〔5〕
それから唐突に「お腹へったー」と藍希が叫んで、ヲタ子が「オムレツでいい?」と作り始める。
手際がいいって言うか、手慣れてるって言うか…と、同じことを藍希も思ったらしい。
「タマちゃんって、ホントにお一人様なの?」
俺と違うのは、思ったことを素直に口にできるとこだよな。
「実はダンナも子どももいて、とかだったりして?」
「えー、あたしって、そんな風に見えるの?」
「だってお料理もお掃除もパパっとできちゃうし、主婦って言われたら頷いちゃうよ」
「そうなの? 嬉しくないなぁー」
そんな会話をしながらも手が止まることはなく、オムレツがのった皿が藍希の前に、コーヒーがそれぞれの前に置かれて、俺はまた考え込む羽目になる。
「それでホントのとこ、どうなの?」
「どうって、あたしは1人よ、ずっと……あの、また何かしちゃいました?」
ヲタ子が俺の様子に気付いて不安そうな表情になる。
「なになに? どうかした?」
早速オムレツを口に運んで満足そうな笑顔の藍希が首を傾げた。
「いや、どうしてだろうと思ってさ」
コーヒー用に、俺の前には小さなピッチャーに牛乳、藍希と篠崎さんにはポーションのミルクが添えられてる。
「ん? なにか変? しゅーちゃんはコーヒーに牛乳でしょ」
「そうだけど、どうして知ってるんだ?」
酔って話すことがないとは言えないけど、飲みの席でヲタ子を見た記憶はない。まぁ、途中から曖昧だけどな…。
「あー、犯人はボク、だよね、たぶん」
確認するようにチラリとヲタ子を見た藍希は、バツの悪そうな顔を俺に向けると「ゴメンねー」とチロッと舌を出して笑った。
「他にもいろんなこと話ちゃってるかもー」
「は? いろんなこと?」
「しゅーちゃんにはわからないと思うけど、女子会じゃコイバナが一番盛り上がるんだよねー」
ジョシカイ、だと?
「俺にどういう関係があるんだよ」
「だから、コ、イ、バ、ナ、だって」
「わからん」
「男子には難しいかもねー」
…お前もその男子のはずだが、スーツ着てるのに男だと思えなくなってきた。
「あ、それでか」
「なに?」
「雑炊だった」
「へぇー、ボクって役に立つね。ね?」
「…他には何をしゃべったんだ?」
「んーと…、いろいろ?」
「お前なぁ」
「ゴメ~ン。あ、でもタマちゃん、ボクの話がしゅーちゃんのことってよくわかったね」
旗色が悪くなってきたことに気付いたのか、藍希が話をヲタ子に振った。
「え…、あ…、うん…」
何に動揺してるんだか、急にヲタ子がしどろもどろになる。
「…ふーん、そういうこと」
「ち、違うのよ、アイちゃん、そういうんじゃないからっ」
「ふーん」
「だからっ」
「わかってるって」
耳まで赤くなったヲタ子とニヤニヤしている藍希は相互理解したらしいが、俺にはちっともわからん。
時計を気にし始めた篠崎さんが遠慮がちに「社長、そろそろ…」と藍希に声をかける。
「もうそんな時間? しゅーちゃんはお休みなのに、ボクだけ仕事って、なんかずるーい」
「お前の社長業に俺は関係ないだろ」
「冷たいんだから」
「知るかよ」
さっさと行けと手を振った俺に口を尖らせた藍希が「あ、ショッピング忘れないようにね~」とニヤニヤ笑いを残して出て行く。
「ショッピング? なんだよ、それー?」
追いかける俺の言葉に「約束したでしょー」とドアの閉まる音が返ってきた。
「…約束?」
わからん。
藍希の言うショッピングが何だか思い出せずため息をついた俺に「すみません」と、ヲタ子が呟くように謝る。
「どうしてお前が謝る?」
「あの、たぶん、あたしのお買い物のことだと思うんです」
ますますわからん。
「お部屋から何も持ち出せなかったんです」
「は? …そういや、間違えて取り壊しって、何?」
藍希にまくし立てられて押しきられた感じで、実は事態をちゃんと把握してないんだな、これが。
我ながらいい加減な話だよ、まったく。
「あたしの住んでたマンションがお隣と間違えて解体されちゃったんです」
「間違えるか? 普通」
「さぁ…、その辺の事情は調査中らしいんです。…荷物は全滅だったので、とりあえず事務所にあるもので何とかしてますけど、ちょっともうどうしようもなくって…」
「…それで、そういう格好なわけ?」
「え?」
俺の指摘に自分の服を見たヲタ子が、なぜか顔を赤くして慌てはじめる。
「あっ。こ、これは、あたしじゃなくって、アイちゃんが決めたんですよ。あたしは普段からこういうのを着てるわけじゃなくって、いつもは、あの、作業の時はジャージだから、事務所にはジャージしかなかったんです。こちらへ来るって決まったら、アイちゃんが服をちゃんとしなくちゃって、サンプルで渡してたのを持ってきてくれて、それで、着ることになって…」
どうしてそんなに必死になるのか不明だが、自分の意志ではないと一所懸命に説明するヲタ子になんとなく口元が緩んでくるもんだから咳払いで誤魔化してみた。
まぁ、気付いちゃいないだろうけどな。
「わかった、わかった。それは藍希の条件ってことな?」
「えーと、その、こういう服の方が、記憶にないって追い出されたりしないって、アイちゃんが…」
俺が酔いつぶれて記憶がない前提で話してるわけか…。
やっぱ、確信犯だな、あいつは。
「で、お前はそういう格好がいいわけ?」
「えーと…嫌いじゃないけど、ジャージとかの方が、その、いろいろ気にしなくっていいかなぁーって」
まだ顔を赤くしたままスカートの前を抑えるのは、今さらだと思うけどな。




