51話 ラウンド2
イバンは窮地に対応するため本来の龍帝の姿を取り戻した。だがそれは一時的なものにすぎない。幾分か回復した僅かな魔力を元手に無理矢理戻ったのだ。その体で時間は少ない。さらに無理矢理戻ったものだからどんな反動がくるかも分からない。
(持って2分くらいだな......)
イバンはまずクイーンスパイダーの位置を確認する。姿が戻ったことにより魔力感知も精度、範囲ともに元に戻っている。
(蜘蛛との距離は2km程度。今にも辿り着くな。その前に......)
イバンは足元を見下ろす。そこには無数のマジックデッドと気を失ったルナが居た。マジックデッド達は今にもルナに襲いかかりそうだ。
(これではおちおち戦うこともできんな)
イバンはルナを掴んで背中の上に乗せる。このままでは巻き込まれてしまうからだ。そうして翼を広げて少し飛び立つ。
イバンは宙空からマジックデッド達を見下ろす。その存在は先程までは脅威だったが状況は逆転した。一時的とはいえ本来の実力を取り戻したイバンにとってマジックデッドの存在などその辺の蟻と大して変わらない。ゆえに放たれた魔術の数々もイバンの外皮には傷一つすらつけられない。
イバンは地面を蠢くマジックデッド達に告げる。
「先程までの我に対する愚行の数々。その業を我が豪炎にて浄化し許しとしよう」
イバンは息を大きく吸い、それに熱を加え炎の息、ブレスを生み出して眼下のマジックデッド達に浴びせる。これにて一網打尽。周囲に生き残りは一人もいない。
先程のブレスはイバンにしてみればバースデーケーキに刺さった蝋燭にふうっと息を吹きかけるような軽いものである。だがそれでマジックデッド達は壊滅。これが本来の生物としての強度の差である。
「さて」
スカイアリゲター達もマジックデッド達も消えた。だがこれは前哨戦が終わったに過ぎない。
ソレはすでに間近に迫っていた。「最強」の称号を冠する「最悪」。この第7層に集う死者達の主。「死神」の如き「女王蜘蛛」。
イバンは腹を括る。悠長に戦う時間はない。万全の状態で敗北したのだ。倒すことは不可能。その上今の状態は何がキッカケでまた小さな体になってしまうか分からない。
発動できるであろう魔術はせいぜい二発。この二発でイバンは状況を打破する必要がある。
イバンは見据える。迫るクイーンスパイダーを退ける可能性を。自身の背に乗る「友」を守り抜く方法を。
そうしている間にもヤツは近づく。接敵まであと僅か。
イバンはルナを背中の上から自身の後ろに降ろす。そしてクイーンスパイダーからルナを庇うようにただ立った。
クイーンスパイダーの姿は既に視界に入っている。
「一度見逃してやったと言うに......獣にふさわしき理性のなさだ。生物としての格の違いを今度こそ教えてやろう」
無論強がり。格付けは先の戦いで既に済んでいる。この戦いでイバンがクイーンスパイダーを殺せる可能性は限りなく0に近い。イバンがクイーンスパイダーを狩ることはできないのだ。「殺し合い」をすれば確実にイバンが負ける。
だが今回の戦いの勝利条件は違う。それは後方で眠る「友」を守ること。クイーンスパイダーを狩ることではないのだ。
先に言っておこう。勝負は一瞬でつく。この戦いでイバンがクイーンスパイダーを殺すことはできない。それどころか傷一つもつけられず、体を覆うシールドを突破することすらも叶わない。
だが「勝利」の可能性は残っている。こうしてラウンド2が開幕した。
イバンは速攻で決めようと魔力操り技の準備をする。そして迫るクイーンスパイダーを前にして呪文を唱え始めた。
呪文とは言葉で世界に語りかける魔術の制約。世界の「法」を己が「魔」で捻じ曲げる高等魔術の一種。呪文が必要になる分、通常の魔術よりも出力が高くなる。
それを魔術師達は「魔法」と呼んだ。
「それは星の生命の証。命を支える星の土台にしていつか星を終わらせるもの。我が命により一時その法を我が支配下におこう。我に従え、星の力よ!」
魔法「引かれあう星の力」
イバンが呪文を唱え終わり、クイーンスパイダーの進行が止まる。
クイーンスパイダーは後ろ向きに引かれる。否、落ちる。イバンが魔法によりクイーンスパイダーにかかる重力の向きを変えたのだ。
クイーンスパイダーからしてみれば世界は向きを変え、壁は地面となり地面は壁となる。さらに重力の強さも大きくなる。その足を地面に刺すが自身の巨体が災いしずり落ちてゆく。
イバンはそれをただ見る。本来であればこの隙に追撃を仕掛けたいところではあるが既に体が言うことを聞かなくなっていた。
このままクイーンスパイダーが落ちていけばイバンの勝利だ。
だが現実は当然のように逆境を用意する。クイーンスパイダーはさらに地面に足を深く突き刺して少しずつ登り始める。その速度は少しずつ上昇する。魔法の効果だってずっとは続かない。このままではイバンの敗北だ。
それを察したイバンは動かないガラクタのような体を奮い立たせる。循環しなくなった魔力を無理矢理身体中に巡らせる。撃てる魔術はあと一発。これで決めるしかない。
だが大掛かりな魔術はもう撃てない。撃てて「風刃」程度だ。
「それで充分......!」
イバンはクイーンスパイダーの手前まで飛ぶ。そこは既にクイーンスパイダーの間合いの内側。針が突起から射出されイバンの体のあちこちに突き刺さる。イバンがリビングデッドになることはないがそれでもダメージはある。
「痒くもないわ!」
そう言ったイバンの体から血が噴き出す。「この体」はあと10秒と保たないだろう。ゆえに必然、決着は10秒以内に着く。
「これで終いだ!」
イバンが残りカスのような魔力でなんとか「風刃」二発を撃ち出す。狙うのはクイーンスパイダーの体ではなくその足が突き刺さる地面。それらが見事狙いの場所に直撃。地面は抉れ、2本の足が地面から離れた。
だが突き刺さった足はまだ6本残っている。地面から2本離れようと復帰は容易だ。落ちることはない。
イバンはそんなことは百も承知だった。
「そこは気合いでカバーだ!」
イバンは体を奮起させクイーンスパイダーに体当たりした。イバンの巨体から繰り出される体当たりは強烈で、クイーンスパイダーの足は全て抜け、後ろに落ちていく。なんとか地面に復帰しようとも自身の重い自重が邪魔をする。
「これで......魔法が切れるまでは落ちるだろう」
距離にしてどれくらいになるかは詳しくは分からないが少なくともすぐに戻ってくるようなことはない。イバンは勝利したのだ。
丁度体が崩れ、中から小さなイバンがフラフラと出てくる。その体も外傷はないが無理に元の体に戻ったのと魔法の行使による負担で内側はボロボロ、今にも気を失いそうだ。
だが気を失う前に、イバンはルナの元へ歩いた。
「おいルナ。まあ......勝ったぞ」
イバンはそう言って気を失った。
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