62話 湯船とスライム
「この水晶は......ルナを閉じ込めてたものと同じやつだ」
クロウドが割れた水晶の中から出てきたリンゴを見つめながらそう言った。その表情をルナは困惑しながら見つめる。
「私が閉じ込められてた......」
「話しただろ。お前は水晶の中に閉じ込められてたんだ。その水晶をオレが触ったら割れてお前が目を覚ました」
「その水晶とこの野菜閉じ込めてたやつが同じってこと!?」
「恐らくな。透明度も触れたら割れるっていう性質もまんまだ」
クロウドはリンゴを手に取り、割ってみる。するとリンゴの白い断面が明らかになり果汁が床に垂れた。さらにその断面を嗅ぎ、かじった。少しだけ咀嚼しゴクリと飲み込む。
「このリンゴは異常に瑞々しく、新鮮だ。他の野菜や果物もそう。まるで収穫されたばかりみたいな状態でここに入っている」
「え、でもそれは......」
「おかしいだろ。近日にこのダンジョンの奥地のこんな場所に誰かが置いたのか?そんなわけはないしそんなことをする理由があるとも思えない。つまりこの野菜や果物はあの水晶の中に入れられてたからこの新鮮な状態を保てていたんだ」
「それは分かったけど、それとこれとなんの関係が?」
ルナの疑問を一旦スルーしてクロウドは話を続ける。
「ここから推察できるのはこの水晶はダンジョンの技術が用いられた保存技術なんじゃないかってことだ。水晶の中のものは時が止まったのごとく状態が変わらなくなる」
「その水晶に私が閉じ込められてたってことは......そうか!」
「そう、お前は恐らくこの水晶によって言い方は悪いが保存されていたんだ」
「......ルナが水晶に閉じ込められていたという話は初めて聞いたが、なぜそんなことになる必要があったのだ」
イバンが横から口を挟む。ここでイバンが口を挟んだ理由は、従来から気になったことが聞かないと気が済まないタチなのだということもあるが、それとプラスで自分を置いてけぼりにして喋ってる二人が気に食わなかったという理由もあった。
「それはいくらでも推察はできるな。例えばダンジョン内で帰れなくなって、誰かが見つけてくれると願って水晶の中に入ったとか、敵意を持つ何者かにやられたとか」
「私が元々ダンジョンの住人だったって可能性は?」
「冒険者バッジがついている以上それはないよ。少なくともダンジョンが発見された100年前以降の人間ではあるはずだ」
「......謎が深まるね」
クロウドは考える。
(ルナを閉じ込めていた水晶の正体は分かった。だが他はことは分からないことばかりだ。ルナは「どうやってあの水晶の中に閉じ込められた」んだ?これがダンジョンの技術だろう。ならば失われた技術のはずだ。ルナや他の冒険者が使えるはずがないのだ。アーティファクトによるものだろうか?それならばいい。問題はあの透明男の存在だ。
あの男の口ぶりやら行動からして恐らく仲間がいる。このダンジョンには住人がいるのだ。もしもルナを閉じ込めたのがダンジョンの住人なら?ヤツはルナを知っているような口ぶりだった)
クロウドの脳裏を不快な感覚がよぎる。
「これ以上厄介なことにならなきゃいいんだがな......」
そう呟いてリンゴをもう一口かじった。
「ふうううう。極楽ってやつだよね」
ルナは風呂になみなみに張った湯に浸かって声を漏らす。軽く食事を済ませたルナは早速風呂に入ったのだ。部屋の端には濡れないように服が纏めて置かれてある。
「しかし私はあの水晶に閉じ込められてたのか......あんま実感湧かないな。記憶も全然戻らないし」
実はルナは記憶を思い出そうと頑張ってはいるのだが一向に戻る気配がない。何を見ても、何を聞いても、何を考えてもルナの頭に以前の記憶の断片すら蘇ることはなかった。
「手がかりはあの時の夢か」
ルナがイバンと出会う前に見た夢を思い出す。以前の記憶の手がかりがあるとしたらそこだけだ。だが......
「うーん、何度思い返しても何も分からないな」
ルナの記憶が戻ることはやはりない。全くの行き詰まりだ。
「まあ戻らないものは仕方ないか。それよりのぼせる前に出よう」
その体が湯から出て波が立つ。ルナはそのまままず体を拭こうと服の方へ向かう。実は大量の箱の中には毛布などの布が入っている箱があった。それで体を拭こうと服と一緒に纏めて置いておいたのだ。
だが天井にあるパイプの中から、それを阻止するかのようにドロリとした液体が落ちてルナの前に立ちはだかる。その液体は即座に形を変えて丸くなった。その中心には心臓のような球体がある半透明のドロドロな液体でできた生物。
ある意味現代日本では最も馴染み深いモンスター。その名前は——
「スライムだ!」
スライムが体の液体を触手のように変形させ、ルナに襲いかかる。だがその速度は遅い。ルナは軽々と避け、逆にその触手にキックをお見舞いする。
「力」のあるルナの全力キック。大抵のモンスターであれば一発でKOできるだろう。だが相手はスライムだ。そのキックは触手の中にめり込み、足が触手に取り込まれてしまった。
「な——痛っ!」
スライムは触手に取り込んだ足に水圧をかけ、折ろうとする。その痛みを感じたルナは即座に足を引き抜いた。
「物理攻撃は効かないのか......!」
物理攻撃しか出来ないルナに対して物理攻撃が効かないスライム。相性はおよそ最悪だ。その時、扉の向こうから声が響いた。
「大丈夫かルナ!なんか声が聞こえたが!」
ルナが痛みに上げた声を聞いたクロウドが心配して声をかけたのだ。ルナはその声を聞き今の状況を話そうとする。
「クロウド君!実はスラっ......!」
ルナは言いかけて気がついた。今の自分の状況とこれから起こるであろう状況に気がついた。
(もし今の状況をクロウド君につたえれば彼は躊躇なくここに入ってくるだろう......!例え私が素っ裸だとしても......!)
そう、ルナは気がついてしまったのだ。このまま現状を伝えれば自分の裸を見られてしまうと。
ルナはクロウドの言葉を思い出す。
『危険があればすぐオレを呼べよ』
今がその時だ。絶賛モンスターに襲われている最中。危険も危険だろう。クロウドの言葉に従うのならば、リスクを避けるのであれば今すぐクロウドを呼ぶべきだ。
ルナは決断した。
「転んだだけだから大丈夫!」
「そうか。気をつけろよ」
ルナは決断し、覚悟をきめた。このスライムを一人でどうにかすると。
(ごめんねクロウド君。乙女には命よりも大切なものがあるんだ。必ず勝つから信じて......!)
ルナとスライムによる風呂場の決戦の火蓋が今切られた。
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