第四話 楽園を追われしもの
旧市街に俺の間抜けな声が響く。
イヴは可笑しさをこらえきれず、クスクスと笑っている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 適合不可ってどういうことなんだよ!」
狼狽える俺。
「はははっ、笑っちゃってごめんね。カイン、そんな大声も出るんだね。……まぁ、あくまで私の考えなんだけどね」
イヴは一度前置きしてから、自身の推測を説明し始めた。
「普通、機装っていうのは一人につき一つしか適合しないものなんだ。でも、君は違う。さっきの剣で倒せたみたいに、まるで武器の方から君に適合しにいっているかのように見えるんだよ」
どういうことか全く分からない……。
だが、とりあえず戦えるって理解でいいんだよな?
あまり深く考えても仕方がないか……。今は戦える力があるという事実を素直に喜ぶことにしよう。
「まぁ……とりあえず足手まといにならずに済みそうでよかったよ」
詳しいことはまたあとで考えよう。
今はそれよりも、今後の予定を聞いておきたい。
「この後はどうするんだ? もうすぐ日も暮れそうだし、さすがに野宿するわけじゃないんだろ?」
「そうだね。この旧市街の中に『キャンプ』があるんだ。一旦そこに向かおうか」
歩き出したイヴの後についていく。
キャンプか……。普段はそこを拠点に活動しているということか?
まあ、あのイヴの圧倒的な強さなら、大概のことはどうにかなるのだろう。
旧市街には、かつての戦争の激しい爪痕が残っていた。
道路も建物も植物に侵食され、果てしない年月を感じさせる。
かつて人間の居住地であった場所は自然へと取り込まれ、今では様々な生物の住処となっているようだった。
しばらく二人で歩いていると、周囲より明らかに手入れされている建造物が見えてきた。
「君たちは『楽園の外には人類はいない』って習っているんだっけ? 本当はいるんだよ。ほら、ようこそキャンプへ」
建造物の目の前に到着する。
これは……電気が通っている。
手入れが届いており、おそらく発電機でも使用しているのか、人工的な光が外へと漏れ出していた。
「こんな場所が……。まさか、生き残りがいたなんてな」
正直、驚きを隠せなかった。
アストランでは、楽園の外に人類は存在しないと教え込まれていたからだ。
まさか生き残りがいたなんて……。
それなら何故、彼らはアストランに来ないんだ?
ここよりは確実に安全なはずなのに。
その疑問の答えは、すぐにイヴの口から明かされた。
「生き残りじゃないよ。ここにいる人たちはね、アストランには入れないんだ。『楽園を追われた人たち』なんだよ」
「楽園を追われた……? どういうことだ?」
「アストランは、驚くくらい合理的な場所なんだ。簡単に言えば、彼らは罪人だよ。楽園では罪を犯した人間は守られない。こうして、私たちの支援役として外での活動を強制されているの」
そんなことが……。
確かにアストランの中は驚くほど平和だ。
些細な争いもなく、文字通りの楽園が築かれている。
まさかその裏に、そんな事実があったなんて……。
「その他、大多数の善良な人間を守るためなんだろうね。そうやってあの楽園は、約100年間保たれているんだよ」
「ここだけじゃない。似たような場所が各地にキャンプとして存在するんだ。楽園の外で戦う兵士の補助組織としてね」
イヴは、納得のいかない顔をしている俺に言葉を重ねる。
「理不尽と思うかもしれない。でも、楽園を守るためには仕方がないことなんだよ。それに、彼らもここでの生活を割と気に入っているみたい。私たちを補助する代わりに、外での安全は保障されているからね」
なるほどな……。確かに街の中で一生拘束され続けるよりは良いのかもしれない。
俺もあの街で暮らし、守られていた人間の一人だ。
正直、何も責めるようなことは言えなかった。
「ほーら、暗い話は終わりにしよっか。 中に入ろう、みんなを紹介するよ」
イヴに続いてキャンプの中に足を踏み入れる。
中はそれなりに設備が整っており、思っていたよりも大人数が生活していた。
「ほら、カインこっち来て? この人がここのキャンプのリーダーで、主に武器の調整をしてくれる人だよ」
紹介された人物は、何とも言えない重厚な雰囲気を纏った壮年の男性だった。
「俺はアルヴァル。この嬢ちゃんの言った通り、武器の調整なら任せてくれ! いやぁ、まさかあのイヴちゃんが男を連れ歩くようになるとはなぁ! がははは!」
アルヴァルと名乗った男は豪快に笑い、俺の肩をバシバシと強く叩いた。
「ちょっと! ……はぁ、アルヴァルは見ての通りの人だけどね、腕は確かだから。腕『だけ』はね」
「俺はカイン。これからイヴの部隊に所属することになったんだ。よろしく、アルヴァル」
俺はアルヴァルと強く握手を交わした。
こういう豪快な人は嫌いじゃない。自分が軍属だからか、むしろ心地良さすら覚える。
「次はこっちだよ。この人はラババ。現地調査はお手の物だよ。ただ……ちょーっと変わっているけどね」
次に紹介された人物は、すごく眩しかった。
よくある比喩表現とかではなく、物理的に発光していて眩しいのだ……。
「んまぁ! いい男じゃないのっ! イヴちゃんったら隅に置けないわねぇ! この旧市街周辺のことなら、このラババ様にお任せなさぁい!」
なんだこいつは……。
物理的にとにかく眩しい男。あまりにも強烈すぎる第一印象だ。
「あ、ああ、カインだ。よろしく頼むよ。ところで……なんで光ってるんだ?」
これは聞かずにいる方が無理というものだ。
「んもうっ! 知りたがり屋さんなんだから。あたし、目立ちたいの! そういうことよ!」
……意味が分からない。
現地調査において「目立つ」ことなんて、一番やっちゃいけないことだろうに……。
「安心おしなさいっ! ちゃぁんと調査の時はお控えめにしてあるんだから!」
うん、考えるだけ無駄だな。
さて、次は誰を紹介してくれるのか――。
「次は……ほら、恥ずかしがらないで。この子はルジュ。このキャンプの医療担当だよ」
紹介されたのは、俺やイヴとおそらく同年代の少女だった。
無表情で、すべてを見透かしてくるような透き通った瞳をしている。
「……よろしく。怪我とか病気は任せて」
俺も人のことを言えた義理ではないが、随分と無愛想だな……。
「ああ、これからよろしく頼む」
ルジュは無表情のまま背を向け、淡々と立ち去っていった。
「ふふっ、悪い子じゃないんだけどね。人を助けるために頑張る、優しい子なんだよ」
確かにイヴの言う通り、全員癖はあるが悪人ではなさそうだった。
罪人……か。
きっと本人にしか分からない事情もあるのだろう。今は深く詮索するべきではないな。
「よし、じゃあまずは君の装備を整えていこうか。機装は使えないから、特別な武器をアルヴァルに作ってもらおっか」
そうだった、俺は機装の適性がゼロなんだった……。
「でも、さっきの剣なら持ってるぞ? これじゃ駄目なのか?」
今日イヴからもらった、あの測定用の剣を取り出す。
「少し前にも言ったけど、それはあくまで測定用なんだ。それを武器として使えた君がおかしいんだよ? だから、君専用の武器を作っちゃおうってわけ」
「俺専用の武器……」
「そういうこと。 まずはアルヴァルに事情を説明してからだね」
機装適性が全くないこと、不可能なはずの通常兵器によるイデア破壊など、あの時の状況をアルヴァルに説明した。
「そんなことがあるとはねぇ……初めて聞いたぜ。よっしゃ! いっちょ任せてくれ……と言いたいところだが、そんな代物なら特別な素材が必要になるな」
アルヴァルの言葉に、イヴが何かを思い出したかのように口を開く。
「それなら、イデアから作るのはどうかな? コアを使わず、外装を素材にして武器にするとかさ。ちょうど私が破壊したクラス2の残骸が、少し離れた場所にあるから」
「おおっ! さすがイヴちゃんだぜ! 素材さえ用意してくれりゃあ、あとは任せておきな!」
どうやら話は勝手にまとまったらしい。
当事者であるはずの俺はすっかり置いてけぼりだ。
「ふふっ、よかったねカイン。じゃあ早速取りに行こっか」
イヴが嬉しそうに笑って俺の手を引く。
その笑顔があまりにも眩しすぎて、俺は思わず顔を逸らしてしまった。
逸らした視線の先に、物理的に眩しいラババがいたおかげで、一瞬で冷静さを取り戻すことができた。
◇◇◇
旧市街のキャンプを後にした俺とイヴは、破壊されたクラス2が横たわる場所へと向かった。
陽がかなり落ち始め、辺りは薄暗くなりつつある。
目の前には、建物ほどもある巨大なイデアの残骸が転がっていた。
コアがあったであろう箇所は、あの時のイヴの狙撃によって跡形もなく撃ち抜かれ、巨大な空洞ができている。
周囲は、その傷口から漏れ出た黒い体液のような液体で満たされていた。
「じゃあ、一番頑丈そうな部品を適当に剥がして持って帰ろっか。ここは私に任せて」
イヴは端末からナイフのような小型の刃物を取り出すと、まるで熟した果物でも切るかのように、残骸を容易く切り裂いていく。
「なぁ、それって普通のナイフだよな? どうしてそんなスパスパ切れるんだ?」
俺の問いに、イヴは一瞬だけ迷うような表情を見せたが、やがて口を開いた。
「んー……私の『霊装』が関係しているかな。詳しいことは今はまだ秘密だけどね。いつかちゃんと、全部君には伝えるからさ」
「そんな言い方をされたら、これ以上聞けなくなるな。まあ……その『いつか』を待ってるよ」
俺の言葉に、イヴはどこか寂しげで、けれど優しい笑みを浮かべた。
「ごめんね、ありがとう。君にだけは嘘をつきたくないから……いつかちゃんと話すね。よしっ、素材は取れたし戻ろっか」
その「いつか」は、果たしてどれくらい先に訪れるのだろうか。
イヴは、正直秘密が多い。
けれど、イヴが俺を見る瞳はとても温かく、胸が安らいだ。
今は彼女を信じよう。どんな秘密だったとしても受け止められる――そんな気がした。
俺の端末に、切り出したイデアの素材を収納する。
これで俺専用の武器を作ってもらえるのだ。
柄にもなくテンションが上がり、少しそわそわしてしまう。
二人で陽の落ちた旧市街の道を歩いていると、イヴが静かに口を開いた。
「私ね……嬉しかったんだ。初めて、私の存在を忘れずにいてくれた人に会えて。部隊長や司令部、もちろんキャンプの人たちは記憶処理の対策がされているから……」
「君を初めて見た時、もしかしてこの人なら……って思って。それで次の日に会ったら、本当に覚えていてくれた。……ずっと、ずっと一人だったから」
夜空に浮かぶ月の光が、イヴの繊細な横顔を優しく照らし出す。
「私は、君に出会うために生まれてきたのかもしれないね。君のことは何があっても、私が守るよ」
月夜に照らされた彼女は、この荒廃した残酷な世界には似つかわしくないほど、とても、とても美しかった。
「それを言うなら、俺の方だよ。俺の力も、イヴのことを忘れなかったことも、きっとすごく大きな意味がある。……これからもよろしくな、イヴ」
俺たちは、強く握手を交わし笑い合う。
人生で、一番幸せだと感じた夜だった。
「ふふっ、変な雰囲気にしちゃったね。じゃあ、そろそろ帰ろっか」
二人で再び旧市街へと歩き出す。
足に溜まっていた疲労感は、いつの間にか綺麗に消え去っていた。
俺の少し前を、イヴが年相応の少女のようにはしゃぎながら歩いていく。
普段のしっかりとした凛々しい姿とは違う無邪気さに、自然と笑みがこぼれた。
楽しそうに前をいくイヴの服が、夜風にふわりと揺れる。
お腹のあたりが少しだけはだけ、彼女は照れくさそうに慌てて服を抑えた。
その一瞬、彼女の肌に何か――刻印された数字のようなものが映った気がした。
『0024』
その刻印が何を意味するのか、その時の俺に知る由もなかった。
今はただ、この幸せな時間を噛み締めるように、ゆっくりとした足取りでキャンプへの帰路を辿っていった。




