65話 クロウドの過去-1
羊の鳴き声が聞こえるのどかな草原。そこにポツリと鎮座する大きな岩の上で金髪の少年が寝そべっていた。12歳のクロウドその人である。彼が見上げる空には星が所狭しと浮かんでいる。街の明かりもない田舎町である故郷を都会に憧れていたクロウドは気に入ってなかったが、星空が綺麗だというところだけは好きだった。
なのでクロウドは定期的に夜に家を出て夜空を眺める日があった。それは友達と喧嘩した日かもしれないし友達と仲直りした日かもしてないし嫌なことがあった日かもしれないし良いことがあった日かもしれないし何もなかった日かも知れないし、それとも一人で家にいるのが嫌になった日かもしれない。
ともかくクロウドはその日も星空を見上げていた。時刻は午後9時。いつもであればとっくに切り上げて家に帰っている時間であるがその日はずっと見上げていたままだった。そんなクロウドに一人の少女が赤い髪を揺らして静かに近づく。クロウドはその存在に気がついていたが自ら言及することはしなかった。
「やっぱりここにいた」
「カナン」
同じく12歳の頃のカナンである。カナンは寝そべっている。クロウドの顔を覗き込むようにして話しかけた。クロウドの視点では覗き込んできたカナンの顔は上下逆に見えている。
「こんな時間まで外にいて、メイサさんが心配するんじゃないの?」
メイサさんとはクロウドの家に週3〜4ぐらいで来てくれるお手伝いさんのことだ。基本的には掃除洗濯料理などの家事手伝いをしてくれるが、親が家にいないクロウドにとっては親の代理でもある。
「今日は来てないから大丈夫だろ」
「それにしたってこんな遅くまで外にいることないでしょ」
「......それよりもお前こそいいのかよ、ユクシア家のお嬢様がこんな夜中に外出て」
「いい訳ないでしょ。警備の目を盗んで抜け出してきたんだから」
「何でそんなことを......」
「これ!」
カナンは手に持っていた紙の箱をクロウドの顔面の上にコトリと置いた。クロウドは、なんだ?と顔をしかめる。
「折角のケーキ、アンタのせいでこんなところで食べるせいになっちゃったじゃない」
カナンはクロウドの顔面から箱をのけて開封する。その中には純白のクリームに身を包んだケーキが入っていた。
「12歳の誕生日おめでとう。クロウド」
カナンはそう言ってフォークを差し出した後、ニッとはにかんだ。その笑顔は星明かりに照らされて絵画のように幻想的なものだった。クロウドはその笑顔に一瞬見惚れて、礼を述べてフォークを受け取った。
「しかし二人でワンホールは少し無理がないか」
「男なんだからそんくらいいけるでしょ」
二人は取り皿もないので箱に入ったままのケーキに直接フォークを入れて頬張る。
「これ美味いな!」
クロウドが美味しさに驚嘆の声を上げる。今までクロウドが12年の人生で食べてきたケーキの中で誇張なしで今食べたケーキが一番美味しかったからだ。それもそのはずだとカナンは自慢気に解説を始める。
「わざわざ今日のために王都から一流のパティシエ呼んだんだから!たまには家の金も有効活用しないとね」
「......わざわざそんな」
クロウドの心の中は感動に似たような感情でいっぱいになっていた。王都から一流のパティシエを呼ぶなんて何週間、何ヶ月と前から計画していないと不可能だ。カナンには分かっていたのだ。クロウドが誕生日の夜をどのように過ごすことになるのかを。そのことをクロウドは理解したのだ。
そうして二人はケーキをその美味しさゆえに苦もなく食べ続け、あっという間にケーキは半分以下になった。そこでクロウドはそっとフォークを止めた。
「なあ、これ2切れ分ぐらい貰って帰ってもいいか。メイサさんの分と......オレが家で食べる分」
そう言うクロウドの目は泳いでいる。その目を見てカナンは、相変わらずクロウドは嘘をつくのが下手だな。と思った。
「別にいいわよ。私もう食べないし。このぐらいならいつでも食べれるんもんね」
「......今日はありがとな」
クロウドはカナンのそう言って残ったケーキを大切そうに見つめた。カナンはその横顔を見て少し哀しいような寂しいような気持ちになって、一言ポツリと呟いた。
「お父さん、誕生日の時ぐらい帰ってくればいいのにね」
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その夜、クロウドはベッドの中でいつものように思い出す。今よりも幼い頃、父と遊んだ記憶を。
クロウドの母はクロウドがまだ言葉も喋らない内に他界した。クロウドには兄弟も祖父母もいなかったので父だけが血の繋がった肉親だった。だがその父との記憶もあまりない。父は冒険者になったのでいつもカナリヤ迷宮都市にいるのだ。帰ってくるのは荷物を置きにくる時ぐらいだ。なのでクロウドは誕生日すら祝ってもらった記憶もない。
お手伝いのメイサは言った。クロウドの父の仕事は世の為になることなのだと。だから一生懸命仕事に励んでいるのだと。彼はクロウドのこともちゃんと愛しているのだと。
クロウドはその言葉を信じた。だから一年中帰ってこなかろうが誕生日を祝ってくれなかろうが父を恨むことはなかった。クロウドは自分なりに父のことを尊敬していたのだ。だから世の為に頑張っている父の邪魔になるようなことはしないようにしていた。ただ自分は父に愛されているのだと信じて。
ただそれは寂しくないわけじゃなかった。クロウドは父のことを尊敬していたが、それと同時に唯一の肉親として強く愛していたのだ。だからずっと会えなければ当然寂しい。
しかしそれはきっと父も同じだと信じて、今日もクロウドはベッドの中で父との記憶を思い返すのだ。
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