三章─第九節 アダム計画・イヴ計画の技術構造
第九節 アダム計画・イヴ計画の技術構造
第九節では、アダム計画とイヴ計画が何を目的として作られ、どのような技術によって構成されていたのかを整理します。
これらの計画には、監視者が考えていた目的と、オリジナルイヴが本来意図していた目的の間に大きな違いがあります。
一 計画の目的
アダム計画の目的は、既存の人類とは異なる、新たな人類として成立するための生体情報を作り出すことです。
イデア化した人類から得られた大量の生体情報をカインのコアへ取り込み、それらを結合・蓄積することで、まったく新しい人間としての生体情報を形成します。
一方、イヴ計画は、アダム計画によって形成された生体情報を移植し、特殊なレプリカであるイヴを母体として運用することで、体内に新たな人類の胚に近い状態を形成することを目的としていました。
この二つは一見すると一組の計画として設計されたように見えます。しかし、実際には「二つの計画が必要だったから、カインとイヴが作られた」という順序ではありません。
本来の目的は、二人を人間にすることでした。
そのためにまず、人間になるための手法が用意され、その手法を実行するためにアダム計画とイヴ計画という二つの役割が与えられました。
さらに、封じられた楽園計画を発見する者が、二つの計画を必須のものとして認識するように構造が作られていました。
つまり、計画の必要性が先に存在していたのではありません。
「二人を人間にする」という目的が先にあり、その目的を実現するために、二つの計画が必要であるという構造が後から作られたのです。
その結果、カインとイヴという二つのレプリカは必然的に生み出され、楽園計画の当初の目的に沿って運用されることになりました。
二 アダム計画
アダム計画の基礎となったのは、オリジナルイヴが作り上げた「人間になるための手法」です。
カインのコアは、対象となるレプリカのコアから、記憶、人格、意識などの情報をあえて欠損させた状態で作られています。
通常のコアであれば、人格や記憶など、その個体を成立させるための情報を保持する必要があります。
しかしカインは、その内部にあえて空白を残すよう設計されました。
この構造には、レプリカウイルスの性質が利用されています。
レプリカウイルスは、不完全な複製として自身に欠けている情報を持ち、宿主のDNAから不足した情報を取り込み続けます。
カインは、この性質を応用して設計されています。
イデアのコアから抽出された生体情報を、カイン自身の欠損した生体情報を補うための情報として取り込みます。
ただし、取り込んだ情報をそのままコア内部へ蓄積するわけではありません。
カインが取り込んだ生体情報は、主としてコアの外郭を形成・強化するために利用されます。
一方で、コア内部の人格、記憶、意識などに関わる領域には意図的に空白を残します。
これは、膨大な量の生体情報を取り込むための構造です。
当初は、取り込んだ生体情報をコア内部へ直接蓄積する方法も構想されていました。
しかし、その方法ではカイン自身の人格形成に致命的な乖離が生じる可能性があり、さらにコアそのものが情報量に耐えられず自己崩壊する危険性もありました。
そのため、カイン自身の人格や記憶を保持する領域を侵食させるのではなく、外部に蓄積するような構造へ変更されています。
この構造は、大量の情報を外部記憶装置へ保存することに近いものです。
一つの領域へ過剰な情報を詰め込めば、既存の情報が失われたり、情報同士の干渉によって正常な処理ができなくなったりする可能性があります。
カインも同様に、自身の人格や記憶を保持する領域を守りながら、別の領域へ大量の生体情報を蓄積できるよう設計されました。
カインが取り込む情報は、単純なDNAだけではありません。
DNAや塩基配列、その変異の可能性やパターンなど、人間の身体を成立させるための生体情報が対象となります。
人間として完成したとしても、その生体情報に重大な欠陥が残っていれば、病気や異常、さまざまな危険な症状が発生する可能性があります。
そのため、必要とされたのは単純な「人間のDNA」ではなく、膨大な人間の生体情報を蓄積し、変異や異常のパターンまで含めて解析することでした。
それらをもとに、健全な人間として成立する生体情報を形成することが、アダム計画の基礎となります。
三 アダム計画における完成の定義
アダム計画が目指していた完成形は、監視者とオリジナルイヴで異なります。
監視者が考えていたアダム計画では、カインから得られる大量の生体情報を結合し、新たな人類の生体情報を作り出すことが目的でした。
それは既存の人間そのものではなく、新しい人間の受精卵や胚に近い存在として成立することを想定したものです。
監視者にとって、これがアダム計画の完成でした。
しかし、オリジナルイヴにとっての目的は異なります。
オリジナルイヴが求めていたのは、新しい人類を作り出すことではありません。
カイン自身を、完全な人間の生体情報を持つ存在へ変えることでした。
大量のイデアから生体情報を取り込ませることで、カイン自身を完全な人間の生体情報の集合へ近づけ、変異したウイルスから見ても「人間」と判断される状態を作ることが目的でした。
つまり、同じアダム計画という名前であっても、監視者が作ろうとしていたものと、オリジナルイヴが本来作ろうとしていたものは異なります。
両者は同じ技術を利用していましたが、最終的な目的だけは一致していませんでした。
四 イヴ計画
イヴ計画では、アダム計画によって形成された生体情報を受け入れるための母体として、特殊なレプリカであるイヴが使用されます。
通常のレプリカは、人間の身体に近い外見と構造を持ちながらも、内部の器官は人間と同じように機能しているわけではありません。
これに対してイヴは、体内組織そのものが人間の女性に近い構造となるよう設計されており、生殖機能の一部が残されています。
アダム計画によって形成された生体情報は、イヴの生殖機能を利用して体内で安定化させます。
形としては、体外受精によって生殖細胞を受精させる仕組みに近いものです。
ただし、ここで形成されるものは既存の人間の受精卵ではありません。
監視者が必要としていたのは、既存の人類とは異なる新しい生体情報を持った、人間の胚に近い状態の存在でした。
そのため、イヴ計画はアダム計画によって作られた生体情報を受け入れ、新たな人類を形成するための母体として機能します。
一方で、オリジナルイヴにとって、この工程もまた本来の目的そのものではありませんでした。
オリジナルイヴが必要としていたのは、新しい人類を作ることではなく、イヴ自身を人間に近づけることでした。
イヴ計画は、二人を人間にするために必要な工程であるように見せることで、監視者に計画を継続させるための構造の一部でした。
五 なぜ二つの計画が必要だったのか
一人の人間を完全な人間へ戻すという目的だけを考えれば、本来、カインとイヴの二つの存在が必須だったわけではありません。
どちらか一方だけが存在していたとしても、人間へ近づけるための技術を構築すること自体は不可能ではありませんでした。
しかし、オリジナルイヴは二人を人間にしたいと考えていました。
そのため、最初に二人を人間にするための手法を用意し、その手法を実行するうえでカインとイヴの両方が必要になるように構造を作り上げました。
これは、計画の必要性を後から作り出したものです。
二人が必要だったから計画が生まれたのではなく、二人を人間にするために、二人が必要になる計画が作られました。
そして、封じられた楽園計画を発見した者がその構造を分析した場合にも、同じ結論へたどり着くようになっていました。
そのため監視者は、アダム計画とイヴ計画を別々の研究として扱いながらも、最終的には二つを組み合わせる必要があると考えるようになります。
この構造そのものが、オリジナルイヴが残した計画の一部でした。
六 監視者とオリジナルイヴの目的
監視者たちは、オリジナルイヴが残した楽園計画の真意を完全には理解していませんでした。
彼らが発見したのは、アダム計画とイヴ計画の基礎となる人間化の手法と、それを実行するための仕組みです。
監視者はそれらを自分たちなりに分析し、研究を延長することで現在のアダム計画とイヴ計画を構築しました。
しかし、その多くは監視者が新たに発明したものではありません。
基本的には、オリジナルイヴが残したものを読み解き、その構造をなぞる形で発展させたものです。
そのため、監視者は自分たちが楽園計画を完成させようとしていると考えていました。
彼らが目指したのは、イヴの体内で新たな人間の胚に近い存在を安定させ、その細胞を利用して、自分たちの記憶と意識を持った新たな身体を作り出すことでした。
人間のクローン技術には、完全な複製を作ることができず、どこかに欠陥が生じるという問題があります。
監視者が目指したのは、その欠陥を取り除き、自分たちの記憶と意識を持った完全なクローンを作り出すことでした。
これは、偽物から脱却するために、新たな偽物を生み出そうとする計画でもありました。
しかし、それはオリジナルイヴが本来望んでいたものではありません。
オリジナルイヴは、監視者にその真意を理解させないまま計画を進めさせ、カインとイヴを人間に極めて近い状態まで完成させることを目的としていました。
監視者が自分たちのための新しい人間を作ろうとすること自体も、オリジナルイヴにとっては計画を進めるための過程に過ぎませんでした。
そして最終的に必要となるのが、楽園計画 TYPE EDENです。
七 楽園計画 TYPE EDEN
アダム計画とイヴ計画は、それだけでカインとイヴを完全な人間にするためのものではありません。
二つの計画によって、二人は人間に極めて近い状態まで作り上げられます。
その最終段階を担うのが、楽園計画 TYPE EDENです。
特に重要なのは、カインを完全な状態へ完成させることでした。
オリジナルカインは6000年前に死亡しているため、現在のイヴとは異なり、カインには人間としてのオリジナルが本編時間では存在しません。
そのため、カイン自身を人間として完成させる必要がありました。
カインがほぼ完成した段階で起きたのが、セントラル崩壊時におけるカインとイヴの最後の戦闘です。
この戦いでは、クラス5がイヴの抱えていた憎悪に同調し、それを増長させることでイヴの意識を混濁させ、目に映る全てを敵として認識させました。
しかし、クラス5は二人を単純に殺し合わそうとしていたわけではありません。
二人が互いに致命傷を与えながらも、脳やコアそのものには致命的な損傷が残らないよう、戦闘の結果は調整されていました。
そして二人が刺し違える形になったとき、イヴがそれまでに取り込んでいたクラス5の一部が、カインの体内へ混入します。
これによってカインはアダム計画として完成します。
カインの完成を合図として、セントラルに存在する楽園計画の管理装置が、楽園計画 TYPE EDENを起動します。
一方、イヴ自身が大きく変化したのは、それより前の教会におけるクラス5との戦闘でした。
この戦闘では、イヴがすべての霊装を使用し、最終霊装まで発動しています。
その過程でイヴはクラス5の一部を取り込みました。
クラス5はオリジナルイヴであり、本物の人間であったオリジナルイヴの生体情報を取り込んだことで、イヴ自身もこの時点で大きく人間に近づくことになります。
また、最終霊装の使用によって霊装そのものにも大きな変化が生じ、その結果としてイヴはそれまで使用していた霊装のほとんどを使用できなくなりました。
その後、セントラルでカインとイヴが戦い、アダム計画が完成したことで、楽園計画 TYPE EDENが発動します。
TYPE EDENは、イヴが取り込んだクラス5の生体情報などを基盤として、カインを完全な人間に、イヴを限りなく人間に近い不完全な状態へ移行させます。
しかし、この段階でもイヴは完全な人間ではありません。
最後に残された問題となったのが、イヴの体内に存在するウイルスでした。
最終話付近の戦いにおいて、クラス5はイヴの体内で毒性を示していたウイルスを自身へ取り込みます。
同時に、自身が持っていた記憶と生体情報をイヴへ渡します。
これによって、イヴは本物の人間であったオリジナルイヴの記憶と生体情報を受け継ぎ、残されていた不完全性を克服します。
そして、クラス5がウイルスを引き受けたことで、イヴはウイルスからも解放されます。
こうして、アダム計画によってカインが完成し、イヴ計画と楽園計画 TYPE EDENによってイヴも人間へ到達することになります。
6000年にわたって続いた楽園計画は、ここで初めて本来の目的を達成しました。
八 6000年という時間
楽園計画が実行されるまでに6000年という時間が必要だった理由は、単純に技術開発へ6000年を要したためではありません。
最大の要因はウイルスの存在でした。
ウイルスの終息を待つ必要があり、その間に人間側が残した生体情報を利用する必要がありました。
さらに、長期間の眠りについていた人類の生体情報も必要とされていました。
5400年間眠り続けた人類の身体情報と、ウイルスが再び変異し、蔓延する可能性が重なる時期が、物語の舞台である7996年でした。
オリジナルイヴが正確に6000年後という年月まで計算していたわけではありません。
しかし、ウイルスが再び変異し、広がる可能性そのものは予測されていました。
そのため、それまでに計画を完成させる必要がありました。
6000年という時間は、一つの技術を完成させるためだけに存在したものではありません。
ウイルス、人類の眠り、生体情報、技術の蓄積、そして二人を完成させるための実験。
それら複数の条件が重なった結果として、7996年に楽園計画が最終段階へ到達することになります。
九 繰り返された実験
カインとイヴが何度も作り直されたのは、最初からすべての工程が完全に再現可能だったわけではないためです。
オリジナルイヴは、人間になるための手法そのものは再現可能であると予測していました。
しかし、それを実際に成立させるためには、膨大な時間と実験が必要になることも理解していました。
特にカインの場合、生体情報を大量に吸収する能力と、戦闘に耐えられる身体能力を同時に成立させる必要がありました。
単純に生体情報を蓄積するだけでは、戦闘用の身体として運用できません。
逆に、戦闘能力だけを優先すれば、大量の生体情報を安全に蓄積することができません。
その両方を成立させるためには、繰り返し実験を行う必要がありました。
イヴについても、生体情報を受け入れる母体としての構造と、レプリカとしての安定性を両立させる必要がありました。
そのため、カインとイヴの繰り返しは単なる失敗の積み重ねではありません。
最終的な完成形へ近づくために必要な工程として、何度も実験が行われていました。
十 計画によって生じた犠牲
楽園計画そのものに必要だった犠牲は、カインとイヴを繰り返し実験するという残酷な工程でした。
レプリカ全体が犠牲となったことは、計画そのものが直接求めていたものではありません。
しかし、結果として多くのレプリカが犠牲になることになります。
イヴは、計画が進むにつれて監視者たちへの憎悪を募らせていきました。
そして、アダム計画が完成すればカインが必然的に死ぬという恐怖を抱き、計画が完遂される前にセントラルを崩壊させようとします。
その背中を押したのが、クラス5となったオリジナルイヴでした。
クラス5は、イヴの憎悪を増幅させ、二人が戦う状況へ導きました。
その結果としてセントラルは崩壊し、多くのレプリカが犠牲になります。
ただし、監視者たちも、楽園計画が完遂された時点でレプリカの製造装置を停止する予定でした。
そのため、計画が予定通りに進んでいたとしても、レプリカが永遠に存続することはありませんでした。
オリジナルイヴは、そのことも理解していました。
彼女は聖人でも、慈愛を象徴する存在でもありません。
二人を人間にするという目的を最優先し、そのためなら世界そのものを犠牲にすることさえ受け入れる存在でした。
それは善悪によって説明されるものではなく、ただ「二人を人間にする」という一点を選び続けた、極端なまでの愛でした。
監視者が自分たちのための楽園を作ろうとし、イヴがその計画を拒み、オリジナルイヴがさらにそのすべてを利用する。
その積み重ねの先に、カインとイヴがたどり着いたのが、本編最後に描かれた二人だけの楽園です。
おわりに
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
第九節では、アダム計画とイヴ計画について、物語の核心に関わる部分までかなり深く掘り下げました。
ここまで明かすと、改めてこの二つの計画が、長い時間と数え切れない実験の上に成り立っていたことが分かるかと思います。
では、その技術そのものは、どこから始まったのか。
次の第十節では、『楽園のイミテリス』の世界に存在する技術が、どのように生まれ、発展し、そして現在へと繋がっていったのかを追っていきます。
物語の裏側にあった「6000年」という時間を、今度は技術の歴史という視点から見ていただければと思います。
それでは、もう少しだけ、この世界の歴史にお付き合いください。




