66話 クロウドの過去-2
『父さんな、実は冒険者になることになったんだ』
『冒険者?』
『そうだ。魔術の腕を買われてな。ダンジョンって場所を冒険する夢のある職業なんだぞ』
『なんだかすごそう!』
『ああ......それで、父さんダンジョンの近くに住むことになるから帰るまでは母さんと二人暮らしになる。母さんのこと守ってくれるか?』
『......うん!オレが守るよ!』
『そうか。離れてても愛してるからな。クロウド』
男はそう言ってクロウドのことをギュッと抱きしめた。
それから一年後、クロウドの母が他界し、クロウドは家で一人となったが、男は家政婦だけ雇って冒険者を辞めることはなかった。
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「おーい、クロウドくん、起きてクロウドくん」
一人のエプロンをした若い女性がベッドに横たわるクロウドの胸に手を当ててゆさゆさとゆする。彼女はクロウドの家の家政婦をしているメイサ。その日は家事をする日だったので訪れたのだ。
「ああ、メイサさん。おはようございます」
目覚めたクロウドは目を擦りながら起き上がる。だがおはようと言うのは少しおかしいとメイサは感じた。
「おはやくないですよ。もう12時です。休日とはいえクロウドくんはいつも早起きなのに珍しいですね」
「まあ......昨日は夜更かししたので」
「もう、夜更かしは健康に悪いですよ。ほら、寝巻き洗濯するので脱いでください」
メイサはそう言ってクロウドの服を無理やり脱がせようとする。まるっきり子供扱いだ。いや、この時点のクロウドは現に子供なので子供扱いはあっているのだがそれがクロウドは嫌だった。
「自分で着替えれるんで部屋出ててください!」
クロウドはそう言ってメイサを体から引き剥がして自室から追い出した。
「このケーキ美味しいですね!」
「ですよね」
クロウドの起床後。メイサはテーブルについて一切れのケーキを頬張り、その美味しさに感動して声を漏らしていた。
「カナンが昨日用意してくれたやつです。一流のパティシエが作ったらしい」
「へえ!それは良かったですね......クロウド君は食べないんですか?」
メイサはクロウドの前に置かれたもう一切れのケーキを見て言う。それには切り分けられてから一切手がつけられていなかった。
「......食べるよ」
クロウドは現実を飲み込むようにケーキにフォークを刺して口に入れた。本当はこのケーキは自分が食べるつもりではなかったのだ。もしかしたら父が帰ってきてれるかも。そうしたらこのケーキを食べてもらおうという淡い期待が込められていたのだ。
「そうだ!1日遅れですけど私誕生日プレゼントを用意してきたんですよ」
「え?」
クロウドは虚を突かれたように驚いた顔をする。どこにもプレゼントなど見当たらないからだ。もしかすると外に置いてあるのか、などとクロウドが考えていると、メイサが真実を告げた。
「実はクロウドくんのお父さんと連絡がついたんです」
「——じゃあ」
「お正月には帰ってくるつもりらしいですよ。良かったですね!」
「ほんとかっ!?」
クロウドの顔がぱあっと明るくなった後、それを誤魔化すかのように俯いた。
「ま、まあ父さんが帰ってくるからって別に何もないですけど!」
クロウドはそう言って残りのケーキを一気に頬張る。メイサはその光景を見て、しつこく連絡した甲斐があったなと微笑んだ。
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「それでお父さんへのプレゼントを一緒に選んで欲しいと」
町を出て馬車に乗り少し移動するとクロウドの住んでいる場所とは違って人が溢れ賑わっている街がある。カナンが住んでいるその街にクロウドは買い物に来ていた。目当ては帰省してくる父へのプレゼントである。カナンもそれに付き合っている。
「まああれだ。たまに帰ってくるなら親孝行ぐらいしてやらんとな。頑張る父への労いってやつだ」
「ほんとお父さんのこと好きなのね」
「うるせえな」
そうして二人は理想のプレゼントを探すべく、街一番の市場へと入っていった。市場には歯ブラシなどの日常品から本当に一部の人間しか使わないであろう特殊な器具など幅広く揃っている。プレゼント選びには最適だろう。
ただ一つ問題がある。
「プレゼントって言ったって何なら喜ぶのか分かんないわよね」
「確かにな。歳が離れすぎてる」
クロウド達は12歳なのに対して父親は35歳。自分達の好みと彼の好みがかけ離れているということはクロウド達にも想定できた。おまけに口にこそ出さなかったがクロウドは父親のことに関して知らないことが多い。
「予算はどのくらいあるの?」
「大体3万ゴル程度だ」
「結構奮発したわねー」
ゴルとはクロウド達の住んでいる国の通貨である。三万ゴルというと一般的な労働者の月給分と等しい程度。クロウドが貯めてきた今までの小遣いの全てである。
「大人相手だからな。それなりに値は張った方がいいだろ」
「これだけあれば大抵のものは買えそうね。何が良いか分からないしとにかく見てまわりましょう」
そうして二人は市場にズラリと並ぶ店を見て回ることにしたのだ。
まずは目についた服屋。二人はそこに入って商品を見る。カナンは気になった服を手に取ってクロウドに見せた。その服の生地はとにかくフリルだらけで所々にリボンがついていた。
「これなんか良いんじゃない?」
「......男でそれヒラヒラさせんのか?サイズも合ってるか分かんねえし」
次は雑貨屋。生活に役立つ品や何にも役に立たないガラクタのような品が幅広く揃っている。カナンはおもむろに棚に置かれていたそれを手に取って自分にかけてみた。
「サングラス!これはどう?」
「冒険者がサングラスかけることってあるかな......しかもそれ鼻とヒゲついてるじゃねえか。宴会とかで使う面白アイテムだろ」
その次はペットショップ。中ではさまざまの種類の動物が飼育されており、近づくと獣香りがふわりと漂う。
カナンはしゃがんで1匹の緑色の鳥を両手の平に乗せてクロウドの方を向いた。
「カラーひよこなんてどうよ!」
「お前さっきからちょっとふざけてるだろ」
二人はその後も何件か回ってみたが良い感じのプレゼントは見つからず、ベンチに座って休憩することにした。
「なかなか見つからないな」
「選んでるの私ばっかじゃない。クロウドもちゃんと選んでよ」
「何が良いのか分からんくてな」
確かに先程からプレゼントの提案をしているにはカナンばかりだった(ふざけた物ばかりではあったが)クロウドは悩んでいる内に何なら良いのかアイデアが全く浮かび上がんでこなくなったのだ。
そんな折、一つの店がクロウドの目に入った。それは看板があるのでかろうじて店だと分かったものの、一見すると古びた小汚いテントにしか見えない。だがそのテントの店に何故かクロウドは惹かれて仕方がなかった。
「ちょっと行ってみよう」
「ええ?なんか胡散臭くない?あの店」
「......んん」
それは正直クロウドも思っていた。古びたテントというその外装はいかにもな雰囲気を醸し出している。中にはインチキ占い師でも居そうだ。
だがそれでも歩みは進む。クロウドの胸には確信に近い予感があった。あの店の中に気にいる物があると。そんな予感がクロウドの心臓を揺らしていたのだ。
「お邪魔します」
クロウドは恐る恐るテントの入り口をめくって中に入る。カナンもそれに続いた。中には一つ木造のテーブルがあり、その上に幾つかのまとまりのない雑貨が並べられていた。
そしてそのテーブルの奥には腰の曲がった男の老人が小さな椅子に腰掛けている。その老人はクロウドとカナンの姿を見て驚いたように立ち上がった。
「お客さんとは珍しい。自由に見ていってください」
その老人の言葉にクロウドは怪訝な気分になった。
(客が来て珍しいって......なんのために店やってんだか。まあそれはいいとして、なんだこの商品)
クロウドは机に並べられた商品を見て疑問を抱く。ナイフ、カバン、クツ、水晶のような石、瓶。それらの商品には全くと言っていいほど一貫性がなかったのだ。
カナンもクロウドと同じ疑問を抱き、老人に質問した。
「ここってなんのお店なんですか?いろいろあるけど」
聞かれた老人はどう答えるか側頭部をぽりぽりと掻きながら少し悩んだ後、シワの集まった口を開いた。
「強いていうなら......私のお古の店ですかね」
「お古?」
「私はこう見えて昔冒険者をやってたんですよ。引退したんですがその時の装備が余りましてね。それらを渡せる人がいればとこの店を始めたんです」
カナンはテーブルに並べられていた商品達の正体に納得がいった。
(これらは爺さんが昔使ってた冒険の道具ってわけね)
「あの、なんで冒険者やってたんですか」
クロウドが突拍子もなく聞く。その言葉はクロウドの無意識の中から生まれ、勝手に飛び出たものだ。クロウド自身も自分の言葉に驚いていた。
「ふうむ、冒険者をやっていた理由か。そうだね。魅了されてしまったからといったところかな」
「魅了......?」
「そうだ。キッカケこそ忘れてしまったが、私はダンジョンの未知や深淵に魅了されてしまったんだ。きっと私だけじゃない。冒険者をやっている連中っていうのはね、全員ダンジョンに魅了されているんだよ」
「......」
クロウドはおし黙る。その老人の言葉はダンジョンや冒険者のことを何も知らないクロウドの心の突き刺さったのだ。まるでそれが絶対の解答であるかのように。
その光景を見たカナンがお節介を出す。
「彼の父親が冒険者なの。それで今日はその父親へのプレゼント選びに来たんです」
「へえ、お父さんが」
老人はそう言って顎ひげをさすると、テーブルの上の一本のナイフを手に取った。
「これはね、私が若い頃、高級武器屋にオーダーメイドで作って貰ったものなんだ。メンテナンスは欠かしていないし最近のものと比較しても遜色ないと思うよ」
ナイフの背をなぞりながら老人は言った。クロウドは唐突に始まった商品紹介を困惑気味に聞く。
「これを君に譲ろう」
老人はそう言いながらナイフの刃先を持ってクロウドに差し出した。
「え!?」
予想外の申し出に驚いて仰け反り気味になる。老人はニコリと微笑みながら話を続ける。
「お代はいらない。金儲けのために始めた店じゃないからね。私はこの大切な装備達を大事に扱ってくれる人を探していたんだ。君のお父さんも可愛い我が子からのプレゼントなら大切にしてくれるだろう」
「わっ、良かったじゃないクロウド!」
カナンはクロウドの肩の手を置いてはしゃぐ。クロウドはカナンと老人に急かされてナイフを受け取った。
そのナイフはクロウドの手にジンと馴染んだ。その瞬間クロウドは察した。自分は今日このナイフを探しに来たのだと。これがきっと最高のプレゼントなのだと。
「あ、ありがとうございます!」
そうしてクロウドとカナンは店を出て、良いプレゼントが見つかったとハイタッチした。
「これで準備OK。お父さんが帰ってくる日、楽しみね!」
「......ああ、そうだな!」
そう言ってクロウドは皮のナイフケースに入ったナイフを嬉しそうに見つめた。
この日はクロウドの耳に父の訃報が入る4日前だった。
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