35話 バイオパニック
男は完全に姿を消し、ルナは困惑しながら立ち尽していた。
「ヤツはもう行ったか」
隠れていたイバンがそう言って出てくる。
「た、多分。でもさっきまで声だけは聞こえてたの」
姿は見えないのに声だけが聞こえていた。まるで幽霊に話しかけられているようだった(幽霊に話しかけられたことないけど)あれが何だったのだろう。
「ああ見ていたぞ。あれは光学魔術という魔術の応用だな。周囲の光を操作して自身の姿を消していたのだろう」
「そんなことできるんだね」
「だがそれにしてもヤツは只者ではないぞ」
「どういうこと?」
私は首を傾げる。
「光学魔術で姿を消して透明になる。そう言った魔術者はそこそこいるのだ。だから姿を消すこと自体はそれほどでもないのだが。実際素人でも10年修行すれば出来る様になるだろう」
「習得に10年かかるならすごいじゃん」
「ふん、魔術の世界をそこらの技術のものと一緒にするな。魔術の修練は10年が最小単位、100年以上の修行だってざらだ」
「ふーん、じゃあやっぱすごくないの?」
「光学魔術自体はな。問題はヤツの魔術の使い方だ。ヤツは姿を消す以外にも足音や衣擦れの音を消していた。さらには己の魔力を我が感知できないレベルに完全に隠していた。つまり姿を消す、音を消す、魔力を隠すの3種の魔力を同時に使っておったわけだ」
「それがすごいの?」
「そんなことが出来る人間は我の長い生の中でも数える程しかおらんな。我が元の体でも厳しいかもしれん。いややろうと思えば出来るがな?」
「......なるほど」
私はどうやらもう少しでとんでもないヤツと喧嘩になるところだったみたいだ。ムカつくやつだったが見逃してもらって助かったといったところだろうか。
「というかお主も冒険者とやらをやっているのならこのくらい知っておくべきではないか?」
「ああ、私記憶喪失だからその辺のこと全部忘れてるの」
「は⁉︎」
まあこれはやっぱり話さない方がいいというのは分かっているのだけど。
「だから実はイバンのことも知らなかったなだ、ごめんね」
私は別に申し訳ないとは思っていないが流れで謝る。
「いや待て待て!突拍子もなくて驚いたがお主何でそれを今言ったのだ。我は協力関係というだけだ。それは自身の弱点なのだからこのまま隠しておけば良かったではないか」
イバンが困惑をあらわにしながら正論を吐く。それはもちろんその通りで実際私は一回隠したんだけど。
「まあそうなんだけどさ。でもめんどくさかったし一緒に冒険してる仲間にやっぱ隠し事したくなかったんだよね。その方が互いに信用できるでしょ?」
私のその言葉を聞いたイバンは渋い顔をして舌打ちをした。
「......仲間ではないと言ったであろう。やはりお主馬鹿だな」
やっぱり可愛くない!
「まあそれはとりあえず、会話を聞く限りあの男はどうやら敵ではないようだな」
「......うん、そうだね」
そうだ。あの男の口ぶりからして私に危害を加えるつもりは無さそうだ。だが、冒険者がどうともゴキブリがどうとかの言葉を聞くに、基本的には冒険者の敵だと思った方が良さそうだ。つまり私の敵ではなくともクロウド君の敵ではあるかもしれない。
もしもクロウド君と一緒にいる時に遭遇したらあの男は恐らく敵対してくるだろう。気を引き締めないと。
「気を取り直して出口へ向かおう。時間無駄には出来ないからね」
「うむ、そうだな」
私たちは引き続き進み始めた。
「な、何ここ......」
地図の通り進み、路地を抜けた先には、建物が全て崩壊し、家が全て瓦礫となった平地が広がっていた。
「瓦礫の跡や傷跡から察するにここで大規模な戦いがあったようだな」
確かに言われてみたら建物の崩れ方も何かで斬られたような跡があったりところどころ焼けていたりもする。自然にこうはならないだろう。
「地図にはこの場所は描かれていないな。最近こうなったのかそれともこの地図が古いのか」
多分その地図が古いだけな気がする。一緒に旅してて彼の持ち物はどれも古びているのが目についた。まあ物持ちがいいのだと思おう。
「どうする。ここを通るか迂回して崩壊していない道を通るか」
「ここ通ろうよ。そっちの方が建物崩壊してて直進出来るから早いでしょ?それに見通しいいからモンスター居てもすぐ分かるし」
「それがいいだろうな。では我も魔力感知は節約気味で行こう。既に魔力がカツカツだからな」
そうして私達は瓦礫を踏み締め再び歩みを進める。
「しかし何があればこんなことになるんだろうね」
この崩壊してる箇所はかなり大規模だ。少し進めば周囲どこを見渡しても瓦礫しか見えなくなる。クロウド君なら何か知っているのだろうか。
「この場所に関する知識が少なすぎて何とも言えないが......まあ大方あの蜘蛛が関わっているだろうな」
「あの蜘蛛が暴れてこうなったってこと」
「いや、斬れたような傷跡は蜘蛛でも出来るだろうが爆発の後や燃えた後はヤツには付けられまい。蜘蛛と何かが戦ってこうなった考えるのが妥当であろうな」
「なるほどね」
会話を交わしながらも周囲の警戒は続ける。リビングデッドやスカイアリゲターがいるかもしれないしなんならクイーンスパイダーがいるからも知れない。まあ一向にどれの姿も見えないししばらくは襲われる心配はないかな。
と、そんなことを考えていた時だった。
「びいあ!」
足に何か冷たいものが触れてつい声をあげる。
「イバン今足触ったでしょ!」
「......どうして我がそんなものに触れねばならぬのだ」
イバンが呆れ気味で反論してきた。だけど確かにイバンがそんなことする理由はない。そんなしょうもないイタズラをするような性格でもないだろう。
「気のせいか、ごめん」
「ふん、気をつけろ」
少し腑に落ちないまま歩く。
「あ?」
イバンが急に声をあげた。いきなりどうしたのだろう。
「お主今我の尾に触れたか?」
「そんなことしないよ」
いきなり変なことを聞いてくる。イバンと同じで私がそんなことをする意味はない。
「......そうか」
イバンも再び歩み始める。さっきからなんか変な感じだ。
「いや待て!今そこの瓦礫が動いたぞ!」
「え、見てなかったけど」
「確かに動いた。この場所は何かおかしいぞ」
それは私も思っていた。
「魔力感知してみたら?」
「......なるほど、これはまずいぞ!」
え、何があったの?そう言いかけた時だった。私の足首を冷たい何かが掴んだ。
「何⁉︎」
驚愕して足元を見る。私は思わず悲鳴をあげた。
「が、瓦礫の隙間から掴まれてる!」
瓦礫の隙間から腕が伸びて私の足首を掴んでいたのだ。
私は急いでその腕を振り払う。腕は思いの外あっさりと離れた。その離れた腕が瓦礫を押し退けて、本体がその姿を現した。いや、それだけではない。周囲を見てみるとドンドンと瓦礫の下からリビングデッドが出てくる。
「これはまずい......」
現れたリビングデッドの数はとても一人と1匹で対処できるような数ではないかった。
「我らはどうやら囲まれたようだぞ......!」
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