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楽園のイミテリス  作者: 十 名鈴
第一部
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第十話 コロニー殲滅作戦1

『ネウロン部隊』――四つ存在する部隊の中でも、特に人類の生存圏確保に心血を注いでいるとされる組織である。

中でも部隊長であるジャンバは、「人類のために戦うこと」を至上の誇りとしていた。

しかしその実態は、「大いなる使命を全うする英雄(自分)」という麻薬のようなヒロイズムにひどく酔い痴れているだけに過ぎなかった。


ジャンバはニヤリと下品な笑みを浮かべると、馴々しくイヴの金髪に指を絡めた。


「ははっ、セントラルの指令だろうが知ったこっちゃねぇ。これは俺の戦いだ。お前には戦うことより、もっと向いてることがありそうだけどなぁ?」


「……じゃあ、せいぜい君の活躍を後方から祈ることにするよ。行こう、カイン」


イヴは見たこともないほど冷徹な眼差しを向けると、その手を強く払い除けた。


これが部隊長……? ただの最低な下衆じゃないか。

元部隊長のラババも相当な変人だったが、あいつは誇り高く尊敬できる人間だった。

俺の憤りの視線に気づいたのか、ジャンバはゆっくりと圧迫感を伴って目の前まで歩み寄ってきた。

俺もそこそこ身長はある方だと思うが、見上げるほどの巨躯だ。2メートル近くはあるのではないだろうか。


「へぇ……こいつがイヴに選ばれたとかいうガキか。ただのヒヨコにしか見えねぇなぁ!。こんな弱そうな奴がイヴの隣に立つなんて……虫唾が走るんだよ」


男から全身を押し潰されそうな強烈な威圧感が放たれる。

だが……少し前にあの悪夢のような異形と対峙したせいか、俺の内心は拍子抜けするほど静まり返っていた。


「カインだ。……あんたのことは全然知らないが、あんただけには絶対に負けるつもりはない」


「はッ! デけぇ口叩くじゃねえか。いいぜ、イデアの前に生意気なガキへ身の程ってやつを教えてやるよ」


俺とジャンバは今にも殴り合いが始まりそうなほど、至近距離で鋭く睨み合った。


「はい、そこまで。カインもらしくないよ。コロニー殲滅が最優先。それが『人類のため』でしょ? ジャンバ」


「チッ……そうだな。おい! ガキ!  俺たちの足を引っ張るんじゃないぞ」


ジャンバは盛大に舌打ちをすると、俺に吐き捨てるように言い放ち、そのままキャンプの奥へと消えていった。

柄にもなく熱くなってしまった。

イヴを侮辱されたような気がして、無性に腹が立っていたのだ。


「ふぅ……ごめん、イヴ」


「気にしなくていいよ。……落ち着いた? じゃあ改めて、ネウロン部隊との作戦会議に向かおうか」


イヴは、さっきまでの氷のような表情が嘘だったかのように柔らかく微笑み、俺の手を優しく引いた。

……よっぽど嫌いなんだな、あいつのこと。


キャンプの深部へ進むと、10人以上は収容できそうな大型の簡易天幕が張られていた。

二人で足を踏み入れると、部隊長のジャンバをはじめとする数名の幹部が既に集まっていた。

副官と思われる女性士官が全員の着席を確認し、今回の作戦概要を提示し始める。


「ここから北西に約3キロ地点にて、大規模なイデアのコロニーを確認。旧大聖堂が丸ごと巣窟と化しており、数は推定約800体。現在も増殖を続けている可能性が高く、数字はあくまで最低ラインとお考えください」


800体……。途方もない大群だ。しかも、さらに増えているかもしれないなんて。


「現時点で確認済みの最大個体はクラス3。ですが今回は前例のない規模です。クラス4の潜伏も念頭に置いて行動してください。我がネウロン部隊は三つの小隊に分かれて突入します。イヴ、カイン両名は、後方からの援護および不測の事態への即応をお願いします」


俺たちは後方での援護か。

おそらくイヴの侵食を考慮した、セントラルからの配慮なのだろう。

確かにイヴは強い。おそらく人類最強と言っても過言ではない。

だが、その力にはあまりにも大きな代償が伴う。

前回の戦闘からあまり時間も経っていない、体調も万全とは言えないはずだ。

不測の事態など起こらないことを祈るしかない。


「それでは現時刻を以て作戦を開始します。我々の勝利が、人類の未来への大きな一歩となるはずです。必ずや勝利を!」


「俺たちが人類を救う……行くぞ、お前らッ!」


副官とジャンバの咆哮に合わせ、ネウロン部隊の隊員たちが拳を突き上げ、地鳴りのような雄叫びをあげる。

イヴはその熱狂的な光景を、ただ冷めた瞳で静かに見つめていた。


「じゃあ、私たちも行こうか。あのクラス5の行方も気になるけれど……今は目の前の作戦を無事に成功させよう」


俺たちは後方支援を担当する小隊へ合流した。

主に衛生兵や情報分析官で構成された隊であり、彼らを防衛するために数名の戦闘員が配置されている。

後方とは言え、目的地である旧大聖堂へ進軍することに変わりはなく、戦闘の発生は避けられないだろう。


ネウロン部隊の総員は63名。

三隊に分散し、廃墟を進んで旧大聖堂を目指す。

最前線を率いるのは、部隊長であるジャンバ自身だった。


旧大聖堂まで、残り約1キロ。


大聖堂の周辺には、不気味に緩慢な動きを見せる無数のイデアたちが徘徊していた。

事前の報告を遥かに超える密集度で、建物を黒く埋め尽くしている。


残り約300メートル。


いつ敵の索敵網に引っかかってもおかしくない限界距離。

その瞬間、先頭を走っていたジャンバが、最も近くにいたイデアへと弾丸のような速度で肉薄した。


「ははははッ! お前らは人類のために……死ねぇッ!」


恐ろしい踏み込みで距離を詰めたジャンバが、一撃のもとにイデアを砕く。

凄まじい破壊音に反応した群れが一斉にジャンバへと襲いかかるが、次の瞬間には肉塊ならぬ金属片となって宙へ散っていった。

ジャンバはガントレット型の機装を起動させ、狂気に満ちた歓喜の表情で次々とイデアを屠っていく。


「ハッ……最高だ! 俺は今、人類のために戦っている……ッ!」


自分という英雄像に酔い痴れるジャンバに引きずられるように、後続の隊員たちも雪崩れ込み、現場は凄惨な乱戦へと突入した。

隊員たちの錬度も極めて高く、圧倒的な手数でイデアの数を削り取っていく。


俺は少し離れた後方隊の陣地から、その凄惨な戦闘風景に目を見張っていた。


「まるで……戦闘狂だな。ジャンバは強いと言っていたが、どんな機装なんだ?」


イヴは暴れ回るジャンバを冷ややかな眼差しで見下ろしながら答えた。


「彼の機装は両腕のガントレットだよ。装着者の身体能力を極限まで引き上げ、純粋な打撃力を跳ね上げる。特殊な機能はないけれど、単純だからこそ強いよ」


イデアの群れの中で狂い咲くジャンバは、まるで虫を潰す子供のような無邪気さで敵を打ち砕いていた。

不快ではあるが、その圧倒的な強さだけは認めざるを得なかった。


現時点では、人類側が優勢に見える。

圧倒的な数の差を、個々の純粋な戦闘力で押し潰していた。

だが、今戦っているのはせいぜいクラス1や2に過ぎない。もしクラス3や4が乱入してくれば、戦況は一瞬で瓦解する可能性がある。

それに……あの『クラス5』。

あいつにも感情が存在するのなら、仲間が大虐殺されるこの光景を黙って見過ごすはずがない。


気づけば、刀を握りしめる手に強く力が入っていた。


「カインの考えていること、分かるよ。大丈夫、その前に終わらせよう」


「……そうだな。さっさと片付けて、またあの花畑を見に行きたいな」


イヴと視線を交わし、小さな笑みを共有する。

もうすぐ俺たちの前線にも火の粉が降りかかるはずだ。後方とはいえ、絶対に油断はできない。



後方隊、旧大聖堂到達まで約200メートル。


不吉な予感は、俺たちのさらに『後方』で現実となった。

突如、一人の衛生兵の身体が宙へと跳ね上がり、果実のように弾けて血の雨を降らせた。

続いて情報分析官の男性も同様に空中に打ち上げられ、地面に濃密な赤黒い染みを作り出す。


「し、下だッ!? なぜこんな場所に――」


叫び終わる前に、別の兵士が物言わぬ肉塊となって崩れ落ちた。

足元の土を突き破り、十数体の異形が地上へと這い出てきたのだ。

イデアたちは、不快なノイズ混じりの音声を撒き散らしながら襲いかかってくる。


『ザ……ザザー……。コロ……ス……カエ……セ…。』


「カインッ! 気をつけて! こいつらは……クラス3だよ!」


「くそっ……! こいつら、まるで最初からこの後方隊をピンポイントで狙っていたみたいに……!」


俺は瞬時にイヴと背中を合わせ、刀を構えた。

あまりにも唐突な奇襲に対処が遅れ、隊の約半数が一瞬で命を落とした。

生き残っているのは、俺たちと数名の兵士だけだ。

くそ……救えなかった……!


「カイン……! 今は自分が生き残ることだけを考えて!」



『換装:モードB ネロ&ピュール』


イヴの端末から、眩い光とともに翼のような装飾が施された大型の二丁拳銃型霊装が展開される。

初めて目にするはずの『モードB』。しかし俺の記憶のどこかが、この武器に見覚えがあると告げていた。


「イヴ! 霊装を使って大丈夫なのか!?」


「……この状況だからね。ただし出力は極限まで抑えるよ。今ここで侵食を起こすのは避けたいから!」


「出力を抑えた私の攻撃じゃ、クラス3のコアを完全に破壊することはできない。最後のとどめは君に託すよ、カイン!」


「ああ、任せてくれッ!」


「来るよ、カイン!」


数体のクラス3が、凄まじい風切り音とともに跳びかかってきた。

一撃でも掠めれば肉塊に変えられる凶暴な速度。

クラス3との本格的な実戦はこれが初めてだった。

それなのに――俺の身体は恐ろしいほど軽やかに動き、死の爪閃を紙一重でかわしていく。

俺とイヴは背中を密着させ、まるで長年連れ添った舞踏のペアのように、完璧な息で敵の猛攻を捌いていく。


不思議だった。

イヴが次にどう動き、どこを狙うのか、その意図の全てが淀み無く頭の中に流れ込んでくる。


「ふふっ……君、本当にどんどん強くなっていくね!」


「必死なだけさッ!」


イヴが二丁の銃で正確無比にコア周辺を撃ち抜き、強固な装甲を削り落としていく。

俺はその射線を塞がないよう、完璧な立ち回りで群がるイデアの攻撃を弾き返す。


俺たち二人を最大危険個体と認識したのか、イデアたちは残された兵士たちを無視し、死力を尽くして襲いかかってくる。


「こんな状況なのに……楽しいって感じてるの、私だけかな?」


「ははっ……奇遇だな。俺もだよ」


一秒先の死と隣り合わせの極限状態。

ひとつの判断ミスが即座に死を意味する戦場。


お互いの一挙手一投足が、自分の手足のように理解できる。

イヴが装甲を砕き、俺の刀がコアを穿つ。

俺が避けきれない一撃は、イヴが腕を引いて絶妙に軌道を逸らす。


気づけば、俺たちを包囲していたクラス3の群れは着実に数を減らしていた。コアを砕くたび、体内の底から未知の強い力が脈動となって湧き上がってくる。


残るは、最後の一体――。


「カイン! これで最後だよ!!」


「ああ……ッ! 終わりだァッ!」


イヴの精密射撃がコアの防壁を粉砕し、俺の刀がその核を真っ二つに一刀両断した。

破壊と同時に、温かな何かが全身の細胞を駆け巡る。


「はぁ、はぁ……っ。カイン、こんなに強くなってたんだね。私、びっくりしちゃった」


「ふぅ……息を合わせるのに必死だったよ。でも……俺、強くなれているんだな」


クラス3を破壊した。それもこの数を。

命の危険を感じた瞬間は何度もあった。

だがその度に、イヴが俺を導くように動き助けてくれた。

やっぱりイヴはすごい。


「助かったのは……俺たちの他に4人か」


「それにしても……後方隊を正確に奇襲する、大量のクラス3……」


イヴが険しい表情で思索に耽る。


「嫌な予感がする。もし……今回の作戦行動そのものが、最初から敵に察知されていたとしたら?」


「まさか……そんなことが可能なのか?」


最悪の推論が頭をよぎる。

彼らに『感情』が存在すると知った時から、脳裏の片隅にチラついていた恐ろしい可能性。


「知能を持ったイデアによる……罠の可能性が高いってことだよ」


知能の有無。

俺たちと同等の喜怒哀楽を持ち合わせているのなら、高度な戦略を描く知性を持った個体が存在しても不思議ではない。

現にあのクラス5は言葉を解し、冷徹な意思を持っていた。

もし……この奇襲の狙いが、部隊の分断と後方の分断にあったとしたら。


「まずいことになるね。おそらく、司令塔となる極めて知能の高い個体が潜んでいる」


「まさか……」


「うん。……あいつが、あの『クラス5』が大聖堂の中に潜んでいるかもしれない」


あの怪物が……。廃工場での悪夢のような邂逅が蘇る。

息を呑むほどの絶対的な絶望感。イヴの力をもってしても厳しいかもしれない。

強く握りしめた拳に不快な汗が滲む。


だが、退くわけにはいかない。

あいつは「体はまだ完成していない」と言っていた。

ネウロン部隊となら……破壊できるはずだ。





同時刻。

ジャンバ率いる先行部隊は、大聖堂外囲のイデア群の排除に成功。

無数の残骸を撒き散らし、潰走したイデアたちは旧大聖堂の内部へと撤退していった。


勝利を確信したジャンバは、勢いそのままに「全滅」を掲げて大聖堂内部へと全戦力を突入させた。



――それから、わずか15分後。



大聖堂内部に存在していた全ての『生命反応』が、この世界から跡形もなく消滅した




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