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第2話 予期せぬ再会



和也との話し合いが決裂した翌週、私はプロジェクトのキックオフ会議に向かっていた。


今回のプロジェクトは、業界大手のIT企業との共同開発案件だ。

社運をかけているだけあって、会議室には張り詰めた空気が漂っている。


「相原さん、今回の先方のリーダー、かなり切れ者らしいぞ。なんでも最年少で統括に抜擢されたとか」


隣に座る後輩が、緊張した面持ちで囁いてくる。


「へえ、そうなの。こっちも気合入れないとね」


資料を整理しながら、私は努めて冷静に振る舞っていた。


家では和也との冷戦状態が続いている。

今朝も「ゴミ出しついでにやっといて」と、まるで家政婦のような扱いを受けたばかりだ。


そのイライラを仕事に持ち込むわけにはいかない。

むしろ、仕事に没頭している時だけが、あの息詰まる家庭の空気を忘れられる時間だった。


定刻になり、ドアが開く。


先方のメンバーがぞろぞろと入室してくる中、最後に現れた人物を見て、私は息を呑んだ。


仕立ての良いネイビーのスーツを着こなし、鋭い眼差しで室内を見渡す長身の男性。

その顔立ちには見覚えがあった。


「はじめまして。今回、プロジェクトの統括を務めさせていただきます、堂島慶介です」


よく通る、落ち着いたバリトンボイス。

間違いない。


高校時代、隣の席になることが多かった、堂島くんだ。


(えっ、堂島くん? 彼が今回の相手側のリーダー?)


私の記憶の中の彼は、教室の隅で静かに本を読んでいるような、目立たない生徒だった。

それがどうだ。今、目の前にいる彼は、自信に満ち溢れ、圧倒的なオーラを放っている。


「切れ者」「最年少統括」という噂も、今の彼を見れば納得だった。


会議中、私は心臓の鼓動が早くなるのを感じながらも、必死にメモを取った。

彼は時折、私の方に視線を流したような気がしたが、すぐにスクリーンへと戻る。


気づいていない? それとも、人違いだと思っているのかしら。

名字も変わっているし、無理もないか。


二時間に及ぶ濃密な会議が終了し、メンバーたちが名刺交換を始める。

私も挨拶に行かなければ。


そう思い立ち上がった時、彼の方から近づいてきた。


「……久しぶりだな、牧野」


懐かしい旧姓で呼ばれ、私は思わず背筋を伸ばした。


「堂島くん……久しぶり。覚えててくれたんだ」


「忘れるわけないだろう。高校三年の文化祭、実行委員長として俺たちを鬼のように働かせた牧野を」


彼は少しだけ口角を上げて、悪戯っぽく笑った。


その笑顔を見て、かつての面影が重なる。

張り詰めていた緊張が、ふっと解けるのを感じた。


「人聞きが悪いわね。あれはみんながサボるからでしょ」


「はは、違いない。……で、今は『相原』さん、か」


私の名札に視線を落とし、彼は一瞬だけ真面目な顔をして、またすぐにビジネスマンの顔に戻った。


「結婚したんだな」


「うん、五年前にね。堂島くんこそ、すごい出世じゃない。噂になってたわよ、切れ者のリーダーだって」


「ただの仕事中毒なだけだよ。……それにしても、まさかお前がこっちの担当だとはな。資料で名前を見た時は目を疑ったけど、会議中の鋭い指摘を聞いて確信したよ。相変わらず、仕事に妥協しないんだな」


「え?」


「さっきの進行管理に関する指摘、的確だった。お前がいるなら、このプロジェクトは成功間違いなしだな」


ストレートな称賛に、私は言葉を失った。


和也からは、一度だってこんなふうに認められたことはない。

「どうせ大した仕事じゃない」「俺の飯は?」と、下げすまれるばかりだったのに。


「……ありがとう。そう言ってもらえると、心強いわ」


「無理だけはするなよ。お前、昔から責任感が強すぎて、全部一人で抱え込む癖があるから」


去り際、彼は私の目を見て静かにそう言った。


その眼差しには、単なる同級生以上の、温かい気遣いが込められているような気がして、私は胸が熱くなった。


「半年間、よろしく頼むよ。相原」


「ええ、こちらこそ」


会議室を出ていく彼の背中を見送りながら、私は小さく拳を握りしめた。


私を知ってくれている人がいる。私の能力を評価し、期待してくれる人がいる。

たったそれだけのことが、今の私には涙が出るほど嬉しかった。


(頑張ろう。このチャンス、絶対に無駄にしない)


スマホを取り出すと、和也から『今日、飯いらない』というそっけないLINEが入っていた。


いつもなら溜息をつくところだが、今日だけは気にならなかった。


私には、やるべき仕事がある。

そして、それを見ていてくれる人がいるのだから。


しかしこの時の私は、これから始まる激務と、和也のさらなるモラハラが、私をどこまで追い詰めるかを知る由もなかった。

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