第二十五話 偽物の「私」の宝物
『私を殺して』
君に突きつけてしまう残酷な言葉。
いつか交わした、悲しい悲しい約束の続き。
君は泣き虫だから、泣いちゃうかな。
それでも、私は……この世界が許せなかった。
6000年前に失ったはずの君を、初めて見た時は嬉しかったよ。
オリジナルの私が作り上げた『楽園計画』は、監視者達によって歪に作り直されていた。
私とカインは、封じられた楽園計画に残されていた生体情報から、何度も何度も作り直されては出逢いと別れを繰り返した。
私は記憶を残されたまま何度も作り直され、君はいつも真っ白な姿で作り直される。
それもすべて、私が君を何度も導き、惹かれ合うようにとデザインされた役割。
最初、私はこの記憶──オリジナルの記憶も感情も理解できなかった。
だって、これは私の記憶じゃない。
知らない「私」が愛した記憶。
逢うたびにカインを愛おしく思う気持ちすら、記憶とともにそうなるようプログラミングされた偽物なんだって。
私と君は、何度も何度も調整され、破棄された。
君は適合率が0%になるまで、何度も実験を繰り返された。
私はその度に君に会い、記憶も意識も真っ白な君の心を奪った。
最後は決まって、空から光が堕ちて終わる。
ただ、その繰り返し。
レプリカには、1年しか寿命がない。
一度破棄されたあとは、再び途方もない研究期間が設けられた。
どんどん時間は過ぎていく。
1000年、2000年、3000年……。
果てしない、とっても、とっても長い時間。
知らないはずの記憶が、いつしか私にとっての宝物になり始めていた。
偽物の私にとっての、唯一大切なもの。
何度も何度も繰り返される時間の中で、私は気づいてしまった。
こんなにも、君が愛おしい。
これもきっと、刷り込まれデザインされただけの感情。
それでも、私は……。
『私はイヴ』
君が命の危機に陥った時、決まって私が助ける。
絶望に染まった君の心に差し込む、『イヴ』という名の光。
そして、最後は決まってどちらかが目の前で息絶える。
そうやって、何度も繰り返してきた。
楽園計画は、オリジナルの私が思い描いたものとは、全くの別物に変貌していた。
イヴとカインが幸せに暮らすための計画などではない。
監視者たち──レプリカが『人間』になるための計画。
オリジナルの私の純粋な欲望から生まれた計画は、さらなる醜い欲望によって歪み果てていた。
カインを主軸にした『アダム計画』。
イデアのコアを取り込み続け、生体情報のパターンを限界まで回収し、新たな魂を作り上げる計画。
そして、私を主軸にした『イヴ計画』。
完成した魂を摘出し、母体であるイヴに移植して『人間』を生み出す計画。
この計画の結末は、カインが死ぬことで完成する。
カインは……君は、そのために生み出された人形だったから。
いつしか12箇所あった研究所はすべて滅び、残されたのはこの第四研究所だけ。
第四研究所は『アストラン』と名前を変え、人類最後の楽園となった。
偽物の楽園。出来損ない達の楽園。
繰り返される死の輪廻の中で、私はひとつ、大きな決断をしたの。
君に、生きていてほしい。
楽園計画が完成してしまう前に、このアストランを機能停止させる。
セントラルの計画に従う振りをしながら、君が生き残る道を探し続けた。
でも、無情にも計画は始まってしまった。
24回目の君は、器として完成してしまったから。
適合率などという概念すら超え、コアそのものとして。
そして私には、君をセントラルまで導き、真実を伝える役目が与えられた。
真実のすべてを知りながらも、私とともに進み続けた魂を摘出すること──それこそがアダム計画の到達点。
私は役目に従いながら、それでも君を救うための手がかりを探し続けた。
私とカインの監視を役目としていたラババやルジュ達は、きっと気づいていたと思う。
それでも、私はもうこの世界を許すことができなかった。
最初の私が作り上げた楽園計画は、最後の私が終わらせる。
それに……私はもう、この世界を許せそうにない。
偽物だったはずの記憶と感情は、いつしか本当の宝物になり……人形だった君は、私にとって何よりも愛おしい存在になっていたから。
そして……出会ってしまった。
クラス5──いや、最初の「私」に。
クラス5は、イデアとなった人間の増悪を取り込み続けた結果、完全に自我が崩壊していた。
人間の憎悪と狂気の集合体となり、レプリカを殺戮することだけを行動原理とするバケモノ。
大切な彼の記憶すら失い、ただ惨劇を撒き散らすバケモノ。
一目見て、分かってしまった。
これは……私。オリジナルイヴなのだと。
同じ生体情報を持っているからこそ、魂で理解してしまった。
大切な彼と引き離されてまで生きてしまった、私の哀れな成れの果てなのだと。
もう、これしかないと思った。
クラス5が取り込んだ凝縮された憎悪を、私の霊装を使って現存するすべてのイデアへと共有する。
そして……計画が完成する前に、アストランを崩壊させる。
クラス5との戦いのあの日、奴を消滅させる間際に取引をした。
一瞬にも満たない、刹那の賭け。
オリジナルイヴであるクラス5に同調し、私の意識を飛ばす。
答えは同じだった。
アストランが憎い。レプリカが憎い。
私はクラス5の肉体の過半数を消滅させ、その一部を取り込み、コアだけを転移させた。
憎悪を共有させるために、まだそれが必要だったから。
ただひとつ、想定外だったこと。
それは……オリジナルイヴであるクラス5の憎悪──本物の人間の憎悪が、あまりにも巨大すぎたことだった。
少しずつ、心が蝕まれていく。
私の激しい感情を餌にして、内側で黒く膨れ上がっていく。
意識の主導権が、奪われそうになる。
だめ……もう少しだけ、耐えないと……。
セントラル最深部で、すべての監視者が揃う──計画完成の間際まで、耐え抜かなければ。
もうすぐ、すべてが終わる。
君と私の6000年が、あと少しで……。
私達は……作られたただの人形なのかもしれない。
本当の記憶もなく、刷り込まれた感情だけを生きがいにした、悲しい存在なのかもしれない。
6000年という時の流れの中で、たった23年。
私が「君」と過ごせた時間は、それだけ。
私のことを『イヴ』と呼んでくれた最初の君は、どんな人だったのかな?
きっと、すごく素敵な人だったんだろうね。
二人で見たあの花畑、すごく綺麗だったね。
いっぱい、約束もしたよね。
行きたかったなぁ……旅行。
二人で広い大きな海を見て、一緒に日が沈むところを眺めるの。
何回夜が明けても、隣には君がいて、優しく微笑んでくれて。
そんな君を見て、私も笑うの。
『イヴ』
君が呼んでくれるその声が、私の心を温かく満たしてくれる。
恥ずかしいくらいに、君のことが大好きなんだよ。
うん……絶対に、偽物なんかじゃない。
ああ……また会いたいな。
「役目」なんてなくても、君はまた私を好きになってくれるかな?
もしそうなら……すごく嬉しいな。
……もう、時間が来たみたい。
みんな、ごめんね。
私は私のエゴで、この世界を滅ぼすよ。
私のことは許さなくていいから。
心が暗闇に呑み込まれていく。
何もかも、わからなくなっていく。
私……何をするんだっけ?
そうだ……全部、壊さなくちゃいけないんだった。
バイバイ、カイン。




