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第8話 暴かれた借金地獄



会社のロビーでの騒動から数日後。


私は堂島くんと共に、依頼している弁護士事務所を訪れていた。


担当の佐伯弁護士は、敏腕で知られる冷静沈着な男性だが、今日はなぜか困惑と呆れが入り混じったような表情を浮かべていた。


「相原さん、夫君の身辺調査の結果が出ました。……正直、私も多くの離婚事案を扱ってきましたが、ここまで酷いのは珍しい」


佐伯先生はそう前置きして、分厚い報告書をテーブルに置いた。


「単刀直入に言います。夫君には、多額の借金があります」


「……え? 借金、ですか?」


私は耳を疑った。


確かに和也の給料は高くはなかったが、生活に困るほどではなかったはずだ。住宅ローンもまだ組んでいない賃貸暮らしだし、大きな買い物をした形跡もない。


「はい。消費者金融3社、カードローン2社。合計で約350万円です」


「さ、350万……!?」


目の前が真っ暗になった。


150万円の使い込みどころの話ではない。

和也は結婚生活の裏で、そんな大金を借り入れていたのか。


「し、使途は……何なんですか? ギャンブルとか、投資の失敗とか?」


「履歴を洗ったところ、その大半がスマートフォン決済……具体的には、ソーシャルゲームへの重課金ですね」


「……ゲーム?」


「ええ。いわゆる『ガチャ』です。月に10万、多い時で20万以上をつぎ込んでいた月もあります。おそらく、給料だけでは足りず、借り入れを繰り返して自転車操業に陥っていたのでしょう」


言葉が出なかった。


毎日スマホを離さず、画面をタップしていたあの姿。

あれは単なる暇つぶしではなく、借金を積み重ねる作業だったのか。


隣で聞いていた堂島くんが、低い声で唸るように言った。


「……なるほど。それですべて辻褄が合う」


「え?」


「なぜあいつが、相原さんの貯金を勝手に使ったのか。そして、なぜ執拗に相原さんの不倫を疑い、慰謝料を欲しがったのか。……全部、金が欲しかったからだ」


佐伯先生が頷く。


「その通りです。夫君の思考回路はおそらくこうです」


「借金が首が回らなくなり、手っ取り早い現金が必要になった。そこで目をつけたのが、奥様の独身時代の貯金です」


「しかし、ただ盗むだけでは後で責められる。そこで『妻の不倫調査』という名目で150万円を引き出し、一部を探偵に、残りを借金返済や遊興費に充てたのでしょう」


「そ、そんな……」


「さらに彼はこう考えたはずです。『もし妻が本当に不倫していれば、慰謝料としてさらに数百万円取れる』と。そうすれば借金を完済できる」


吐き気がした。


嫉妬や不安ですらなかった。

あいつは、私を「金づる」としてしか見ていなかったのだ。


私の不倫を疑ったのも、私を愛していたからじゃない。

私が「クロ」であれば、金が手に入るから期待していただけだ。


だから、結果がシロだった時にあんなに不機嫌だったのか。

「潔白でよかった」なんて嘘だ。「金が取れなくて残念だ」が本音だったんだ。


「そして今、奥様から離婚を切り出され、彼はパニックになっているはずです。ATM代わりの妻がいなくなれば、借金の返済もままならず、自己破産一直線ですから」


佐伯先生の言葉は冷酷なまでに事実を突きつけていた。


私は報告書に並ぶ数字を見つめた。


350万円の借金。150万円の横領。

これが、私が5年間連れ添った男の正体。


「……バカみたい」


涙も出なかった。ただただ、自分が情けなくて、空虚だった。


こんな男のために、私は将来を悩み、子供を作るかどうかを悩み、自分の時間を犠牲にしていたのか。


「相原、大丈夫か」


堂島くんが心配そうに覗き込んでくる。


私は深く息を吸い込み、顔を上げた。


「……大丈夫。むしろ、スッキリしたわ」


迷いは完全に消えた。

情けも、未練も、一ミリも残っていない。


あるのは、事務的な処理を遂行する冷徹な意思だけだ。


「佐伯先生。この事実を突きつけて、一円残らず回収してください。使い込んだ150万円の返還、および精神的苦痛への慰謝料。……借金があるから払えないなんて言い訳、私は聞きませんから」


「承知しました。徹底的にやりましょう。幸い、彼には実家があります。場合によってはご両親にも状況を説明し、肩代わりを求めることも視野に入れます」


「お願いします。……もう、容赦しません」


私が力強く宣言すると、堂島くんが小さく安堵のため息をつき、そして優しく微笑んだ。


「強いな、相原は」


「そうかな。……堂島くんがいてくれたおかげだよ」


こうして、私たちの反撃の準備は整った。


あとは、この現実を突きつけられた和也がどう崩れ落ちるか、それを見届けるだけだ。


しかし、追い詰められた鼠は猫を噛むという。

和也の最後の悪あがきは、あまりにも見苦しいものだった。

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