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〔4〕

「おーい、いい加減にしろよ」

揺れ続けるホワホワした頭に声をかけてはみるが、ちょっと顔を上げて俺と目が合うと、また発作に襲われたように肩を震わせて笑い出す。

そんなにおかしいのかよ、あのピンクのモコモコした帽子を乗っけた俺は?

そりゃ、あんなものが似合うとは自分でも思わないけど笑いすぎだろ。どんな姿を想像してんだか、まったく…。

箸が転がってもおかしい年頃なのか、こいつは?

…そういや、いくつか聞いてないな。

メイド服なんか着てこんな風に髪型を変えてると、なんか10代でも通りそうだ。いつもの格好じゃ年齢不詳なのに、女って面白いな。

もて余しかけてきた頃を見計らったように、ドアチャイムがせわしなく鳴った。

「お客様ですか?」

途端にガバッとヲタ子が立ち上がった。

「藍希だろ、きっと」

時計を横目に見ながら答えると、パッと笑顔になった。

「ホントですか?」

止める間もなく玄関へ向かったヲタ子を見送りながら、藍希の反応を想像して身構える。

「おはようございますー! キャー、アイちゃんステキ…アイちゃん?!」

玄関の開く音にヲタ子の声が続いたが、それには答える様子もなくバタバタッと足音が近付いてきた。

「柊聖っ、珠樹さんに何したっ?!」

こいつ、服で人格変わるよなー。

「なんにもしてないよ」

俺的には珍しいスーツ姿の藍希に胸ぐらを掴まれながら、予想通りの成り行きに思わずため息がでる。

こんな藍希を見たら、あの取り巻き連中はどんな顔をするんだろうな。同一人物だとわかったら、の話だけど。

「アイちゃん、どうしたの?!」

後から駆け込んできたヲタ子がその光景に目を丸くして立ちすくんでるのを見て、こんな反応か…と納得。連中とは仲間じゃないみたいだが、まぁ同じようなものだよな、きっと。

「社長、暴力はいけません」

座ったままの俺に乗り掛かるようにしてる藍希を、秘書兼運転手兼ボディーガードの篠崎さんがなだめるように引き剥がす。

「だって柊聖がっ…」

「何もしてないとおっしゃっていますよ。ちゃんとお話をなさってください」

…父親に叱られてる小学生みたいだ。

篠崎さんって俺と似た体格だから、ラウンドでは俺と藍希ってこんな感じに見えてるのか。設定的には俺が叱られる側だから、これだけ体格差があったらそれだけで笑えるな。

「あのー、何か飲みますか?」

なんとなく落ち着いたと見て、ヲタ子がそっと声をかけてきた。

「コーヒー」

答えながらティッシュの箱をヲタ子につき出す。

「?」

「泣くほど笑うことないだろ」

受け取りながら首を傾げていたヲタ子が、はっとしたように洗面所へ消える。

なんか悲鳴のような声が聞こえたが、それは知らないふりをした方がいいんだろうな、きっと。

向かい側に座らされてジットリと俺を見てた藍希が、洗面所をチラッと見て眉間にシワを寄せる。

「笑いすぎて、泣いてた…?」

「失礼なやつだよな、人の顔見て笑うなんて」

「何かして泣かせたんじゃないの?」

「何か、って、なんだよ」

「…なんだぁー。まぎらわしいことしないでよ、もう」

「勝手に勘違いしたのはお前だろ」

「だーって、タマちゃんてば泣いてるんだもん、しゅーに何かされたと思うでしょ」

「だから、俺があいつに何するんだよ」

「…そうだよねぇ」

三つ揃いのスーツをパリッと着こなしたビジネスマンだったのに、気が抜けたのか言葉遣いが変わると態度も変わる。

意味ありげに俺を見て不可解な笑みを浮かべた藍希は、なんとなく爬虫類を連想させて背筋がゾワゾワするんだよ。

でも、それも一瞬。すぐに女子が「カワイー」と黄色い声をあげる笑顔になる。

「ほっとしたらお腹すいたー。しゅーが電話に出ないから心配で何も食べられなかったんだよー」

「知るか。そんなに心配ならお前のとこへ引き取れよ」

「それは無理ー。ボクの愛の巣は今、二人の愛でいっぱいなんだー」

「あーそー」

満面に幸せそうな笑みを浮かべてる藍希に、それでも引き取れ、とは言えないんだよな。

思わずため息ついた俺に、篠崎さんが申し訳なさそうな顔をする。いや、篠崎さんは関係ないし。

「失礼しました」

顔を赤らめて洗面所から出てきたヲタ子は誰にともなく頭を下げてキッチンに立つと、コーヒーを淹れるつもりらしく仕度を始めた。

先輩が居た頃はこだわりの美味しいコーヒーを淹れてくれてたけど、もっぱら俺はインスタント。

先輩が置いていったコーヒーメーカーもミルも揃ってるけど、どういうわけか同じ豆を買ってきて同じように淹れても美味しくない。そのうち道具を片付けるのが面倒になって、かといって出しっぱなしは邪魔で、結局は棚のどこかへ押し込んでそれっきり。

自分でもどこへ押し込んだか忘れてたものを魔法のように取り出すヲタ子に「お前、スゴイな」と思わず口にしてた。

ヲタ子はもちろん、藍希も篠崎さんも首を傾げる。

「あ、いや、どこに何があるかちゃんと把握してるからさ」

いつものパターンなら戻ってきたのは日付が変更してからだったろうし、それから俺がテーブルにつくまで4~5時間くらいのものか? それで迷いもなく棚から物がよく取り出せるもんだと感心する。

藍希のことだから一緒に来て勝手に部屋を案内してるはずだけど、どこに何が片付けてあるかまで教えてるわけない。

なにしろいつもお客様で、冷蔵庫からビールすら自分じゃ出さないんだから。

俺の言葉に藍希と篠崎さんが揃ってヲタ子を見る。

三人から視線を浴びて、ヲタ子が困ったように微笑む。

「タマちゃんって、しゅーの部屋に来たこと…」

「ねぇよっ!」

「ありませんっ!」

力強く否定した俺とヲタ子に藍希が「息ピッタリ」と笑った。

その言葉をまた同時に否定して、思わずヲタ子と顔を見合わせてしまう。

「大丈夫そうだね?」

藍希が柔らかく微笑んでヲタ子にそう聞いた。

ヲタ子はチラリと俺を見て「そうでしょうか?」と自信なさげに俯く。

「大丈夫だね、しゅーちゃん」

「約束は守るよ。記憶になくてもな」

「嫌味はなし。タマちゃんってホントにいい子なんだから、いじめちゃダメだよ」

「……」

いや、この場合、いじめられてるのは俺じゃないかと、そう思うけどな。

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