第十一話 コロニー殲滅作戦2
後方隊が奇襲を受けていたのと同時刻。
旧大聖堂の正面にて、ジャンバ率いる先行部隊は際限なく湧き出るイデアの群れに、次第に劣勢を強いられていた。
「クソッ! 数が多すぎる! 後方隊の様子も気になるが……今はそれどころじゃねぇな!」
「向こうには『イヴ』がついております。ご心配には及びません」
副官の冷静な言葉に、ジャンバは強気の笑みを深めた。
「ハッ! そりゃそうだ。気合入れろお前ら! ここを越えれば、俺たちは人類を救う救世主だッ!」
ジャンバの鋭い鼓舞に隊員たちの士気が跳ね上がり、崩れかけていた陣形が再び勢いを取り戻す。
目の前のイデアは数が膨大なものの、個々の戦力はクラス1および2で構成されており、破壊自体は容易だった。
だが問題は、その異常なまでの数。
事前の予測値である800体などとっくに超えていた。
そして、明確な意図を感じさせる後方隊への奇襲。
この戦場の決定的な違和感に、ジャンバもまたイヴ同様、薄々気づき始めていた。
「チッ……気が狂いそうなほど不気味だぜ」
胸の奥に燻る焦燥を掻き消すように、襲い来る敵を次々と打ち砕いていく。
彼の機装には、特殊な力はない。
ただ純粋に、装着者自身の物理的破壊力を極限まで跳ね上げる。
だが、ネウロン部隊長であるジャンバはその出力の上昇幅が異常だった。
大型クラス3のコアをそのまま移植・加工して作られた、重装甲ガントレット型の装着機装。
彼の適合率は、驚異の84%。
これは霊装保持者を除けば最高適合率であり、大型イデアのエネルギーをそのまま一振りの拳に凝縮させた膂力は、まさに圧倒的だった。
襲いかかるイデアの首を捻り切り、コアを握り潰し、まるで玩具のように軽々と壊滅させていく。
「お前らにも感情があるんだろ? 仲間が殺されて黙っていられねぇよなぁ? もっと俺に、この感触を味わわせろッ!」
おびただしい数のイデアに包囲されているこの極限状態に、ジャンバは次第に凄惨な快感を覚え始めていた。
圧倒的不利、その中で人類のために戦い続ける自分。
ジャンバの歪んだヒロイズムは、急速に満たされていった。
その狂気に当てられるように隊員たちも感染し、誰もが「人類のために」という大義名分に溺れていった。
それが皮肉にも彼らの潜在能力を限界まで解放させ、壊滅までの時間を大幅に引き延ばしていた。
「もっと来い……もっとだッ! あぁ……俺は今、最高に幸せだ……ッ!」
イデアを縦に叩き割り、その四肢を捥ぎ取る。
だがそれと引き換えに、ジャンバの肉体にも着実に傷が刻まれていった。
個の戦力差は圧倒的であっても、数の暴力によって、彼らの体力は確実に削り取られていく。
隊員が一人、また一人と圧殺され、無残な肉塊へと変わっていく。
生存者の息が切れ始めたその時――
突如として、鼓膜を刺すような甲高い異様な機械音が戦場に鳴り響いた。
「っ……!? なんだぁ、この音。あ? どうしたお前ら、もう終わりか?」
その音が響いた瞬間、あれほど猛威を振るっていた周囲のイデアたちが、まるで糸が切れたようにピタリと動きを止めた。
「何が起きてやがる……気味が悪ぃ。……おい!」
次の瞬間、膨大な数のイデアたちはなだれ込むようにして、旧大聖堂の闇の中へと一斉に退却を始めた。
あれほど周囲を隙間なく埋め尽くしていた群れが、あっという間に建造物の呑み込まれて消えていく。
「一体何が起きやがる……。おい! 状況を確認しろ!」
ジャンバの声に、生き残った隊員たちが集まる。
部隊はすでに半数近くまで激減しており、残るはわずか30名ほど。
ジャンバを含め、全員が程度に差はあれど傷を負っていた。
「お前ら……まだまだ行けるよなぁ? 敵の数も相当削った……。俺たちは今日、人類を救う救世主になる」
ジャンバは粗暴で、お世辞にも情に厚い上官とは言えなかった。
しかし、誰よりも『人類のため』に狂信的なまでに前線で血を流すその背中に、隊員たちは抗いがたく心酔していた。
「行くぞ……お前らッ!」
ジャンバたちは勢いをそのままに、大聖堂の巨大な入り口へと突入した。
大聖堂の開口部は、まるで全てを呑み込む深淵のように暗く静まり返っていた。
内部へと足を踏み入れた瞬間、ジャンバたちは強い違和感に打ちのめされる。
あまりにも、静かすぎるのだ。
先ほど雪崩れ込んだはずの膨大なイデアの気配は微塵もなく、巨大な大聖堂内は死のような静寂に包まれていた。
「気味が悪ぃな……」
見上げても天井が見えない途方もない高層空間。光を拒絶する薄闇が、恐怖を煽るように立ち込めている。
隊員たちは武器を固く構え、警戒しつつ慎重に奥へと足を進めた。
広大な聖堂の中央付近へと差し掛かったその時――どこからともなく、耳を疑うような低く湿ったすすり泣きが響いた。
『……あア……。悲シイ。……悲シイ……』
それは、おぞましいほどの濃密な『憎悪』と『狂気』を含んだ声だった。
「ッ……! 構えろ!奥に何かがいるッ!」
ジャンバの叫びに合わせ、隊員たちが一斉に銃口や刃を暗闇へと向ける。
直後――、一筋の極細い光線が空間を横切った。
その光線に触れた数名の隊員が、叫びをあげる間もなく一瞬で赤黒い血煙へと弾け飛ぶ。周囲に強烈な鉄の匂いが充満した。
「た……隊長! あ、あれは……何なんですか!?」
奥の深淵から、ゆっくりと何かを引きずるような重い音が近づいてくる。
壁の割れ目からわずかに差し込む光が、その『異形』を鮮明に照らし出した。
「な……なんだ……こいつは……」
ジャンバが抱いていた違和感の答えが、最悪の形で目の前に突きつけられた。
「はぁぁぁアア……ふフふ。ヨくぞ……よくぞ、ここまで来れタね。向こうの『原罪の女』は気づいテいたようでスが……」
光の下に姿を現した、絶望的な歪形。
赤黒い巨大なコアが生き物のように不気味に脈打ち、その全周に歪んだ人間の顔面パーツが密集している。
床を引きずるほどの巨大な両腕からは、節足動物のように無数の人間らしき腕が生え出で、蠢いていた。
頭部に当たる位置には様々なパーツが不規則に接合され、複数の人間の喜怒哀楽をすり潰して混ぜ合わせたかのような悪夢の相をしていた。
『クラス5』。
かつて廃工場でイヴたちが遭遇した時よりも、はるかに肥大化し、憎悪を狂わせた姿だった。
「報告にはあったが……これほどとはな。……それにあのコア、どうりで雑魚の姿が見当たらねぇわけだ」
ジャンバの言葉に、クラス5は顔中のパーツを歪めて不気味な笑みを浮かべた。
「ふフふ……あはハ! 正解。みんな我々と『一つ』になっタ。我々は……オマエたちを許さナイ。コ……ロス……コロス……キャは! キャハハははは!……殺す」
「ッ……! 来るぞッ!」
次の瞬間、クラス5の巨大な腕から生えた無数の手が、鞭のように一斉に伸縮して襲いかかってきた。
音速を超える爪撃を回避できなかった隊員たちが、まるで薄紙のように容易く引き裂かれ、肉片となって舞う。
「触れられたら死ぬぞッ! クソが……このイデアどもがぁッ!」
ジャンバは悪態を吐きながらも寸前で爪閃をかわし、反撃の好機を探る。
「イデア。イデアか……。ふフふ、皮肉な名前をくれタものだ。そうだ……! 我々が! 我々こそが『イデア』だ! キャハハははあハハ!」
クラス5は狂気の歓喜をあげながら、まるで幼子があやとりでもするかのように攻撃を繰り出していく。
「隊長……! このままでは全滅です……!」
副官は押し寄せる絶望的な攻撃を必死で捌きながら、端末の緊急ボタンを連打し、救難信号を通信波へ乗せた。
「クソッ……仕方ねぇ! 少しの間でいい、時間を稼げ!」
ジャンバはそう叫ぶと隊列の後方へ下がり、端末を操作し安全装置を強引に解除した。
腕のガントレットが悲鳴のような金属擦過音を立て、高熱の蒸気を吹き出しながら禍々しく変形を始める。
「……了解! 全員、命に代えても隊長をお守りしろ! ここを耐え抜けば、隊長が全てを叩き潰してくれるッ!」
副官の悲壮な叫びに残された隊員たちが力強く頷き、ジャンバへと迫る大量の腕の前へ自らの肉体を投げ打った。
クラス5はその必死な抗いを、嘲笑うかのように眺めながら攻撃の精度を上げていく。
『警告:適合率上昇。危険領域へ突入。警告:自己意識の崩壊リスク』
ジャンバの端末から無機質なアナウンスが響き、機装が生き物のように彼の肉体を侵食していく。
ガントレットの装甲は既に肘を越え、肩から胸元、上半身全体を力任せに覆い尽くそうとしていた。
ジャンバの全身が激しく狂動し、七穴から赤黒い粘血が吹き出す。
「ぐっ……あぁぁッ! あ、あと少し……ッ!」
『適正数値オーバー。重大な不可逆的障害、および死亡のリスク』
ジャンバの本来の適合率は84%。
今彼は、自らの命と精神を薪としてくべることで、適合率を力任せに引き引き上げていた。
通常の人間であれば瞬時に精神及び肉体の崩壊を引き起こす、霊装保持者以外には許されざる禁忌の領域。
「耐えろ……! あと少しで隊長が……ッ!」
一人、また一人と、仲間たちが引き裂かれ、挽き肉のようにすり潰されていく。
ジャンバはその光景を涙を流しながら見つめていた。
ただ、その瞳からは赤黒い血しか流れていなかった。
『適合率88%。警告:生命維持機能の重度破壊』
「ッ……! 分かってんだよ、そんなことはよぉぉッ!」
『ジ……ジジ……適合率……89%……』
端末の画面が激しく明滅し、火花が激しく散る。
肉体はとうに限界を迎え、骨は軋み、内臓が体内で破裂していくような激痛が全身を苛む。
それでも、クラス5の殺戮の手は緩むことなく、残された隊員たちを確実につぶしていった。
ジャンバの適合率が90%の領域へと届こうとしたその瞬間――数本の極太の腕が、彼の眼前へと迫った。
死を覚悟し、ジャンバは無意識に目を瞑る。
だが……いつまで経っても死の衝撃は訪れなかった。
ゆっくりと目を開けたジャンバの視界に、映ったもの。
「……た……隊長。あとは……任せました……ね……?」
目の前で、胴体を何本もの手で貫かれている副官の姿だった。
温かな血のシャワーが、ジャンバの顔を濡らす。
伸ばしたジャンバの指先は、彼女の髪を掠めることしかできなかった。
直後、貫いていた腕が一斉に引き抜かれ――副官だったものは、見る影もなく引き裂かれた。
ジャンバの手の中に残されたのは、血で重く濡れた彼女の美しい髪の毛だけだった。
「はぁ、はぁ……。俺も、すぐにお前たちのところへ行ってやるからな……」
『ザ……ザザ……適合……率……91%……』
ジャンバが、静かに立ち上がった。
ガントレットだった機装は歪に肥大化し、上半身を完全に覆う凶悪な黒鉄の鎧と化していた。
周囲には、彼を信じて死んでいった部下たちの残骸だけが転がっている。
「あいつらと……そして『人類』のために、お前を破壊する」
適合率91%。
人間としての領域を完全に踏み外した、人智を超えた絶対的な破壊力。
霊装を持たない生身の人間がこの域に達した代償として、彼の命の灯火はあと数分も残されていなかった。
「ふふフ、怖イねぇ。そうだね、怖いねぇ」
クラス5は酷く愉悦に満ちた笑みを浮かべ、ただその覚醒を見物していた。
コアの周囲に浮かぶ人間の顔面群も一斉に歪んだ笑みを浮かべ、不気味さを増していく。
「あ゛あ゛ア゛あぁぁぁぁッ!!」
ジャンバが、音すら置き去りにする速度で踏み込み、クラス5のコアを目がけて渾身の拳を振り下ろした。
空間そのものを破砕するかのような、文字通り命の全てを賭した一撃。
隊員たちの屍の上に成立した、過酷な絶望の末の極限の破壊力。
「ふフあははハ。はイ、おしまい」
――その一撃は、届かなかった。
まるで、鬱陶しい羽虫を払うかのように。
何の感慨も、何の労力も払われることなく、その力は無へと消し去られた。
「え……? あ……あぁ……あぁぁ……」
ジャンバの身体は、機装ごとあっけなく貫かれ、空中に縫い付けられていた。
クラス5のコアから伸びた無数の無機質な『舌』が、彼の肉体を容易く穿っていたのだ。
適合率91%の肉体も、部下たちの死も、決死の覚悟も――ただ空を切っただけに過ぎなかった。
「あはハははハハ。悲シイね。さようなら、出来損ナイたち」
穿っていた舌が一斉に蠢き、ジャンバの肉体を切り刻む。
人智を超えたはずの機装も、まるで爛れた豆腐のように細切れにされ、床へと撒き散らされた。
ジャンバの存在は、イデアという種族が抱く人類への純粋な『憎悪』のままに、原型を留めないほどに切り刻まれた。
ジャンバ率いるネウロン部隊の精鋭30余名は、クラス5に傷一つけることすら叶わず、全滅した。
大聖堂突入から、わずか15分の惨劇であった。
***
7996年 ■■月■日
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セントラルより、特定秘匿レベル2に関する情報開示。
【概要】
『クラス3以上で確認されている特殊事案について』
本項は、クラス3以上のイデアにおいて確認されている極めて異例な報告である。
7995年■月、クラス3を超える高位個体において、以下の特性を観測。
個体が明確な感情を露わにし、人間との意思疎通を試みる事例を確認。
発せられた言葉のほぼ全てが、人類に対する強い『■■■■』および『■■』であると判明。
パニック防止のため、アストラン一般市民へはクラス3以上の知的知能および感情の存在は秘匿とされる。
なお、現段階で公式に確認されている最大クラスは『2』までとする。
万が一『クラス5』が観測された場合、■■■および■■■■により、直ちに■■■■■■■をすること。
現在、開示可能な秘匿情報は以上。
■■■より、個体『イヴ』に関する情報の再開示申請。
――本申請を却下。
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――本申請の判断を保留。
7996年 ■■月■日
担当者 ■■■ ■■




