第二話 最後の楽園「アストラン」
換気することを予定されていないような小さな窓から、柔らかな日差しが差し込む。
枕元の単純な構造の時計が、主人を起こさんと騒音を奏でる。
「ふわぁ。分かってるよ、ちゃんと起きるって」
俺は起きてなお爆音を垂れ流す時計を無造作に止め、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
また何か夢を見ていた気がするが、忘れてしまった。
夢を見るのは嫌いじゃない。
目覚めた時の、現実に帰ってきたようなこの瞬間が好きだ。どうせ起きたら忘れてしまうのだから、悪夢だろうと関係ない。
俺は手早く身支度を済ませると、ドアノブに手をかける。
「おっと。危ない、これが無かったら何も出来ないからなぁ」
この街の住人である証、IDカードを手に取り今度こそ部屋を出た。
防衛都市「アストラン」
この街は、人類に残された最後の楽園と言われている。
100年ちょっと前に一人の天才科学者が開発した特殊な磁場ドームのおかげで、未だ発見されずに済んでいる……らしい。
事実、ここ100年この街は一度も侵攻されず、一部の人たちは平和ボケしている始末だ。
アストランは五つの地区で構成され、それぞれの地区ごとに特色があり管轄する部隊も変わる。
イーストシティ、ウェストシティ、サウスシティ、ノースシティ。
そして、最後にセントラルエリア。
セントラルだけは街としての機能は無く、司令部など軍の管轄地区になっており、一般人はおろか軍属であっても基本的に立ち入る事は許可されない。
俺が住んでいるこの街はイーストシティ。
管轄部隊はネウロン部隊と呼ばれ、他の部隊よりも特に生存圏奪取にこだわっている。
四つの街の中では一番軍属が多く、所謂兵士の街と言われ、正直血の気は多いと思う。
その為か、様々な銃器などを取り扱う武器販売店が乱立し、中には粗悪な店も存在するようだ。
通常火器等はイデアには効果が薄いことは皆理解している。
でも、この平和ボケのせいか売上は悪くないようで、コレクション目的で購入する者も多いらしい。
俺はそんないつもと変わらない街並みを横目に、目的の施設へと足を進める。
今日は何やら現役の部隊長が講義に来てくれるらしく、心なしか舞い上がる内心を反映して、俺の歩みはいつもより少し早くなっていた。
……着いた。ここが俺の所属するネウロン部隊の訓練校。
日夜、兵士を目指す若者が訓練に明け暮れ汗を流している。
俺も普段ならすぐに訓練プログラムに参加する予定だが、今日は違う。
なんせ部隊長が講義にやって来るのだから。
人類の希望、正式部隊を率い『外』を知る人。
はやる胸の内を抑え、ひと呼吸して講義室の扉に手を伸ばし、ゆっくりと開いて足を踏み入れた。
「あっ! カインやっと来た! 楽しみすぎて夜更かしして寝坊でもしちゃったのかなー?」
そう悪戯っぽく声をかけて来たのは、先に到着していた同期のアサヒ。
もう16歳にもなるのに年甲斐もなくはしゃぐ幼い子どものような性格で、正直に言うと少しだけ苦手だ。
「まぁまぁ、間に合ったからいいじゃないですか。カイン君、今日の講義を本当に楽しみにしていましたから」
アサヒの隣に座る細い目をした黒髪の男が、俺をからかうアサヒをなだめるように声をかける。
こいつは、コウタ。
大昔に存在していたという極東の島国の末裔だとかなんとか。
頭が良く、誰に対しても物腰が柔らかく、怒っているところを見たことがない。
戦闘適正は正直あまり高くないが、その分を知識で補うすごい奴だ。
俺はアサヒを無意識に避けるように、コウタを挟む形で席へ腰を掛けた。
どうやら、今日の講義に参加した訓練生は俺たち3人だけらしい。
他には教官たち数名や、あまり見かけない人がチラホラといるくらいだった。
この危機感の無さも、約100年間の平和が築き上げてしまったものなのだろう。
平和を享受するのは悪いことじゃない、むしろ良い事なのかもしれない。平時であればの話だが。
この人類最後の楽園だって、いつ崩壊するか分からない。
約100年間保たれているから明日が当たり前に来るとは、とてもじゃないが俺には思えなかった。
「お前たちだってこの講義に意味があると思って今日参加したんだろ? 俺もそうだよ、何かが変わる。そんな気がするんだ」
そう言った俺を横目に、アサヒは一言ふふっと小さく笑いながらも頷いていた。
「そういえば今日来る部隊長って誰なんだろうな。俺たちネウロンの部隊長か? それとも他部隊の? お前たち何か知ってるか?」
俺が二人に問い掛けると、コウタは思い出すようにゆっくり話し出した。
「本当かは分かりませんが。カイン君が来る前に、教官たちが話している内容が少し耳に入ったんですが……。どうやら四部隊の隊長ではないらしい……と。ただ、部隊は街の数、つまり四つしか無いはずなんです。一体……誰が来るんでしょうか?」
たしかにおかしい。
四部隊以外に存在するなんて話、聞いたことがない。
それに、仮に存在するとして、その幻の部隊長が何故こんな訓練校に講義に……?
頭の中がぐるぐると一人問答で埋められるが、答えに近しいものなど一向に出るはずもなかった。
黙りこくり考え込む俺たち3人。
そして、その静寂に耐え切れなくなってきた頃、講義室の扉が無機質な音を立てながら開いた。
「やぁ、私はイヴ。所属はちょっと秘密なんだけど、一応部隊長をしている。今日は大事な話があってね、ここに来たんだよ」
そう言って自己紹介をした彼女は、初めて会ったはずなのに何処か懐かしく、心を引き裂かれそうなほど美しかった。
イヴと名乗った部隊長は、おそらく俺たちと変わらないくらいの歳だろう。
小柄で絹のように輝く金髪と、琥珀のように透き通る瞳の色をしている。
こんな子が……部隊長?
そんな疑問が一瞬頭をよぎる。
だが、それが間違いであると室内の誰もがすぐに思い知らされた。
目の前のイヴの圧倒的な存在感が、否が応でもそれが事実だと叩き付けてくる。
全員が圧倒され、教官たちですら言葉を紡ぐ事も出来ずに呆然としていた。
「えっとー、みんな大丈夫? びっくりしちゃうのも仕方ないね。じゃあ、講義の前に質問コーナーでもしよっか。お姉さんに聞きたいことがあれば何でも聞いておいでよ」
イヴは全員の緊張を和らげるような声色で語りかけ、呆然としていた俺たちは顔を見合わせると恐る恐る手を挙げた。
正直、聞きたいことなんて決まっていない。
謎が多すぎる、考える暇なんて無かった。
「はいっ。じゃあ、そこの黒髪で細目の君! 何を聞きたいのかな? 答えられる範囲なら答えてあげるよ」
俺はコウタが選ばれたことに少し安堵しながらも、胸の内はよくわからない悔しさのような何かが小さく渦巻いていた。
「では……、あの、イヴ隊長。所属は秘匿とのことですが、貴官以外に部隊には何名の隊員がいるのでしょうか?」
いい質問だと思う。
存在も謎の部隊、仮に隊員がいるならば内容によっては卒業後の指針になる。
未知の部隊、その部隊が遂行する作戦内容。
想像するだけで、抑えきれない高揚感が湧き上がる。
「いないよ、私だけ。だから、隊長って呼ばれても違和感しかないんだ」
彼女からの返答は、まさかの答えだった。
そんなもの……存在するのか……?
部隊員がいない? 彼女一人だけの幻の部隊。
一体どんな目的で、一人じゃなければならない理由があると?
彼女は答えられる範囲ならと言っていた。
俺は次に当てられることを想定して慎重に言葉を選び、脳内で質疑を作り上げていく。
「次は……おっと、私と変わらないくらいの女の子がいるなんて珍しいね。じゃあ、次は君かな? 何が聞きたいの?」
くそっ。次はアサヒか。
仕方ない、あいつがどんな質問をするのであれ、相手は全てが謎の人だ。無駄になることは無いはず。
「え、えっとぉ……んー……。あっ! じゃあ、そのとても綺麗な髪はどうやってお手入れしてますか?」
あいつに期待した俺が間違いだった……。
たしかにすごく綺麗な金髪だけど!
信じられないくらいサラサラ感すごいけども!
あいつ…すごいな、よくそんな質問出来るよまったく。
そんなアサヒのごく一般的な女性の疑問に、講義室内の空気が少し和らいだのを感じる。
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるね。秘密にしておきたいところだけど、仕方ない! 教えてあげる。耳貸して……」
イヴはアサヒに近付き耳打ちする。
アサヒは驚いた顔をしながら嬉しそうに感謝を伝え、二人で笑い合っている。
その光景は、誰の目から見ても年相応の少女二人の会話にしか見えなかった。
その様子に、俺は無意識のうちにイヴの横顔から目が離せず、ただじっと見惚れてしまっていた。
視線に気付いたのか、イヴが俺の方に顔を向け、目が合うと優しく微笑みかけてくる。
俺はその表情から目が離せなかった。
たまらなく恥ずかしいはずなのに、ただただ彼女の綺麗な瞳を見つめる事しか出来なかった。
「じゃあ、最後に熱ーい視線を向けてくれている君。ふふっ、大胆なんだね。じゃあ、私に聞きたい事は何かな?」
彼女の一挙手一投足から目が離せない。
すべての所作にどうしようもなく惹きこまれてしまう。
壊れてしまいそうなほど心臓は締め付けられ、切なさと懐かしさが溢れてくる。
「俺は……、あなたにどこかで会ったことがありますか……?」
俺の口からは、頭の中で作り上げていた質問とはまったく異なる、誰よりも無駄で意味のない言葉が溢れていた。
「ふふふっ、君って本当に大胆なんだね。口説いてる? 残念だけど、私と君はここで会うのが初めてだよ。でも、そうだね……うん。君なら大丈夫な気がする」
……穴があったら入りたい。
アサヒのことを言えないどころか、これじゃただの頭のおかしい奴だ。
俯いた俺の顔は、茹で上がったように真っ赤になっている気がする。
俺の突拍子もない質問に、少し和みかけていた空間になんとも言えない微妙な空気感が漂う。
ん……? でも、最後に何か言っていた気が。
俺なら大丈夫、とかなんとか……。
俯いていた顔を上げると、イヴからその答えがゆっくりと語られていく。
「私がここに来た理由はね、簡単に言うとスカウトかな。私の部隊……いや、パートナーって言ったほうがいいかな? それを探しに来たんだよ。今日ここに来ればそれが見つかる、そんな気がしてね。私の勘はよく当たるんだ。これからよろしくね。ふふっ、大胆な少年くん」
あまりに突然のことで、理解が追いつかない。
それから別室に連れて行かれ、彼女から詳細を説明された。
部隊名は特に無く、本当にイヴ一人だけしか在籍していないこと。
アストランに留まることは基本なく、何か目的がない限りは『外』で活動していること。
セントラルエリアの司令部直属であり、部隊に命令する事が出来るのは司令部内でも一部の人間のみであること。
主な任務はイデアの発生源であろう位置の特定、そして破壊。
一通り説明を聞き終えたあと、俺はひとつだけ尋ねた。
何故俺なのか。
彼女は微笑んだ。
ただ一言はぐらかすように「勘だよ……」と。
「明日からよろしくね、カイン。あ、私には敬称はいらないし敬語も使う必要は無いよ。君の武器とかは心配しないで。ふふっ……それじゃあ、一緒に世界を救っちゃおうか」
「……ああ、よろしく。イヴ」
まだ納得していない事も多いが、俺は彼女が差し出した手を迷いなく手に取った。
何かが変わった、そんな気が心の奥底でしていた。
この出会いから、世界は少しずつ変わり始めていた事を、俺たちはまだ何も知らなかった。
◇◇◇
ザ……ザザ……ザザー……
第……次……実験……、……リカ…からの…昇華…。
ザザ……ザー……。
無機質で広く冷たく暗い室内に、ノイズ混じりの機械音声が響く。
壁一面には大量のモニターが設置され、その光が部屋を照らしている。
モニターは半数以上でノイズが走り、すでにその役目を終えていることを表していた。
室内には、数人の男が二つのモニターの前に立っている。
書類が散乱し、荒れたデスク。
絶えず流れる、ノイズ混じりの途切れた機械音声。
大量の精密機器と、中心には薄紅藤色の液体に満たされた容器が何個か。
ここがまともな空間でないことは火を見るより明らかだった。
稼働中のモニターの前に立つ男たちの視線下、画面下部には文字が刻まれている。
TYPE:E No.0024
もう一つのモニターの文字は、とても長い時間を過ごしたかのように劣化し潰れ、読めなくなっていた。
男たちはファイルを手に、抑揚のない声で会話している。
「外殻情報の進捗は?」
「問題ない。TYPE:Eも滞りなく接触に成功」
「我らの宿願。人類の宿願」
三人の男は生気を帯びていない面持ちで、ただ淡々とモニターを見つめる。
モニターから目を離さずとも、手元は絶えずその何かを書き記し、または端末に入力することを繰り返す。
まるで何かに取り憑かれているかのように。
狂気に包まれた室内の中心に鎮座した容器の中で、似つかわしくない絹のように美しい金色の何かが一本、漂っていた。
***
セントラルより、特定秘匿レベル1に関する情報開示。
【概要】
『イデア』
西暦7396年、地球に飛来してきた肉体が機械で構成された生命体。
コアと呼ばれるエネルギー核を持つ。
脅威度によって段階が五つに分けられている。
■クラス1
人間の子どもほどの大きさ。しかしながら、通常兵器による破壊は不可能ではないが困難。
個人携帯火器での破壊は不可能。
現在、最も数が確認されている。
■クラス2
成年男性ほどの大きさから数倍近くまでのサイズが確認されている。
通常兵器での破壊は不可能。
機装を携行した訓練された兵士ならば破壊可能。
ただし、■■■■の場合は■■■■■■■■。
現在、開示可能の秘匿情報は以上。
秘匿レベル2以上の情報に関しては、開示の申請は受理されない。
7996年 ■月■日。
担当者 ■■■ ■■




