第六話 代償
俺が旧市街キャンプに来てから、二週間が経過した。
毎日、ラババとの地獄のような訓練に明け暮れている。
最初こそ手も足も出ずにひたすらボコボコにされていたが、ここ数日は七割近く攻撃を避けられるようになっていた。
この滞在期間中は、ラババとの訓練だけでなく近隣のイデア討伐も並行して行っている。
クラス1ばかりだが、俺が倒したイデアの数はすでに100体は下らないだろう。
「この刀も、すっかり手になじんだな。まるで自分の体の一部みたいだ」
最初は重く感じられた刀も、今では自由自在に扱うことができる。クラス1であれば一切苦戦せず、一撃で破壊できるまでになっていた。
「よく頑張ったわね、カインちゃん! あたしとの訓練はこれで終わりよ。まさか最後の最後に一撃もらっちゃうなんてねぇ……。ほんっとびっくりよん!」
「ああ、本当にありがとうラババ。これで少しは、イヴに近づけた気がするよ」
アストランにいた頃とは、まるで別人のように体へ力が満ち溢れてくる。
これで俺も、イヴと一緒に戦える――。
「ラババ、最後に一つだけ教えてほしいことがあるんだ」
「何かしら? あたしが分かることならいいわよん」
そう、ずっと気になっていたことがあった。
「イヴが言っていた『霊装』って、一体何なんだ? 機装の先にあるってことくらいしか知らなくてさ」
本人がいないところで聞くのは少し申し訳ない気がしたが、イヴに直接聞いても上手くはぐらかされてしまいそうな気がしたのだ。
「んー……そうね。これからイヴちゃんと行動を共にしていくなら、知っておくべきかもしれないわね。それに、今のカインちゃんになら教えても大丈夫そうだし」
ラババは少し表情を引き締め、静かに『霊装』について語り始めた。
「まず、機装がイデアを破壊するための基本的な兵器ってことは知ってるわよね?」
「ああ、訓練兵の時に習った」
確かイデアのコアエネルギーを利用した兵器だと、教官が言っていた。
詳しい原理などは難しくて、正直あまり覚えていないが……。
「大事なことが二つあるの。まず一つ目。機装には『適合率』があって、その数値が高ければ高いほど、コアのエネルギーを効率的に引き出せるの」
これは知っている。訓練校で徹底的に教え込まれたし、適合率の重要性は耳にタコができるほど教官から聞かされていた。
「そして二つ目。これは一般にはあまり知られていないけれど……使用されているコアの『元になったイデアのクラス』よ」
コアの元になったクラス?
それは初耳だった。イデアのコアであれば何でも同じだと思っていたのだが……。
「一般的な機装に使われているのは、クラス2が元になったコアよ。でも――『霊装』と呼ばれるものは根本から違うわ」
次の瞬間、ラババの口から出た言葉は耳を疑うものだった。
「霊装に使われているコアは……クラス『4』のものよ」
「クラス4……!? ちょっと待ってくれ! 今確認されているイデアって、クラス2までじゃないのか!? 3すら仮定の話だって習ったぞ……!」
そうだ、アストランの常識では現在確認済みはクラス2まで。
それ以上のクラスはあくまで仮説に基づいた分類であり、有事に備えて形式的に分けられているだけのはずだ。
「クラス3以上にはね、ある『特徴』があるのよ。それが……アストランにとっては都合が悪すぎたの。だから部隊長以下の人間には、存在そのものが秘匿されているのよ」
「都合が悪い特徴……? それは一体何なんだ?」
アストランが隠し続ける都合の悪い事実。
どうして隠蔽されているのか……恐ろしさが胸をかすめたが、聞かないわけにはいかなかった。
「そうね……それはいつか、カインちゃん自身の目で確かめなさい。きっとそう遠くない未来に知ることになるわ」
「それに、一番知りたいのはイヴちゃんの霊装のことでしょ?」
アストランが何を隠しているのかは、いつか否が応でも知ることになるのだろう。
今はそれよりも、イヴの乗る霊装について知っておきたかった。
「霊装の条件はね、クラス『4』のコアを使い、なおかつ適合率が90%を超えること。ちなみにあたしが知る限り、霊装を扱える人間はイヴちゃんの他にあと一人しかいないわ」
「適合率90%以上……。俺、もしかしてとんでもない人に選ばれちゃったのか?」
まさかイヴがそこまで規格外の存在だったとは思いもしなかった。
そんな彼女に選ばれたという事実に、背すじが伸びるような誇らしさと、強い焦りが同時に湧き上がってくる。
「そうよん? なんたってイヴちゃんは、その霊装を『複数』使いこなせるんだから。まさに人類の希望そのものよ」
あまりの衝撃に言葉が出なかった。
機装は一人につき一つしか適合しないはずだ。それは霊装だって同じはず。
それを複数所持し、なおかつそのすべてで適合率90%を超えているだなんて――。
「ははは……すごすぎるな。自信をなくしてしまいそうだよ」
「なーに言ってるのよっ! そんなイヴちゃんがあなたを選んだのよ? 自信を持ちなさい! イヴちゃんに何かあった時、彼女を支えられるのは選ばれたあなただけなんだから」
ああ……そうだな。
俺にはまだまだ力が足りない。
けれど、あの夜見せたイヴの寂しそうな表情が脳裏をよぎる。
『ずっと一人だった』……そう言っていた。
いくら圧倒的な強さを持っていても、彼女は一人の少女なのだ。
俺にしかできないことが、きっとある。ラババに話を聞けて本当に良かった。
「あ、そうそう、イヴちゃんが以前言っていたわね。霊装を使うと『誰かの声が聞こえる』って。それが代償なんだ……ってね。おっと! この話は絶対秘密よん? 勝手に話したなんて知られたら怒られちゃうからねっ!」
「ああ、ありがとうラババ。男同士の約束だ」
俺はラババにお礼を伝え、握手を交わした。
それにしても、声が聞こえる……そして代償か。
分からないことを今考えても仕方がない。今はただ、前に進むだけだ。
明日にはイヴと共にこの旧市街キャンプを発つ予定になっている。
随分と世話になった。今日はみんなにしっかりとお礼を伝え、明日に備えて体を休めよう。
それにしても、イヴはまだ帰ってきていないのだろうか。
どれほど強いと分かっていても、少し心配になってしまう。
俺の取り越し苦労なら良いのだが……。もっと強くならなければと、改めて心に誓う。
そうしてイヴが戻らないまま、夜は静かに更けていった。
◇◇◇
旧市街から約70キロメートル離れた、人知れず佇む研究所の廃墟。
放棄されてから果てしない時間が経過しているようで、建造物は激しく老朽化していた。
「ここも同じか……。何も残っていない。残された時間も、少なくなってきているのに……」
イヴは埃をかぶった古びた端末を操作していた。
『該当データ無し』――画面にはただそれだけが無機質に表示されている。
「やっぱり当時の記録は徹底的に削除されている……。もう一度セントラルに潜入するしかないのかな」
「……ッ、また声が聞こえる。分かっているよ、分かっているんだ。それでも私たちは……」
イヴが不吉な思考に沈んでいると、研究所の外から湿った何かが這いずるような不気味な音が響いてきた。
建物を出て音のする方向へ向かうと、そこには体長4メートルを超える異形のイデアが複数体蠢いていた。
片腕が異常なほど肥大化しており、それを地面になすりつけながら、不快な音を立てて接近してくる。
イデアたちはイヴの姿を認識すると、巨大な腕を引きずりながらゆっくりと距離を詰めてきた。
「クラス3か……。君たちに通じるとは思っていないけれど、今日は引いてくれないかな? そんな気分じゃないんだ」
イデアたちはその問いかけに応じることもなく、一斉にイヴへと飛びかかった。
その巨体からは想像もつかない速度であり、通常の兵士であれば一瞬で肉塊に変えられているような跳躍だった。
「そうだよね、分かってた。……人類の為だなんて言わない。私のことは、許さなくていいよ」
『換装:モードA アクティナ・ガンマ』
イヴの端末から機械音声が響き渡り、眩い光が弾けた。
光が収まった時、イヴの姿は一変していた。
背後には純白を基調とした6機の浮遊砲台が展開され、頭上には王冠を模した光の装飾が神聖に揺らめている。
「大丈夫……痛くないよ。すぐに終わらせてあげるから」
背後に浮かぶ6機の砲台へ、恐ろしい密度の光が収束していく。
直後、空間を切り裂く極細のレーザーが一斉に放たれ、イデアたちのコアを正確無比に貫いた。
「っ……、はぁ、はぁ。……声が、消えない。ごめんね……ごめんね……」
コアを討ち抜かれたイデアたちが、地響きを立てて崩れ落ちる。
完全に機能が停止するその直前、イデアの体からかすかな不協和音が漏れ出した。
カエ……、ワタ……コ……タチ……。
それが、その物体が最後に発した音だった。やがてイデアたちは完全に沈黙した。
あたりは再び、冷たい静寂に包まれる。
「ごめんね。……ゆっくりおやすみ」
イヴは包み込むような優しい声で呟いた。
その表情はあまりにも切なく、今にも消えてしまいそうなほど儚げだった。
「そろそろキャンプに戻らないと。カイン、頑張ってるかな……」
イヴは霊装を解除し、旧市街への帰路についた。
陽は完全に落ち、月光が彼女の背中を静かに照らしていた。
研究所の跡地には、ただ夥しい数のイデアの残骸だけが残されていた。
イヴが研究所を立ち去ってから、しばらくしてからのこと。
誰もいないはずの古びた端末が激しくノイズを走らせ、暗い画面に文字を浮かび上がらせた。
ザー……ザザ……ザー……
『TYPE:E 0024認証。アダム計画進捗率24%』




