターが』


『ギルドの受付嬢が』


『仲間の装備が』

 

 読み進めるほどにクロウドの呼吸は荒くなり、文字が頭に入らなくなる。その代わり脳にはあの日の老人の言葉がグルグルとリフレインしていた。


『魅了されてしまったからといったところかな』


『冒険者をやっている連中っていうのはね、全員ダンジョンに魅了されているんだよ』


 その言葉を掻き消してページを捲る。そこには珍しくクロウドの名前があった。クロウドは期待して文章に目を通す。


『家政婦からやたらと連絡が来る。どうやらクロウドに会いに帰ってこいということらしい。面倒くさいな。とりあえず正月にでも帰ると言っておこう。まあ帰る気はないがこれでしばらく連絡は来なくなるはずだ』


「ああ!」


 クロウドはそれを読んで手帳を投げ出した。


 そうして一回深呼吸して、クロウドは理解した。


「もうオレのことなんてどうでも良かったんだな」


 父はダンジョンの魅力に囚われてしまっていたのだ。もはや自分への愛などなく、ただひたすらにダンジョンの虜だった。クロウドはそれを理解して机の引き出しを開けた。中には一本の革のケースに入ったナイフが横たわっている。


 クロウドがそれをしっかりと握ったその時、窓がコンコンと音を立てた。


 クロウドは窓を開いて外を見る。そこには少女が居た。


「カナン......」


「く、クロウド」


 カナンは悲しそうな哀しそうな顔でクロウドから目を逸らす。


「ごめんね、今はそっとしておいた方が良いかとは思ったんだけど......でもやっぱり私、」


 カナンはそこまで言って言い淀む。カナンはクロウドのことを放っておけずにここまで来たのだ。


 どうすればクロウドを元気づけられるか。そんなことに悩むカナンの目を見てクロウドは言った。


「カナン、オレ冒険者になるよ」


「え?」


 クロウドは銀色に光るナイフの刀身をなぞる。


「父さんの意思を継ぐってわけじゃない。ただ確かめてやる」

 そう言ってクロウドは夜に浮かんだ欠けた月を投げめて拳を握った。そこに怒りも悲しみもない。あるのはただ——


「ダンジョンってやつの真価を確かめてやるよ」


 こうして一人の少年が、その深淵へと誘われた。

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