第三話 外
いつもより早く目覚ましが鳴る。
普段ならこの騒音に嫌々ながらも目を覚ましていたが、今日は違う。
俺は今日、ついに『外』に出る。
人類の庇護から外れ、生命の保証がされていない楽園の外へ。
でも、俺の心を満たしていたのは不安や恐怖ではなく、使命感に似た何かだった。
正直、イヴの言動をすべて信用しているわけじゃない……。
それでも俺は『選ばれた』――その事実が、どうしようもなく嬉しかった。
「そろそろ行くか。遅れるわけにはいかないしな。そういえば……アサヒとコウタに別れの挨拶くらいはしたいな……」
一応、長年共に訓練を重ねた仲間だ。しばらく会えないなら、最後に一言くらいは伝えたい。
俺は端末から二人にメッセージを送信し、身支度を整えて部屋を出た。
「もう〜、こんな朝早くからいきなり集合なんて……。私とコウタみたいな優しい友達で良かったねー?」
「本当ですよ、カイン君はいつも言葉足らずなんですから。まぁ今に始まった事じゃないですけどね。それで、急にどうしたんですか?」
アサヒとコウタの二人は、いきなり呼び出した俺に文句を言いながらも駆けつけてくれた。
やっぱりこいつらは、なんだかんだ良い奴らだ。
「ほら、昨日のイヴのことだけどさ。俺、今日からしばらく外に出るみたいで。一応、挨拶だけでもと思ってな」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせ、少し不思議そうな表情を浮かべた。
ん? 俺は何か変なことでも言ったか?
その疑問の答えに悩む間もなく、二人の口から出た言葉は耳を疑うものだった。
「外に行く……? 昨日のこと……? ちょっとカイン、何言ってるのか私全然分かんないよ?」
「僕たち、まだ訓練兵ですよ? 外なんて行けるわけないでしょう。それにイヴって……誰ですか?」
……は? どういうことだ?
話が噛み合わない。二人だってイヴに会ったはずだ……講義室にみんな居たのだから。
「ほら……昨日の、イヴって部隊長の――」
「あ! いたいた。君、やっと見つけたよ。ちょっとこっちに」
俺が二人に説明しようとしていると、不意に現れたイヴが言葉を遮り、俺の手を引いた。
イヴは、何が何だか分からないといった様子の二人を横目に、俺の手を引いて少し離れた場所へと歩を進める。
「ごめんね、急に。昨日、説明不足の点があってね。まず第一に、私の存在と部隊は秘匿にされているんだ。君たちも何も知らなかったでしょ? それには理由があってね……私を認識した部隊長以下の人間は、一定時間経過するとその記憶が消去されるんだ。説明するべきだったのは理解しているよ。ただ、確かめたいことがあってね」
「記憶が消去……? でも、俺ははっきり覚えてるぞ?」
そうだ、俺はちゃんと覚えている。
なぜだ……? それに、確かめたいことって何だ?
「うん、やっぱりね。君だけは特別みたい。君だけは……私の存在を認識し続けられるみたい。部隊長や司令部は対策しているけど、君は何もしていないのに覚えている……。ふふふっ、やっぱり君を選んだのは間違いじゃなかったみたいだね」
そう言ったイヴは、寂しさを滲ませつつも、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。
「だから、あの二人は私のこと、覚えていないよ。それと……カイン。君も私の部隊に入るってことは、同じ処理を施されるかもしれない。それだけ、私たちの部隊は秘匿されているからね。最後に……もう一度だけ聞くね」
イヴは俺の目を見つめながら、優しく微笑み、問いかけてくる。
「私と一緒に来てくれる?」
「ほんと……先に言ってくれよ。まぁ……答えは変わらなかったと思うけどな。ああ、行くよ。一緒に」
正直、あの二人に忘れられてしまうかもしれないのは辛い。
だが、それ以上にイヴと一緒に行きたかった。
何故かは分からない。ただ、使命感のような何かが『行け』と心の中で叫んでいる。
「ありがとう……カイン。二人に挨拶、してくる?」
「そうだな……軽く一言だけかな。いきなりイヴに連れていかれて、びっくりしているだろうからな」
アサヒとコウタに別れの挨拶を済ませた。
二人は何かを察してか、特に何も深掘りして聞かなかった。
一生会えなくなるわけじゃない。あいつらが忘れても、俺は覚えている。
あいつらなら……何回出会い直したって、また友達になれる気がする。
ふぅ……。おかげで覚悟がさらに強く固まった。
俺は人類の為に戦う。
このアストランの外すべてが『楽園』になるように。
◇◇◇
アストランと外を繋ぐ門。
門と言っても物理的な壁ではなく、特殊な磁場シールドで覆われている。
許可なく通過することは出来ない。
俺は今からここを通り、外に出る。
心臓が、聞いたこともない速さで跳ねていた。
「ふふふっ、カイン緊張してる? 大丈夫だよ、通るときは一瞬だから。最初は少し気分が悪くなるかもしれないけどね。さぁ、行こうか」
「ちょっと待っ――」
息を整える間もなく、イヴに手を強く引かれる。
門をくぐる瞬間、視界が一気に歪み、体が宙に浮いたような感覚に襲われ、平衡感覚が狂う。
だがそれも一瞬で収まり、全身をどこか懐かしい風が優しく撫でた。
「ここが……楽園の外。人類が追われた場所か……。思っていたより何も無いんだな」
目を開くと、そこには見たこともない景色が広がっていた。
見上げるほど高い建物。それが大量に立ち並び、朽ち果ててツタが生い茂っている。
かつて栄華を極めたであろう都市は見る影もなく、人類の手を離れて長い時間が経っていることが痛いほど理解できた。
後ろを振り返ると、そこにも同じような廃墟が続いていた。
「驚いた? あの門はね、街から離れた地点に転移するように出来ているんだ。ここは旧市街。大昔はとてもたくさんの人が住んでいたみたいだよ」
「ははは……すごいな。初めて見たはずなのに、どうしてか懐かしく感じるよ」
初めて目にする外の世界は、思っていたよりも恐怖はなく、ただどこか懐かしかった。
イデアに破壊される前は、さぞ美しかったのだろう。
そうだ、イデア! ここは外――。
「イヴ! 外ってことは……イデアがいるんじゃないのか? 俺、結局武器を持ってないままだぞ!?」
「そうだったね。じゃあ、これをあげるよ。運がいいことに、近くにはクラス1しかいないみたい。まずはこれを使って、カインの力を見せてもらおうかな」
イヴが端末から一つの武器を取り出し、俺に手渡してくる。
「これは……剣? 機装なのか?」
手渡された武器は、質素ながらも確かな重みを感じさせる剣だった。
特にこだわった装飾もなく、無骨なただの鉄の剣。
「それはただの剣だよ。機装でもない、本当にただの剣」
「ちょっと待ってくれ! イデアって通常の武器や兵器じゃ太刀打ちできないって習ってるぞ!? こんなただの剣じゃ何も――」
そうだ、イデアは『機装』以外では基本的に破壊不能。
これは世界の常識だ。一体何を考えているんだ、これじゃただの自殺じゃないか。
「大丈夫だと思うよ、君なら。ほらほら、ちょうどあそこにクラス1がいるよ? おーいっ! こっちこっち!」
イヴの声に反応した奴が、不快な音を立てながら一気に接近してくる。
「マジかよッ……! ああもう……分かったよ! やっつけてやるよ!」
俺は半ば自暴自棄になっていた。機装でもない武器で破壊なんて出来るわけがない。
だが、やれるだけやってやる。さすがに見殺しにはされないはずだ。
敵を観察する。
奴の動きはそれほど素早くない。隙を突けば一撃でコアを貫けるだろう。
――『機装』を使っていれば、の話だが。
コア周辺は特に装甲が厚い。狙うなら首。
指揮系統である頭部とコアをなんとか分離出来れば……!
「こんな雑魚に負けてられるか! ――ッ!? 何だ……これは」
イデアの隙を突き、首に向けて剣を一閃させる。
それは驚くほどあっけなく、柔らかく切断された。
まるで――機装を使っているかのように。
「……やっぱりね。カイン、君は特別みたい。まるで、君自身が……」
倒した……。
俺が、イデアを。本物のイデアを。
なんでもないただの剣で倒したという事実に、強烈な高揚感が湧き上がる。
それに、イデアを倒した瞬間から、全身に力が満ちてくる感覚がした。
温かい何かが心へと流れ込んでくるような感覚。
それが何なのかは分からないが、悪い気分ではなかった。
「よくやったね、カイン。君には不思議な力があるみたい。倒した時、不思議な感覚がしなかった? イデアから出た光を、君が吸収しているように見えたからさ」
これが俺の力……?
イデアを倒せば倒すほど強くなれる、ということか?
何故イデアのエネルギーを吸収したのか。何故機装もないのに倒せたのか。
正直何も分からない。
だが、何か恐ろしい仮説が頭をよぎりそうになり、俺は意識して考えるのをやめた。
「良かった、俺……ちゃんと戦えるんだな。人類のために……」
俺の漏らした言葉に、イヴが一瞬だけ顔をしかめた。
その理由が何なのか、今の俺には判別できなかった。
「……そうだね、人類の為に頑張らないとね。よしっ、じゃあ次はお姉さんの番だね。一緒に戦うなら、知っておきたいでしょ?」
正直、めちゃくちゃ気になっていた。
幻の部隊の隊長で、常に外で過ごし、今まで単独で戦ってきた存在。
一体どんな武器を使うのか――。
「ほら、遠くに大きな何かがいるのが見えるかな? あれはクラス2の中でも大型のイデアだよ。ちゃんと見ててね」
確かに見えた。建物ほど大きな、巨大な異形が。
一体何をするつもりなんだ?
『換装:モードC メテオロ・アクロモス』
イヴの端末から無機質な音声が流れ、兵装が取り出される。
身の丈の倍近くもある巨大な銃。
狙撃銃のようなフォルムをしているが、その砲身は大砲と見紛うほどの太さだった。
イヴはその巨大な砲身を両手に構え、目標へと向ける。
まばゆい強烈な光が、銃口へと収束されていく。
直後、空間を削り取るような閃光が一閃し、遠く離れた目標を音もなく貫いた。
はるか遠くに見えていた巨大なイデアは、コアを一撃で正確に撃ち抜かれ、泥のように崩れ去った。
「すごい……すごすぎる。これが、イヴの機装か……」
想像を絶していた。
こんなもの、一人の人間が携行していい威力じゃない。
これが……今までたった一人でこの地獄を生き抜いてきた、イヴの力。
俺はついていけるのだろうか、これに。不安ばかりが膨らむ……。
そんな俺を横目に、イヴはどこか自慢げで誇らしそうな笑顔を浮かべ、ピースサインを作っていた。
俺は、その年相応な少女の姿から目が離せなかった。
「え、えへへへっ……素直に褒められると照れちゃうな。これはね、機装じゃなくて、その先の『霊装』って言うんだ。機装の適合率が一定を超えると『霊装』に変化して、すごいパワーが出せるようになるって感じかな?」
『霊装』か……。初耳だ。
イヴに出会ってから、初めて聞くことばかりだ。
俺は本当に何も知らなかったのだと痛感させられる。
「なぁ、俺もいつかはそこまで行けるかな? そんなすごい力使えるようにさ」
「んー……君は無理じゃないかな? さっきの剣、ただの武器って言ったけど、実は機装だったんだ。適合率を測るためだけの測定用で、性能自体は普通の剣と変わらないんだけどね。ほら……端末見てごらん?」
へ? 一体どういうこと――
端末に目を向けると、そこには測定された最新の結果が表示されていた。
『適合率:適合不可。機装適正無し。原因:不明』
「ど、ど、どういうことなんだぁぁ!」
俺の叫びは、旧市街の寂れた空気にこだまして吸い込まれていった。
イヴは、可笑しさをこらえきれずにくすくす笑っていた。
初めての外は、分からない事だらけだった。
ただ、クラス1とはいえイデアを自分一人の力で倒したという事実。
そして、自分だけに秘められた謎の力と、相反する機装適正ゼロの評価。
これが何を意味するのか。そして、彼女が一瞬だけ見せたあの表情の意味。
その本当の意味を知るようになるのは、まだ少し先の話だった。
◇◇◇
大量の黒ずんだ液体が周囲を濡らし、乾いた砂が風で舞い上がっている。
空は陽が落ち始め、茜色の夕暮れが荒廃した辺りを照らし出す。
ねぇねぇ、今日はどこに行くの?
ねぇねぇ、どうして動いてくれないの?
おかしいや、動かないね。
おかしいね、どうしたんだろうね。
ママ、ママ、流れ星が見えたよ。
ママも流れ星、見えた?
ぼくは見えたよ。いっぱいお願いしたよ。
ママ、ママ。
さ、さ、さ、さみし、しいよ。
マ……マ……、ママ…ま、まま、ままま!
ふふ、ふふふふ、ぼくひとりだだね。ま、まま。
カ…、エセ……。ママ……を、カエセ……。
暗闇が辺りを包み込み、月が真上に来た頃。
そこには黒く濡れたアスファルトだけが、月明かりに冷たく照らされていた。
***
セントラルより、特定秘匿レベル1に関する情報開示。
【概要】
『機装』
西暦7596年、第三■■■■所属 ■■■■により考案。
イデアの核であるコアエネルギーを抽出し、兵器として流用した型。
適合率が高まるほど、内蔵されたエネルギーを引き出すことが可能となる。
初回適合率:10%〜25%
適合率は、■■■■■との■■■の■■により決定される。
尚、コアである■■■■■■■■。
適合率が90%を超えた場合、著しく機能が上昇する現象が確認されている。
現在確認されている個体は、■■■■。
現在、開示可能な秘匿情報は以上。
秘匿レベル2以上の情報に関しては、開示申請は受理されない。
7996年 ■■月■日。
担当者 ■■■ ■■




